第11話

「ふ〜ん? じゃあ本当にもう喧嘩するつもりはないんだ?」


「俺はそのつもりだ」


 たっぷり運動をした帰り、最寄り駅まで帰って来た俺たちは近くのカフェに来ていた。駅前にあって何度も目にしたことがあるが入ったことは一度もない。すごくSNS映えしそうな雰囲気が漂っているせいで俺みたいなのは入りづらいのだ。


 外観からおしゃれな雰囲気が漂っていて中に入ると木材と白を基調にした壁や椅子などが綺麗に配置されていて俺一人じゃ来れない場所だと思った。


 どうやら慈実は友達と結構な頻度でここに来ているらしく、店員の人とも仲睦まじい感じで話していた。


 カフェといっても普通にご飯も食べれるみたいで、慈実はカルボナーラで俺はカレーを注文した。


 その待ち時間に静川と何があったのかを話しているところだ。


 ちなみに嘘はつかないと決めているが、ゲームの話はしないことにしている。だからネットで彼女を作っていてその相手と会ったら静川だったことは伏せている。


 理由はもちろん恥ずかしいから。


「じゃあまとめると、クラスのみんなとかから勘違いされるからやめたってこと?」


「そう。そういう噂聞いたからやめた」


「本当かな〜。なんか腑に落ちない……」


「いやこれに関しては本当に嘘はついてない」


「ふ〜ん。じゃあ藍花に聞いてもいいんだ?」


「いいよ。あっちも察したみたいだったし」


 ん……? これまずくないか? つい言ってしまったけど、静川と意思疎通してるわけじゃないしちゃんと合わせてくれるかわからないぞ。


 いや、多分大丈夫だろう。あいつもバカじゃない。むしろ頭がいい。このくらい心配するほどでもないだろう。


 俺は不安を取り払おうとオレンジジュースを口にする。


 とりあえず話したいことは話せたので、携帯を取り出してテーブルに置く。適当にSNSでも見ようとしたところで慈実が体を乗り出してくる。


「ねぇ、これは関係ないかもしれないんだけどちょっと聞いていい?」


「いいけど……?」


「この顔にくまがなくなった理由だよ。ゲームやらなくなったからっていうのはわかるけど、なんでゲームやらなくなったのかがわかんない」


「あぁ……」


 俺は軽く自分の目元を触る。この数日間全く俺はゲームをやっていなかった。もちろん理由は静川だ。


 細かくいえばしーたんが静川だったことによるショックだろうか。あのゲームをやるだけであの日のことを思い出してしまいそうだからだ。


 それが理由なのだが素直に答えてしまうと、結局静川の話になってしまうからそうすることはできない。


「ほら、俺もそろそろか、彼女とか欲しいなと思って」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 慈実は体を固めたままありえないくらい口を大きく開いて断末魔の叫びみたいな声を上げた。


 いや、驚くことかもしれないけどそこまでうるさくしなくてもいいだろ……。


 慌てて店員が小走りでやってくる。この人は慈実と仲の良かった人だ。


「どうしたのいっちゃん」


「ご、ごめんなさい。なんでもないです」


 店員さんに話しかけられて正気に戻ったのか軽く頭を下げると、あがっていた腰を下げた。なんか前にもこんなことあったような……。


 俺はなだめるように声をかける。


「おい、別にそこまで驚く必要ないだろ」


「だって! 今まで彼女欲しいなんて言ってこなかったじゃん!」


「俺も高2だぞ! 彼女の1人くらい欲しくなってもおかしくないだろ」


「じゃ、じゃあもしかして好きな人とかいたり……?」


「それはまだいないけど」


「うんうんうん。なるほどね」


 なぜか自分に言い聞かせるように3回も頷いた。


 なんか急に挙動がおかしくなったな……? まぁ、慈実がたまに変なことをやることは見慣れているのでそこまで不思議でもないけれど。


 しかし参ったな。取ってつけたような理由なのにここまで反応されるとは思わなかった。


 本当はこの話題を速やかに終わらせて話を変えようと思ったのにまだこの話は長引きそうだ。慈実はこういう話が好きだし、無理矢理終わらせてしまうと余計に怪しまれる可能性がある。


 やっと落ち着いたのか顔の赤みも収まってきたところで、慈実は顔を上げた。


「でも、なんで急に?」


「まぁ普通に欲しいって思ったのとさっき言っただろ? 変な噂流れてるって。だから俺にもそういう相手がいたら変な噂も無くなるだろ?」


 これは嘘ではなくて本当に考えていたことだ。しーたんが静川だとわかって喧嘩をしなくなっても俺たちが付き合っている噂はまだ存在したようだった。(拓実情報)


 少し不純な動機かもしれないけど、静川のことを忘れるためにもそうした方がいいと思ったのだ。今言った通り他にもメリットがある。


「言いたいことはわかったけど、それ藍花じゃダメなの?」


「あいつとの噂が流れるのが嫌なんだから論外だろ」


 全く、話を聞いてるのかこの幼なじみは。


「本当に好きになったら迷惑でもないかなーって。それもわかってるけど藍花すごい悠雅の事見てたからさ」


「いつの話だよ」


「昨日とか今日とか」


「勘違いだろ」


「本当だって! いっつも視界に入れないくらい顔背けてるのに今日は視界に入れてたんだよ」


「視界に入っただけでみられた判定なのか……」


 俺もいつも静川を視界に入れないようにはしていた。だからそんなの気づかなかったな。


 それにしたって、さすがにこれは言い過ぎだと思う。もし視界に入れていたとしても普通だろう。喧嘩してる時はいつも入っているんだ。


「さっきのは冗談で、本当にガン見してたんだって」


「はぁ……もしそれが本当だとしても俺には関係ないだろ」


「そう〜? やっぱり本当はなんかあったんじゃないの?」


「ないって」


 本当はバリバリあります。隠してすみません。


 もし本当のことを言っても慈実なら誰かに言いふらす心配なんて少しもない。けれど、これは俺の面子に関わる話だ。


 それに静川だって慈実に言ってないということは、このことは知られたくないはずだ。


 不本意ではあるけれど、こうすることが最善策なのは間違いない。


 俺の言葉を素直に受け取ったのかそうじゃないのかわからないが、「ふ〜ん」と相槌を打った慈実はぽんと手のひらに拳を置いた。


「そうだ! じゃあこの際仲良くすればいいんだよ!」


「誰と誰が?」


「悠雅と藍花」


「何言ってんだよ。頭おかしくなったのか?」


 俺と静川はどう頑張ったって馬が合わないし、仲良くできる気がしない。


 俺だって出会って最初の頃はなるべく火が立たないように、仲良くできるように心がけてきたつもりだ。


 それを他でもない静川がぶち壊してきてるんだから俺にはどうすることもできない……というのが俺の意見だ。


 ちなみに静川も同じようなことを言っていて、もうキリがない。


 慈実は真面目な顔になった。


「おかしくなってないってば。だって普通に仲良くしてたら今みたいな目ではみられなくなると思わない?」


「仮に仲良くなったとしても男女が仲良くしてたらそう見えるんじゃないのか」


「じゃあ私と悠雅は?」


「あぁ……」


 すごい説得力のある言葉だな。


 確かに俺と慈実は高校に入ってからは少し距離が空いたけれどこうしてたまに2人ででかけるくらいには仲がいい。


 慈実のことを嫌いになったことはないし、向こうもそうだと思っている。


 なんだかんだで一緒にいる時間が多い俺たちだけれど、周りからそういう目で見られたことはない。

 ただ俺がそう思い込んでいるだけがしれないが、もしそういう話が広がっていたら拓実が静川の時のように教えてくれるはずだ。


 それは周りが俺たちを幼なじみとして見ているからなのかもしれないけど確かに男女が仲良くしていることがイコールで色恋話には繋がらないのは理解できた。


 慈実はえっへんと胸を張るように誇らしげな態度になる。


「ほらね? 私達みたいにそうじゃない例だってあるじゃん」


「まぁ確かにな……。でも、相手が静川じゃやっぱり話が変わってくる」


 そう。結局男女の友情云々の前に相手が重要だ。


 相手が自分の好きな相手じゃない、ましてや嫌いな相手であれば当然仲良くできるわけがない。


 相手が好きだった人で、そして嫌いな人というよくわからない状況になっているがそれでも嫌いが勝つ事実がある。


「でも、藍花にだっていいところはあるよ? もちろん悠雅にも」


「例えば?」


「それを悠雅が考えてみればいいんじゃない?」


「はぁ……? あったら仲良くできてるだろ」


「いいから。無理矢理でもいいから」


 なぜか楽しそうに俺の言葉を待っている。


 まぁ慈実からしたら俺と静川が仲良くしてくれた方が楽だろうし楽しいだろう。


 俺はあいつのいいところを捻り出してみる。


「まぁ強いて言うなら容姿が整ってる」


「うん」


「あんな見た目なくせにチーズ好きなところ」


「うん……?」


「あとはちゃんと小説読んでるところとか?」


「うんうん…………?」


 俺が頑張ってあいつのいいところを搾り出してくたびに慈実の首がどんどん傾いていく。


 何をそんなに不思議そうな顔してるんだ?


「え、なに?」


「いや、確かに藍花のいいところなのかもしれないけどなんで知ってるの?」


「なにが?」


「藍花がチーズ好きとかさ。言ったことないじゃん」


「…………」


 まずいなこれは。俺は今、静川じゃなくてしーたんのいいところを思い浮かべていた。

 

 理由は静川として考えると一個も出てこないからだ。


 しかしそれが悪手だった。俺は静川の情報としては知らないことをペラペラ話していたらしい。


「いや……ほらたまに慈実と話してるの聞こえてくるから」


「でも、そんなの覚えないじゃん」


「たまたま覚えてたんだって」


 慈実がじーっとこちらを見てくる。まるで品定めをするような目だ。


 目を逸らしたら負けなようが気がして必死に動揺を隠すようにして見つめ返す。

 十秒間の末、俺は勝負に勝った。


「まぁとりあえずはそういうことにしとく。話進まないし」


「お、おう」


 期待していた返事ではないがこの場を乗り越えられれば次はなんとかなるだろう。


 やっぱり話の内容は真面目なものらしく慈実の表情がまた堅くなった。


「頑張って考えたら今みたいに藍花のいいところって出てくるじゃん?」


「まぁ……な」


「だから人って仲良くしようと思ったら出来るんだよ」


「でも、無理に仲良くなる必要もないだろ?」


 友達がたくさん欲しいです。みたいな考えの人であれば少しくらい合わなくても仲良くすることはできると思う。


 けれど、俺はそこまで交友関係を求めていない。

 であればそこまで仲良くする必要はないと思う。


 それでも、慈実は首を横に振る。


「確かにそれはそうだよ。二人に仲良くなって欲しい理由の一つは私の願望だし」


「じゃあ期待に応えられそうにはないな」


「でも、もう一つ理由があるの」


「ん?」


「二人とも目を逸らしてるだけだと思うんだよね」


「どういうことだよ」


 慈実が今何を言いたいのかよくわからない。


 目を逸らす……? 俺としては逸らすどころかガン見しても嫌いなんだが。


「嫌いってさ色々種類あると思うんだよね。最低なことされたからとかさ、性格が合わないとかさ」


「俺たちはそれだろ」


 どう考えても性格が合っていないのが俺と静川の関係だ。


 何をやったって考え方が真逆なのだ。


「ううん。二人は違うよ。二人とも最初に嫌いな雰囲気出したせいで後に引けなくなってるタイプ」


「意味がわからん」


「つまりさ、最初に二人が合わないって思った原因は知らないけどそれが原因でいがみ合うようになって、でも接してたらそこまで嫌いじゃないって気づいてるけど認められないってこと」


「いや、それは本当にないな」


 簡潔にいえば本当は俺が静川を、静川が俺を悪くないと思っているという話だ。


 それであればあそこまで喧嘩しないだろう。


「二人ともプライド高いんだよ。二人の嫌いの種類って簡単に相手のことを決めつけた自分を認められない弱さだと思うよ」


「……なんだそれ」


「あくまで私の意見だけどね!」


 そのくしゃりと笑った笑みを見ながら確かにそうかもなと妙に納得してしまった。


 嫌っている理由が自分の弱さか……。


 すごく核心を突かれたような気もするけど、やっぱり違う気がする自分もいる。


 その自分が弱い自分なのかもな。


 やっぱりちょっと話してみた方がいいかもな。



 

 




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