第50話

(なんだ……なんだってんだ?なぜ立て続けにこんな夢を?)


 のどがカラカラだ。僕は水筒に僅かに残っていた水を一気飲みして気を落ち着けた。


(落ち着けヒナタ、ただの夢じゃねーか)


 そう、あれはただの夢……なのだろうか。術師の端くれとしての僕の直感が、その希望的観測に否を突き付けていた。多分、誰かに過去の記憶を探られていたのだ。


(どこのどいつだ?どこから念を飛ばしたんだ?)


 夢への介入。その目的は千差万別だ。僕は、ミツキの肩に寄りかかり、すやすやと可愛らしい寝息を立てている少女を見た。このショートカットの女の子も、つい先週は白髪の童女に魅入られていたのだ。彼女のように、依り代として魅入るために第三者の夢に誘い込まれる者もいれば、過去の記憶や意識を覗き見られる者もいる……しかしなぜ僕を?


「ヒナタ……むにゃむにゃ……たまには胸肉以外の……」


 トランプが散らばった折り畳み式のテーブルに突っ伏しながら、のんきに寝言を言っているミツキ。ついさっき目の前の人間に術が掛けられていたことにすら気付かなかったようだ。母さんが冬眠状態に入るとここまで勘が鈍ってしまうものなのか。


「今回の旅が何事もなく済んでくれればいいんだけれど」


 残念ながら、もちろんそうはならなかった。


◇◇◇


 バスは高速道路から外れパーキングエリアに入っていった。もう正午だ。


「おーい、お前ら休憩所についたぞ」


 僕は二人の肩をつんつん指で突いた。


「あら……いつの間にか眠ってたみたい」


 和沙は口に手を当てながらもう片方の腕を気持ちよさそうに伸ばした。この何気ない所作からにじみ出る彼女の上品さに比べてミツキは……。


「ほら、なんちゅう寝相だよ。あーあー、よだれ垂れてるぞ」


 僕は不肖・姉の口元をハンカチで拭ってやった。


「ふえ……ヒナタが気持ち良さそうにスヤスヤしていたから、釣られて眠っちゃったのー」

「なんでもかんでも俺のせいにするな。さあ、外に出るぞ」


 棺桶に入るまで、ずっとこんな感じの介護が続くのだろうか……。


◇◇◇


 パーキングの休憩所で二人がトイレから戻ってくるのを待つ間、僕はベンチに座って熱々の缶コーヒーを飲んでいた。まだ寝ぼけていたのか、この暑さにも関わらず誤ってホットを買ってしまった……ん?季節外れの缶コーヒー?このシチュエーション、前にもあったような。


「で、君」


 あのバスの運転手の女がいつの間にか隣に座っていた。


「うおっ!?」


 突然のことに、僕は危うく缶コーヒーを落としそうになった。今度は何なんだ?


「は、はい?」

「さっき、夢が干渉されていたでしょう?」


 今度は本当に缶コーヒーを地面に落としてしまった。あたりはパーキングエリアの利用客の賑やかな声が溢れかえっていたにも関わらず、カランコロンという音が妙にはっきりと響いた。その後、数秒間気まずい沈黙が流れた。口を開けない僕に構わず、彼女は話を続けた。


「最初の夢で過去を覗き込まれていたよね。あの時は明らかに悪意を感じたよ。でもあんた、2人目に助けられたね」


「二人目?」

「最初の夢は覚えている?そして、途中から別の夢を見なかった?」


 この女は何者だ?どこまで話していいものか。僕は彼女の腫れぼったい瞼をした眠たそうな目を覗き込んだ。邪気は感じられない……と思う。警戒しながらも、僕は彼女の問いに答えられる範囲で答えることにした。


「最初の夢は、あなたの言う通り子供のころのものです」

「その次の夢の内容は覚えている?」

「もちろん。ええと……あれ?」


 不思議なことに、視力検査でぼんやりとしか見えていないときのように2つ目の夢の内容は不明瞭だった。舞い散る桜、後ろを向いた女の子、青葉を茂らすイチョウの木に登ったこと……パズルの1片1片はぼうっと思い出せるのだが、全体像は霞がかっているのだ。


「おかしいぞ?こんなことって……」

「夢が酷いピンボケを起こしているだろ?術師が意図的にやったんだろうね。きっとあんたには忘れて欲しかったんだろう。さっきも言ったように、二人目の術師はあんたを最初の夢から引っ張り出すため、強制的に別の夢を見せたんだ」

「強制的に?」

「うん。あのまま最初の夢が続いていたら、右手にいるワンちゃんのことまで探られていたよ」


 運転手は悪戯っ子のようにニッと笑った。対照的に僕の全身は総毛立った。


(こいつ、式神のことまで!)


 彼女はそんな僕を宥めようとして、両掌を下向きにして、団扇のようにひらひらさせた。


「落ち着いて。ワンちゃんを知られる前に最初の夢は終わったから大丈夫だよ。二人目の術師に感謝することだね」

「あんた……何者ですか」

「あなたたちが行く先は、兵頭さんのところだよね?私は……まあ彼女の知り合いと言えばいいのかな」


◇◇◇

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