第13話
週明けの月曜日、いつもより軽い体で学校に向かっていた。
身体が軽いのはきっと規則正しい生活習慣を送っているからだろう。
そのせいか吸う空気がいつもより澄んでいるようにすら感じる。
その空気をいつもより味わいながら歩いているといつのまにか学校に着いていた。
昇降口に入って靴を履き替えると、賑やかな声がたくさん聞こえてきた。
これはここ1週間くらいですっかり見慣れてしまった部活勧誘だ。
新学年が始まると、だいたい1ヶ月くらいはこの勧誘が行われる。
大体、運動部なんかに入る人は誘われずとも入りそうだからあんまり意味はなさそうだなといつも思っている。
でも、勧誘を通して1年生と交流をするのが好きな人もいるだろうし見ているとそういう人たちが勧誘を積極的にやっているイメージだ。
ただ、すごく身長が高い人とかはバレー部やバスケ部に真面目に勧誘されている。
そんな光景を見ながら歩いていると、前にいる人に気づかずぶつかってしまった。
「すみません。前見てなくて」
「謝らなくていい。わざとぶつかったんだからね」
「え?」
俺は目の前から大人びた綺麗な声で意味のわからないことを言われて思わず前を見た。
すると、驚くことに俺よりも身長が高い女子生徒が本当にすぐ目の前にいた。
少し見上げる形で顔を見ると、黒縁の眼鏡をかけている文学少女みたいな人だった。髪はロングで前髪を綺麗に流していて綺麗系の美人だ。
「だからわざとぶつかったんだよ。君を止めるために」
「はぁ……? 話しかけてもらえればよかったんじゃ?」
「それじゃあ勧誘は失敗するんだ。こうして無理やり止めればいやでも足を止めるだろう?」
「それはそうですけど……」
確かに美人で身長も高いけど、少し変な人だなというのが第一印象だ。
確かにぶつかられたら嫌でも足を止めるけど、そんなのを実践する人なんて少ないだろう。
見ると3年生のようだし、勧誘と言っていたことからも周りと同じように部活動勧誘をしていたのだろう。
そんな先輩に俺は頭を下げる。
「すみません。何部かはわかりませんけど、僕は2年生ですし部活に入る気はないので」
すると、なぜか満足したように1人で頷いていた。
やっぱり変だぞこの人。
「だろうね。君が2年生なのも部活をやっていないのも予想通りだ。そして最近まで夜更かししてゲームでもやっていただろう?」
「えっ」
「その顔は図星だね。やっぱり私の目は正しいみたいだ」
最初の2つは俺から言ったことだけど、ゲームをやっていることは言っていない。
それなのにこの先輩はそれを知っていたかのように話している。
つまり、それらの情報をあらかじめ予想なりして俺を狙い撃ちしてきたということか。
でも、なんで……?
俺が困惑していると先輩が続けた。
「まず、2年生だから部活に入っていけないなんてことはない」
「それは……そうですね」
「そしてもうひとつ。君は部活に入る気はないと言ったが、私たちの部活の名前を聞けば入る気が湧くかもしれない」
「何部なんですか?」
人差し指と中指を立ててピースの形をしてそんなことを言う先輩に食いつくように質問をしてしまった。
今までなにもスポーツなんかをやってこなかった俺が入りたいと思う部活はないと思うが……。
少し間をおいて先輩は言った。
「コンピューター部だ」
「遠慮します」
「ちょっと待て!」
俺は頭を下げて横を通り過ぎると、すぐに腕を掴まれた。
やっぱりしぶといタイプか……。
俺はパソコンに詳しくもないし好きでもないからコンピューター部は性に合ってない。
「最後まで聞くんだ。これは利用させてもらっている表の名前だ。こっちが本当の名前だ」
俺の腕を掴んだまま見つめてくる目力は凄まじいもので、おしとやかな文学少女という見た目のイメージをぶっ飛ばすほどだ。
そのまま一呼吸おいて言った。
「ゲーム部……それが私たちの部の名前だ」
「ゲーム部? そんなのありましたっけ」
「だから言っただろう? 名前を借りてるって」
あぁそういうことか。それで最初にコンピューター部って言ったのか。
俺はやっと納得をして足を止めて抵抗するのをやめた。
そんな俺に安心したのか手を離して、穏やかな姿に戻った先輩は目力をふっと緩めて続ける。
「そもそも学校の部活でゲーム部なんて許されるわけがないんだよ。だからコンピューター部に目をつけたわけだ」
「はぁ……」
まるで乗っ取ったみたいな言い方だな……。
またスイッチが入ってきそうな先輩を見て俺は無理矢理話題を変えてみた。
「それじゃあ、ゲーム部の部員探しをしていて、僕がゲームをしていそうだと思ったから声をかけたって感じですか」
「概ねそれで間違いない。この勧誘期間の間に私は生徒たちの表情を見ていた。そして自分と似ているような人を探した結果君たちにたどり着いたわけだよ」
「君たち……?」
「朝の時間も少ない。これからの話は放課後にでもしよう。コンピューター室で待っているよ」
確かに時計を見るともうすぐでホームルーム開始の時間だった。
周りを見ればいつのまにか勧誘活動は終わっていてこうやって話していたのは俺たちだけらしい。
見渡している間にまだ名前も知らない先輩は姿を消していて、嵐のような人だったなと思った。
ただ、話しているうちに思ったことがあった。
しーたんのことを忘れるためには何か他のことに没頭するのがいいと思っていた。
本当はゲーム以外がいいのかもしれない。
けれど、人間関係を広げてみたりすることでそこからさらに自分の趣味とか、やりたいことを見つけることができるかもしれない。
そんな考えに行き着いた俺は、放課後にコンピューター室に足を運ぶことにした。
◆◆◆◆◆◆
その日の放課後。
雲行きが怪しくなってきた空を見ながら、どんよりとした廊下を歩いていた。
放課後の空気っていうのは独特だと思う。
学校が終わって嬉しいという気持ちとか、これから部活が始まるという憂鬱とか。先生や生徒のそういう感情が入り混じった時間だ。
そんな空気の中、人通りの少なくなってきた廊下を進む。
今日の1日も最近のこれまでと同様、静川とは喧嘩どころか少しも話すことをせず終えた。
やっぱり何日も同じ状況が続くと周りも反応しなくなってくるようで、「あいつら喧嘩したのか」とかそういういじりは減ってきている。
ただ、やっぱり違和感は拭いきれないようだ。
俺だってなぜか違和感を抱いているくらいだからな。
その正体は俺にはわからなかった。
そして拓実は相変わらずなにも言わずにいつも通り接してくれている。
いつも相談に乗ってもらっているし、これから聞くゲーム部の話も今度しておかないとな。
そう決めて俺はコンピューター室の前に立った。
なにを話しているかはわからないけれど、室内からは賑やかな声が聞こえてきている。
俺がコンコンと面接のようにノックすると、中から返事がしたので扉を開ける。
「やぁ」
普段であれば教師が座るであろう場所に座っていた例の見た目だけ文学少女先輩がそんな挨拶をしてくる。
その隣には明らかに好青年そうな男子がいた。
距離感的にきっと彼も先輩なのかもしれない。
それから近くに立っているのは小さな女子で、もしかしたら後輩かもしれない。
「どうも……」
「そんな固くならなくていい。とりあえずそこに掛けてくれ」
「はい」
俺は素直に言われた通りに指示された場所に向かう。
この部屋は縦長にコンピューターがずらりと並んでいてその列が計三列ある。
その二列目に向かうともう1人座っていた。
綺麗な髪に、どこか見覚えのあるような……。
俺が足を止めたことでその人もこちらを見る。
「は……?」 「え……?」
2人とも目を合わせて見つめること数秒。
火蓋は切って落とされた。
「なんでいんだよ!」
「それはこっちのセリフよ! ストーカー!」
そこにいたのは静川だった。
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