第8話

 家に帰ってもすることがないというのは思ったより辛いのかもしれない。


 放課後、いつも通り何も予定のない俺は自宅のベッドで仰向けになりながら虚無の時間を過ごしていた。 


 いつもなら少しダラダラして風呂に入って飯を食べてゲームをして寝る。すごく大雑把に表現したらこれが俺の1日だ。


 でも今はその中で1番多くの時間を占めていたゲームをする必要がなくなった。


 いや、細かいことを言えばゲームは義務じゃないし好きにすればいいだけなのだが……。


 必要がなくなったというよりは、やりたくなくなってしまったという感じか。


 ゲーム自体は好きだ。けれど、あのゲームは誰かとやることで楽しさが倍増するゲームだと思っている。


 もちろんしーたん以外にだってやる相手はいる。けれど、今やってしまったら嫌でもあの日のことを思い出してしまうし羞恥心を忘れられない。


 そんな理由でゲームすらやらなくなった俺にはもはや時間を潰せる趣味が一つもない。


 漫画を読むにしても俺はそこまで没頭してるわけじゃないし、他のゲームは最近飽きている。もちろん部活もやってないし友達も多くない。


「俺からゲーム取ったらなんもねぇじゃん」


 プロ級に上手いわけでもないから、ゲームを誇れるわけでもないのにそれすらやらなくなったら何も残らない。


 俺は大きくため息をついてから部屋を出た。

 

 こういう時は散歩だ。


 親にはちょっと散歩してくると言ってすぐに家を出た。家を出る前に目が合った親の顔は信じられないものを見るような顔だったけどそこまで変か?


 まぁいつも引きこもりに近い生活をしてるんだからしょうがないか。


 空を見たら辺りはもうすっかり夜の景色になっていて、時々吹く風が冬が残した冷たさを運んでくる。


「意外と寒いな……」


 もう4月だし少しは暖かくなったかと思ったけど、まだそこまで変わらないみたいだ。


 このまま歩いているのも寒いだけだし、少し走ってみるか。また風呂に入る羽目にはなるけど、たまにはいいだろう。


 行く宛もなくとりあえずぶらぶらしようと走りだすと、すぐに見知った顔に出会う。


「あ! 悠雅じゃん! 何してんの?」


 相手は慈実。両手にレジ袋を下げている。きっとおつかいの帰りか。


 まぁ家が隣だし出会うのも不思議ではない。


「ちょっと散歩しようと思って」


「は……? 今なんて?」


「だから散歩」

 

「嘘! 悠雅が散歩なんてするわけない!」


「お前、朝から失礼なことばっか言ってるの自覚してるのか?」


 全く。いつもと少し違うことをしただけでこんな反応をされるんだ。本当に生きづらい世の中だ。


「じゃあ、私も行く! ちょっと待ってて!」


「いや、おい……」


 俺の返事も聞かず、家に入っていった慈実。

 

 まぁ別に嫌でもないし、話し相手がいた方が楽しいからいいんだけども。


 30秒ほどで出てきた慈実はジャージ姿だった。

 着替え早くない? マジック使ったの?


「じゃあ行こ!」


「うん……歩きにしよう」


 慈実はバスケ部だ。普通に走ったら俺が置いていかれる。


◆◆◆◆◆◆


 適当に住宅街を歩いて、河川敷に出ると川の横をゆっくり歩く。


 川の水面に映る月が揺れていて、とても綺麗だ。


 このくらいの時間になると人通りも車通りも少ないし、夜の散歩も悪くないな。


 隣を歩くちびっこがポニーテールをぴょんぴよん揺らしながら口を開く。


「今日はゲームしないの?」


 いきなり痛い質問だな……。


 慈実は俺がゲームにハマっていることくらいしか知らない。そんな慈実からしたら俺が1日でもゲームをしないのが考えられないのだろう。


 俺は申し訳ないと思いつつ、用意してた嘘をつく。


「あぁ。そろそろ違う趣味でも見つけようかなと思って」


「そっかそっか! いいじゃん! なんかやりたいことあるの?」


「え〜……まだ決めてない」


 嘘を言いつつも実際他の趣味を見つけるのも悪くないとは思う。ただ見つける気がないだけで。


 だから半分嘘、半分本当って感じだ。


「悠雅そう言って結局決めないでしょ」


「うっ……」


「幼なじみ舐めんなよ?」


 いや本当に舐めてません。


 慈実とは本当に小さい頃から一緒だ。幼稚園から高校まで一緒だし、お互いのことなら大体わかる。


 まぁ高校生くらいからはお互い触れづらい部分もあるし前に比べたら少し疎遠になった気がするけれど、それは誰でもそうだろう。


「じゃあバスケでもする? インストラクター私になるけど」


「遠慮しときます……」


「えぇ〜倒れるまでしごこうと思ったのに」


 うん、そう言うと思いました。


 慈実はバスケ部の次期主将と言われるくらい、結構上手いらしい。


 2年生の今でもすでにスタメンの座は確保していて、部員からの信頼も厚いらしい。全て慈実から聞いたから誇張してるかもしれないけど、本当でもおかしくないと思う。


 信頼関係は小さい頃から築くのが上手かったし、バスケも上手い。


 こうやって何かに熱く、夢中になれるのが俺には羨ましく仕方ない。


「ゲームもいいけどさ、体動かしたり自分の財産になることするのも悪くないよ」


「ゲームが財産にならないと?」


 俺は煽り口調でそう聞いた。

 今のは聞き捨てならん。


「誰かとの繋がりはなると思うしプロを目指している人ならあると思うけど、趣味くらいじゃならないと思う」


 真面目な口調で言う慈実。


 うん、正論だと思います。


 やべぇな。言い返してやろうと思ったのに何も言い返せないや。社会に出て役に立つことがあるかと聞かれたら思いつくことは特にない。


 結局ボイスをつけてやっていてもそれはたかが電話で、実際に話すときとは全然違うからコミュニケーション能力が上がるわけでもない。


 ゲームの腕を上げたってもちろんゲームが上手くなるだけ。そのゲームだって一生続くわけではない。


「うん……そうですね」


 少し落ち込んだ俺を見て慈実は焦って手をぶんぶん振った。


「あぁ、別にゲームがダメって言ってるわけじゃないんだよ!? 私も好きだし! だけど、他にも何かやってもいいかなって話!」


「わかってるよ。……まぁそれが見つかれば話が早いんだけどな」


 さっきは咄嗟に言ったけど、ゲーム以外にも何かしら趣味が欲しい。


 運動神経はないし、何か特別好きなものもない。唯一好きだったものといえば……。


 あぁ! もうまた思い出したくないのに思い出してしまった!


 頭を横に振って、煩悩を振り払う。


 いつの間にか、景色が移り変わってきていてまた住宅街に入った。俺たちは何も考えてはいないけどこのままだともう少しで家に着くだろう。


 もう大きい道路もなくて周りには少しも人がいない。雲ひとつない空には満月が見えた。


 街灯と月明かりだけに照らされるこの道を歩くのは好きかもしれない。


「小さい頃は、走るのとか好きだったじゃん」


「あぁ〜子供の頃はなぁ」


「まだ子供でしょ。本当バカだなぁ」


 くすくすと笑う慈実を見て俺も笑った。


 確かに昔は走るのが好きだった。誰かと競ったり誰かから逃げたり、結果はどうであれその後に見る空とか、受ける風とかがどうようもなく気持ち良かった。


 でも、成長するにつれて体力がなくなってきて走りたくもなくなってしまった。


「ねぇ、明日時間ある?」


 慈実がふとそんなことを言う。


 急にどうしたのだろう。しかもその質問は俺に取って――


「愚問だな。こちとら年中暇ですけど」


「そうなの? ゲームやるのかと思ったけど……」


 げっ……。まぁ確かに今までだったらそうかもしれないな。


 俺はなるべく平静を保って応える。


「まぁとりあえず明日は暇だよ」


 すると慈実は嬉しそうに口角を上げて、ぴょんと跳ねた。本当によく跳ねるな。うさぎみたいだ。


「じゃあちょっとおでかけしよーよ」


「え、部活は?」


「明日は休みなの。最近教育委員会がうるさいから毎日練習はできないんだって」


 確かに、最近よくニュースでは部活動に関しての問題が取り上げられている。その中で休みがないことも一つの問題だった。


「なるほどな。まぁいいけどなんのつもりだよ」


 慈実が俺を誘ってくるなんて珍しい。そりゃ部活が忙しいこともあるけど、こうやって遊ぶなんていつぶりだろう。


「たまにはいいじゃん。へへ、楽しみ」


 まぁ俺もゲームをやめて暇になってたしちょうどいい息抜きになると思う。


 それにこの慈実の顔を見たら少しも悪い気はしなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る