第10話
部屋を出てから10分ほどたった俺は壁に手をつき深呼吸をしていた。
下のフロアからひとつずつ確認して行ったが慈実の姿を確認することはできなかった。
「まさか帰った……?」
慈実は怒ったりするとたまにぶっ飛んだ行動を起こしたりするし、帰っていても不思議ではない。
俺は人の迷惑にならない程度に再び走り出した。
あと残っているのはスポーツエリアだけだ。
サッカーやバスケなどができる場所だ。今日は人は少ないけれど、ここは基本的に2人以上でやれるものが多いからここにはいないと踏んでいた。
でも、実際どこを探してもいないのだからトイレにでもいない限りあとはここしか残っていない。
フロアに上がりすぐに全体を見渡す。
人はまばらだし、1人だったら目立つけれど慈実の姿は確認できない。バスケのところにいるかと思っていたのだが、カップルがいるだけだ。
誰も俺のことを見てないけれど、不安な気持ちを隠しながらきょろきょろと探しながら歩く。
1人だし堂々としてないし、周りから見たら不審者みたいに見えるかもしれない。
あまり周りを気にしないようにしてたどり着いたのはバッティングができる場所だ。
1番右のソフトボールの80kmから始まりその横から球種が変わったり球速が変わってきて1番左は120kmまである。
所々埋まっているという感じだ。
さすがにここにはいないか。
そう思って引きかえそうとした瞬間。
カキーーーーーン!
甲高く力強い音が俺の耳に響いた。
場所が場所だからこんな音が鳴るのは当たり前なのに、気になった俺は振り向いて音が聞こえた方向に目を向ける。
そこにはしっかりヘルメットを被った女性がバットを振りまくっていた。全ての球にしっかりと当てている。
そしてよく見ると、慈実だった。
あからさまに怨念を込めて弾き返される球は、ピッチャーの映像を射抜くように飛んでいく。
「ひっ……」
今話しかけたらあの球がこちらに飛んできそうで、ビビった俺は全ての球が終わってから話しかけた。
一度で終わると思いきやもう一度やろうとしていたので俺は飛びかかるように話しかける。
「お、おい! 慈実!」
開始のボタンを押し始める寸前、ギリギリで手を止めた慈実は顔を上げた。
俺を見るや否やすぐに顔を歪ませた慈実は、すぐに目を逸らした。そして押しかけてたボタンから手を離すと乱暴にボックスから出てくる。
「もう話すことないから」
すぐに俺の横を通り抜けようとする慈実の腕を俺は咄嗟に掴んだ。
あれ……こんな腕細かったっけ。
そんな関係のないことを思った頭を振り払って俺は口を開く。
「さっきのこと謝りたくて来たんだ」
しかし、俺の言葉なんか聞いていないようで腕を振り払おうとする。
「もう離して!」
「さっきのは悪かった! ちょっと話を聞いてくれれ!」
「さっき何にも話してくれなかったじゃん」
「だから話に来たんだよ。ちょっと遅いけど」
そこまで聞くとようやく腕の暴走が収まった。
どのスポーツやるよりもこれが疲れるぞ……。
「じゃあ話は聞いてあげる。だけど条件があります」
「うん、もちろん聞く」
返事をすると、よしと犬を手懐けるように頷いてから指をさした。
「悠雅があれに勝ったら聞いてあげる。負けたら絶交ね」
「嘘だろ……」
慈実がさしているのはテニスだ。
少しも自信がないが、俺はテニス場に向かってとぼとぼ歩き始めた。
◆◆◆◆◆◆
ラケットを構える俺の反対側にいる慈実がまるで経験者のようにボールを地面にバウンドさせてサーブの準備をしている。
ルールは簡単、2セット先取した方の勝ちだ。サーブに関してはお互い未経験者なので明らかに外れていなければいいことにした。
俺は集中しながら、不安を取り払うように構える。
怒った慈実が選んだのがバスケじゃないだけマシだ。そう考えればいくらか気持ちは楽になる。
「いくよー!」
急に元気になった慈実が出した明るい声に手をあげて反応をするとボールが宙にあげられた。
そして綺麗に振り上げられた手が握るラケットがボールをしっかりと捉え――
「えっ」
綺麗にバウンドしたボールは俺の首横を撃ち抜くように通過していった。
いくら運動神経がいいとはいえここまで速いサーブが来るなんて聞いてないぞ!
やった! とはしゃいでる慈実にボールを返しながら内心焦った俺はしっかりと構えて次のサーブに身構える。
結果――俺は見事にボコボコにされた。
俺はテニスコートで仰向けになりながら天井を見つめていた。
言い訳の余地もない完全なる敗北。鬱憤が溜まっていたのか、うち放たれるサーブがさっきのバッティングの球のようでとても打ち返せなかった。
途中からは少しずつ目が慣れて来て打ち返すことはできたがそれが精一杯。その後スマッシュを撃ち込まれて、それの繰り返しだ。
こちらの点はほとんど慈実のサーブミスかスマッシュを外しているものだ。俺が自分で決めた点はない気がする。
慈実がこちらに歩いてくる。勝った瞬間は楽しそうにしていたが、今こちらに向けられている目つきは鬼そのものだ。
そうだ。これに負けたら絶交って言われてたんだ。
俺は不安そうに顔を上げた。
「そ、その……」
「負けたら絶交。約束したよね」
背筋が凍るような声音だ。
目を見れば今までで見たことのないような形相をしていた。こんな顔をする慈実を見たのはいつぶりだろうか。
「約束はしたけどさ」
「そういうルールじゃん。文句ないよね」
「…………」
ここで何かを言わないと、終わってしまいそうな気がして必死に声を出そうとするも出てこない。
全部俺が悪いから、ここで何か言うのも違う気がして。
すると、立っていた慈実がしゃがんできて俺と目線を合わせた。何をするのかわからずぼーっとしていると、親指と人差し指で輪っかを作って俺に向けてくる。
パチン!
ゆっくりと伸ばされた手で俺はデコピンをされた。
「いってぇ!」
「ばーか。絶交なんかするわけないじゃん」
「へ?」
間抜けな声を出した俺はただ慈実を見つめることしかできない。だって絶交するって言われて負けたんだし、負けなくたって悪いことをした。
絶交とまではいかなくても、嫌われるものかと思っていたからだ。
けれど、慈実はけらけら笑っている。
「本当に絶交されると思ったんだ?」
「…………別に」
「ほら〜顔真っ赤だよ? そんなことで絶交してたら今まで何回してるのさって話じゃん」
「うるせぇ! 写真撮んな!」
俺の周りを高速で動きながらパシャパシャとスマホで写真を撮られる。
くっそ。無駄に動きが速いな。
一通り撮り終えて満足したのか、俺の顔から熱が引いたからか写真を撮り終えた慈実は満足そうに立ち上がった。
「はぁ〜満足満足!」
「俺は不満でしかないんだが」
「文句言える立場なの?」
「すみません」
そう、結局俺が悪いことをしたことに変わりがない。結局戻ったように見えているこの関係で少しずつヒビが入ったりズレていったりしてしまう。
それが良い方向に進んでいるのか、それとも逆なのかはわからないが今は間違いなく後者だろう。
慈実が気にしないと言っていたとしても、そういう経験は残ってこれからの関係に影響してくる。俺もそろそろちゃんとしないとな。
「悠雅が私のこと好きなことがわかったから今日はこれで許す」
「別に好きじゃないし」
「ふ〜ん? じゃあ大事?」
「…………」
そんなの決まってる。
けど、もちろん俺から答えは出ない。
しばらく黙っているとどーんと肩を思いっきりぶつけられた。
「なにガチ照れしてんだよ〜! 許すって言ったけど、それなりに話聞かせてもらわないと許さないからね?」
「そりゃもちろん」
「まぁ、私も全部話を聞こうっていうのは傲慢だった気がするしそこはめんごね」
片手を縦にして俺に向けてくる。軽々しい謝罪だけどそんなことをされる必要はなかった。
なんかどこまでも慈実だな……。
「よーし! まだ時間あるし遊ぶよ!」
「はいはい。てか、さっきバッティングで何キロ打ってた?」
「その話、次したらこれね」
親指で首を横一直線にひいた慈実の顔は笑顔だったが、それを見た俺は顔を引き攣らせた。
やっぱり本人としても触れてほしくはなかったらしい。やっぱりちょっと女子高生っぽく……これ以上はやめておこう。
俺たちはそれからまだやっていなかったところを時間の限り楽しんだ。
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