第12話
慈実と遊んだ翌日の夜、俺はベッドの上でスマホと向き合い深呼吸をしていた。
別に緊張しているわけではないし、これから何かミスをしてはいけないことがあるわけでもない。
ただ自分を落ち着かせるように、言い聞かせるようにして肺にゆっくり空気を入れていた。
なぜこんなことをしているのかというと、これからしーたんこと静川と話し合うからだ。
つまりゲーム画面を開いて静川を待っている間に今日は喧嘩しないようにと自分を律していたのだ。
もしここでいつも通り喧嘩したら話し合いも何もない。
今日話し合うことを提案したのは俺で一方的に静川の机に手紙を突っ込んだ。
それを読んでる保証もないし、読んでも言う通りに来てくれるかもわからない。だからゲームで繋がっていたSNSにも一応メッセージを送っておいた。
もちろんリアルの連絡先は一つも持っていないからな。
ちなみに今日も俺と静川は喧嘩をするどころか一言も交わしていない。
昨日、慈実が言っていたことを確かめようと少し静川の様子を伺ってみたが気のせいのような気がする。
確かに俺が静川の方を見たら何回か目があったけどそれは俺が見ているからかもしれないし、今まで視線なんて気にしたことなかったから判断がつかなかった。
まぁ静川だし気にする必要はないだろう。
俺は部屋に掛かっている時計に目をやる。
時刻は19時59分。約束の20時まであと1分だ。
来なかったら来なかったで仕方がない。別に今日話さなければいけない内容ではないしな。
「あっ」
俺がフレンド欄を見ていると、『Sh1ika』がオンラインになった。時間はぴったり。こういう所はしっかりしてるな。
俺は自分で誘っておきながらも、少し驚きながら招待ボタンを押した。
すぐに入ってきた静川はすぐマイクをつけた。
『話すことってなに』
最初に飛んできたのは挨拶でもなんでもなく、早く話を終わらせる気満々の一言だった。
平常心。
「これからについてだって」
『なにこれからって。付き合ってられるとでも思ってるわけ?』
「そりゃ無理かもしれないけど、ほらゲームの奴らにはどう説明するんだよ」
俺たちは現実世界で知り合いだったわけだけど、他にも共通の知り合いがいる。それがゲームのフレンドだ。
俺たちはそのフレンドたちにも付き合っていることを知られているし会うことも知られていた。
もし、このタイミングで別れたと伝えたら「顔で判断したのか」とか「やっぱり見た目ね〜」みたいなことを言われかねない。
まぁ……
『所詮ネットでの関係でしょ? どう思われたっていい』
言うと思った……。俺も少し同じことを考えていた。確かにネットの関係だしどう思われたっていいかもしれない。
「そりゃそうだけど……」
自分も思っていたことなので言葉に詰まる。
しかし、こういう返事をされる準備もしてきていた。
「ゲームの人たちはいいとして、慈実とかはどうするんだよ」
『なんでここであの子の名前が出てくるわけ?』
「お前がなんも言わないせいで俺に火の粉が飛んでんの。昨日はなんとかなったけどそのうちおかしいってバレるぞ」
『そのうち忘れるでしょ。それにバレたって言わなきゃいいだけ』
はぁ……こいつは何も分かってない。
慈実が譲らない場面が来たらこっちは絶対に折れなきゃいけなくなるってことを。
と、まぁここまで会話を続けてきたけれど俺の予想通り静川はどうしても俺と別れたいみたいだった。
そりゃもちろん俺だってこんな奴と付き合うのはごめんだという気持ちはある。
でも、もうひとつどうしても無視できない感情があった。
「じゃあ周りのことも一回置いとこう。正直、今日俺が言いたいことはこれだけだ」
『じゃあそれを早く言って』
刺々しい声が鼓膜を撫でる。
本当に嫌なのが心の底まで伝わってくる。
それに耐えながらも俺は言った。
「結局、俺は静川は嫌いだけどしーたんは好きだったわけだ。んで、お前は秋元優雅は嫌いだけどゆーくんは好きだった。これは間違い無いだろ?」
『それは…………そうだけど』
「確かに嫌いなことだらけだけど、好きだったのも事実なわけだ。これから目を逸らすのはちょっと違うなって思うわけ」
俺の中にある無視できない感情。それは好きだったっていうことだ。
静川はすぐに暴言を吐くし、容赦なく叩いてくるし、面倒くさいやつでそういうところは嫌い。
けれど、甘い声を出す時とか、意外と子供っぽいところとか、そういうところは好き。
本当にめちゃくちゃで普通の人なら絶対こんな感情にはならないと思う。
なぜなら片方の感情をもう片方の強い感情の方が消してしまうから。
でも、俺たちは両方の感情をほぼ同じ期間、同じ大きさで同じ人に持ってしまった。
そうなってくるとそのどちらも無視できなくて、ここでなにかに流されればそれがとんでもない間違いになるような気もした。
だからといってこのまま付き合えるわけもないし、解決策も何もない。
ただ無鉄砲に俺の思っていることを言っただけにすぎない。
けど、こういうすり合わせは大事だと思う。
俺は至って真面目に、黙り込んだ相手の返事を待つ。
きっとそんなに長くないであろう時間。
それなのにイヤホンの外から聞こえてくる親が家事をしている音が変に耳朶をうつ。
……………………。
『無視できないってじゃあどうするわけ? 付き合うの? それとも今まで通り学校では喧嘩してゲームでイチャイチャするの? お互いの顔も腹のうちも知ってる状態で?』
返ってきたのはどぎつい正論だった。
頭の良い静川だからこそすぐに出た結論なんだろう。
俺が危惧していたことを全て言われてしまった。
「そりゃ、そこはまだ考えてなかったけどお互いの気持ちを確認するのって大事だと思わないか?」
『なにがお互いの気持ちよ! どうせ本当は嫌いだけど私が可愛いことわかったからとりあえず手中に収めときたいとか思ってるんでしょ! 気持ち悪! ケダモノ!』
ぷっちーん。
「ハァ!? なんでそうなんだよ! てか、自分で可愛いとか言ってんのキツいことに気づけよ!」
『客観的に見てだけど?』
「それはまぁ……間違ってないけど」
『やっぱケダモノ……』
「黙れ!」
なんなんだよこいつ!
こっちが平和的に解決しようとしてるのに人のことをケダモノ扱いしやがって。
確かに客観的に見たら可愛いかもしれないけど、それとこれは関係ない。
可愛いだけでここまで話伸ばすわけないだろ!
いや、待て俺。今日は平常心で行くと決めたんだ。
俺は一度乱れた感情を落ち着かせるように大きく深呼吸をして画面を見る。
「わかった。俺はケダモノでもなんでもいい」
『認めた……』
平常心、平常心。
「だけど、今日こうやって俺と通話してる時点で俺のことが嫌いだけじゃないってのは証明されてるんじゃないか? 本当に嫌いだったらそれこそ無視すればよかっただろ」
珍しく自分で正論を言っているなと思う。
しかし、そんなのはお構いなしに静川は牙を剥いてくる。
『それは今日無視したらしつこく話しかけたりされそうだから。私、嫌なことは先に済ませるタイプなの』
「済ませるつもりで来たのに、ちゃんとした反論用意できてないんだな」
『だいたい話の内容は想像できたけど、あんたわけわかんないからぶっ飛んだこと言うと思って考えてなかった』
「お前の方がぶっ飛んでんだろ。ケダモノとかどこまで想像してんだよ」
『…………うるさい! そういうとこも大っ嫌い! とりあえず付き合うのはナシ!』
ぶちっ。
正論パンチも虚しく、会話が終了した。
正確には、ただ静川がパーティを抜けただけだが俺にはぶちっという効果音が聞こえた。
結局付き合うのはなしということしか決まらないまま今日を終えることになった。
もうどうしたらいいのかわからない……。
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