第9話

 翌日の放課後。


 俺は昇降口で慈実を待っていた。


 どうやら週末の練習試合のことで先生に呼ばれたらしい。休みとはいえ部活の話をしなければいけないとか俺に取っては休んだ気がしないな。


 適当に携帯をいじって10分程、徐々に人気が少なくなってきたところでバタバタと走ってくる音が廊下に響いた。


 足音で誰かわかるのはなぜだろうな。


 俺は振り向いてその音の出先に目を向ける。


「ごめんごめん!」


「ん。それでどこ行くの?」


 そう。今日の行き先をまだ聞いていない。ただ出かけることだけ決めていてどこに行くのか決めていないなら俺も考えようと思ったのだが、慈実には行きたい場所があるらしい。


 もちろん俺には特別行きたいところもないのでそれを承諾したわけだが、まだ聞かされないのはなんか怖い。


 慈実は上靴からランニングシューズに履き替えながら屈託のない笑みを向けてくる。


「まぁついてのお楽しみだよ」


 ……この顔は俺に取ってよくないことが起きる予兆だということを察した俺は深くため息をついた。


◆◆◆◆◆◆


 俺は目の前の建物を見て絶句した。


「おい……本当にここに入るのか」


「なんでそんな深刻そうな顔なの? もっとテンションあげてよ」


 目の前にあるのは複合エンターテイメント施設だ。ボウリングやゲームセンター、それから様々なスポーツが楽しめたりする若者から家族連れまで大変人気のある施設だ。


 ここに来たということは運動をするというわけで……つまり俺にとっては地獄だ。


「なぁ……俺に運動させるのがどういうことかわかってんのか?」


「好きじゃないのはわかるけど、やってみたら案外楽しいかもしれないし好きなものみつかるかもしれないじゃん!」


 ほら、行くよと手を引かれて俺は絶望しながら店内へと入っていった。


 運動するだけならまだいい。けど、相手が慈実ということが問題なんだ。この後の展開が大体どうなるのか俺には予想がつく……。


 まず最初に何時間コースかを選ぶらしい。


 店員さんに料金表を見せられた慈実は真っ先にフリータイムという時間無制限を選ぼうとしたので俺は慌てて止めた。


「おい! それは無理だ! やるなら3時間だ! ここは譲らん!」


「なんでさ! どうせ行くならフリータイムでしょ! そんなにお金も変わんないんだし!」


 確かに料金的にはあまり大差がない。むしろフリータイムの方がお得っぽい感じがする。


 だけど、それは金銭面の話で俺の身体は全く考慮されてない。これで明日学校に行けなくなったら慈実のせいだからな。


 俺が一方的に譲らない姿勢を見せると慈実は渋々3時間コースを選んだ。


 中に入った俺たちは何からやるかという話になる。選択肢は様々だ。サッカー、バスケ、バドミントン、テニス、バッティング、卓球、ビリヤード、ダーツなどがあってどれか一つを選ぶのは難しい。


「じゃあまずあれから!」


 慈実が指をさしたのは、すぐ近くにあった卓球だ。平日だからかあまり人もいなくすぐにできる状態だった。


 10分にセットされているタイマーをセットして俺たちは早速卓球を始めた。


「サーブは悠雅でいいよ〜。ハンデね!」


「ふっ……あんまり俺を舐めると痛い目見るぞ」


 そうして俺はピンポン玉を宙にあげ鋭いサーブを――


「あぁ! もうやりたくねぇ!」


「ふぅ。やっぱり悠雅をボコボコにするの楽しいなぁ」


 余裕の笑みを浮かべながら汗を拭く慈実を見ながら俺は文句を垂れまくっていた。


 最初は良かったんだ。サーブをいい感じに決めて俺がスマッシュを決めれていた。


 しかしすぐに感覚を掴んだ慈実になす術もなくボコボコにされた。


 まぁわかってはいたんですけどね。昔は勝てていた幼なじみに完敗するのはショックだ。


「昔は俺の方が強かったんだからな!」


「う〜わ。過去のこと掘り返して気持ちわる〜い」


 にまにましながらスキップしながら外に出ていく。


 くそ。いつか言われた言葉をここで言ってくるとは。あれ完全に狙ってただろ……。


「次だ! 次!」


 さすがに負けたまま終わるわけにはいかない。


 次は上階に行きサッカーを選択した。一対一だと普通に攻撃と守備に分かれてやるかPKか選択肢があるがここはPKにした。


 身体的接触をすると、どうしても男に分があるしそこまでして勝ちたいとは思わない。やるならフェアだ。


 しかし結果は……。


「はぁはぁ……。なんで負けんだよ!」


「悠雅が弱いんだもん」


 惜敗だった。4-5で俺の負けだ。


 そもそもサッカーといってもゴールはフットサルのもので距離も近い。シュートスピードが速くて枠内に入ればほぼ決まる。しかし、ゴール自体が小さいしキーパーもいるから枠内に入れるのは難しいという感じだ。


 そしてお互い決め続けて最後の一本で俺は外した。


 思いっきり力んだな……。


「いや、なんでそんなキック上手いんだよ。サッカーって未経験者だったらそこまで上手く蹴れないだろ」


 そう。実は俺は小学生の頃サッカーをやっていたのだが、慈実は未経験だ。


 それなのにゴールの四隅に綺麗に決めてきた。


 慈実はいたずらな笑みを浮かべると俺の肩をぽんぽんと叩いてきた。


「忘れたの? 悠雅に教えてもらったからだけど」


「あ……」


 完全に自業自得だった。


◆◆◆◆◆


 運動不足な俺は「もう疲れた」と駄々をこねた結果、俺たちはカラオケに来ていた。


 束の間の休憩だ。俺としてはここでどれくらい時間を稼げるかで明日のコンディションが決まる。


 適当に曲を選ぼうとしていると、慈実はテーブルに両肘をついてこちらを見つめてきた。


「ねぇ、そろそろ聞いていいよね」


「なんの話だよ」


「藍花の話だけど」


 はぁ……。忘れてくれているなんて少し期待した俺がバカだった。そりゃ気になるよな。


 俺は適当に指を動かしながら目を合わせないように口を開く。


「聞くって何をだよ」


「なんで喧嘩しないのか。っていうか2人とも急におとなしくなった理由だよ。昨日だけじゃなくて今日もだし」


「別に特に理由はないって。喧嘩するのがバカらしくなっただけ」


「んなわけないじゃん。確かにバカだとは思うけど、そんなのが理由でやめるなら2週間も同じことやってないでしょ」


 確かにそうだよな。そこまで冷静に考えられるならすぐにやめていたはずだろう。


 でも、さすがに慈実には静川とのことを言いたくはない。恥ずかしいからな。


 慈実は呆れたようにため息をついて背もたれに深く座った。


「これでも今までなんにも聞いてないんだから優しい方だと思うんだけどな~」


「そんなに気になるなら静川に聞けば良かったろ」


「藍花が全く口を割らないから困ってるんだよ」


「はぁめんどくさいな……」


 せめて俺みたいに何かしら言い訳をしてくれてればここまで問い詰められることもなかったのに。


 思わず本音をこぼすと、慈実の表情が一気に変わった。さっきまでは優しい表情だったのが一気に憤怒の顔になった。


「めんどくさいってなに? 2人が喧嘩するたびに止めてたの私だよ? 今でこそ痴話喧嘩とか言われて笑い話で終わってるけど最初の頃なんてうるさいって悪口ばっか言われてたんだからね?」


 そうだったのか……。確かに俺たちが喧嘩をするたびに止めてたのは慈実だった。今でこそ子供みたいなことしてたなとは思うし、周りからしたら呆れるのが普通だけどそれでも止めてくれてた。


 それに裏でそんなこと言われているのは知らなかった。拓実は知ってたんだろうか。あいつのことだから、知ってても言わないだろうけど。


 確かに申し訳ないことをしたとは思うけど、俺は素直になれない。


「そんなこと言ったら、慈実が静川を連れてくんのが悪いんだろ! 去年から慈実が仲良くしろなんて言わなかったらこんなになってないんだよ!」


「はぁ!? 話してみないと仲良くなれるかわかんないからそう言ったんだけど? それに無理だと思うなら関わらなければいいじゃん! 最近なんか私抜きで勝手に喧嘩してるだけでしょ」


「いや、それは」


「もういい!」


 バン! と、とても女子高校生がドアを閉めたようには聞こえない音が取り残された部屋に響く。


「はぁ……。俺は何やってんだろうな」


 慈実に悪いところは何ひとつない。なんなら感謝しなければいけないくらいだ。


 それなのに俺は。子供じみた言い訳を並べて責任を慈実に押し付けた。


 俺は全然成長してないな。いつも慈実を怒らせるときはこうだ。


 素直になった方がいいのはわかってるけどそれが出来ない。俺は自分の愚かさに吐き気がしながら腰を上げて部屋を出た。






 



 


 


 

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