第7話
昼休み。
俺はいつも通り拓実と一緒に昼食を摂ることになる。昼休みは俺も静川もお互いと距離を取るために自分の席では食べないようにしている。
まぁ暗黙の了解ってやつだ。
そのため俺はわざわざ拓実の席の近くまで行かなければいけないのだが今日ばかりは憂鬱だった。
だってずっと会ったこともない人が実は身近な存在だった。それに加えて大好きとまで言っていた人が、実は大嫌いな人で……。
そんなことを伝えたら拓実がどんな反応をしようが俺の羞恥心がどんどん増すだけだ。
あんだけ嫌ってた人に毎日好きなんて言っていたんだから、死にたくなる。
「それで? どういうことさ」
俺がなるべけゆっくり席に着くと拓実は既ににやにやと笑みを浮かべながら俺を見てくる。きっとまだなにも知らないし勘付いてもいないはずなのに俺にはその表情がやけに怖かった。
全てを見透かされているようで、俺は着込むようになにも見られないように話を遠ざける。
「あ〜えっと……、なんの話でしょうか……」
そんな俺を見て拓実は、何回説教をしても言うことを聞かない子供を見るような目でこちらを見てくる。
「まぁ1万歩譲って喧嘩しなかったことについてはいい。平和なことだしね。だけど、土曜日のこと連絡も寄越さないのはちょっと違うっしょ」
きっと激怒はしていない。けれど、自分の中にある恥ずかしさとか罪悪感とか色んなものが混じった結果、拓実の言葉は俺を糾弾しているようにしか聞こえない。
でも、声色から伝わる通り少しは怒っていてその理由を俺に聞きたいのも理解している。
拓実には知る権利があって、俺には伝える義務がある。
俺は自分の羞恥心を押し殺すように深呼吸をして、でもそれでも足りないから弁当を開けながら話を始める。
「本当にごめん。伝えなかったのは本当に悪かったと思ってる。でも、さっき言った通り理由があったのは本当なんだ」
「うん。その理由を聞きたいんだよ」
いつもは茶化してきたりするところで、拓実は真面目な口調でそう言ってくれた。
そのことに少しだけ安心して俺は話を続ける。
「まず、結論から言うとし……しーたんには会えた」
「おぉ」
「うん、会えたことには会えたんだけど……」
その先から言葉が出てこない。
別に深刻な話でもないし、俺以外からしたらどうでもいい話かもしれない。
だけどやっぱり言いたくないな……。
「お顔がよろしくなかったとか?」
「いや、それは全然そんなことないんだけど」
「じゃあ体型が……」
「それも大丈夫だったな」
「めっちゃ年上だったとか」
「バリバリタメなんですよね……」
「もうなにさ。そうやって話をはぐらかすの悠雅の悪いとこだぞ」
「ぐっ……」
その通りである。そんな正論パンチされたらもう避けようとも思わないじゃないか。
俺は意を決して話し始める。
「会えたことには会えたんですけどね……その相手が知り合いだったというか」
「へぇ〜顔見知りならこれから接しやすいじゃん」
「同じ学校だったというか……」
「は?」
俺がここまで言うとやっとおかしいことに気づいたのか、拓実が目と口をぽかんと開けて固まってしまった。
察しのいい拓実でもこれは想定外だったのだろう。
そりゃそうだ。
「だって北海道の子じゃなかったの?」
「嘘だったんだよ」
「え、もしかして俺も知ってる?」
こくり。
俺が頷いたのをみると拓実は、堪えきれていないいたずらな笑みを浮かべた。
でた……。拓実の唯一嫌いなところだ……。
「へぇ……? それで誰だったの」
「し、し、し、し……静川」
「は……? もう一回」
「静川だったんだよ!」
俺がバン! とどこかでやったように机を叩いて立ち上がると教室中の視線が一気に集中してくる。
拓実はその中で1人だけ浮いていて、まるで人形のように固まっている。
俺は軽く頭を下げながらもう一度席についた。
今の大丈夫だよな? 周りに聞かれてないよな?
まぁ万が一今の話が聞こえていても、ネットで彼女を作っているのは知らないはずだ。うん、安心だ。
「ぷっ…………ははっ! だから喧嘩してなかったのか! なるほどね。こりゃ笑える。喧嘩なんてする暇もないもんな」
人の心も知らないで……。こっちはもう傷心通り越してるんですけど。
親友ならちょっとは慰めてくれてもいいと思うんですけどね。
拓実は周りも気にせず涙が出るまで笑ってから、一気に脱力したように「はぁ」と息をついた。
「ぷっ……」
「もういいだろ!」
俺の顔見るたびに笑うのやめろ!
笑われるたびに俺のHPが削れてくんだよ!
「つまり、しーたんが静川さんだったってわけか」
「はい……」
「ごめん。笑いすぎた。悠雅にとっては大問題だもんな」
「そうだ! 人のことも少しくらい考えろ!」
「今日までなにも言わなかった人に言われたくないなぁ」
「……」
なにも言い返せないな。
もしすぐに伝えたくなくても、今度話すとかいくらでも言えたはずだ。
だから俺が悪いことに変わりはない。
「まぁ今のは意地悪だったけどさ、真面目な話これからどうすんの?」
「それは……」
それは俺も考えていたことだ。
静川は別れるって言ってたし俺も付き合い続ける理由はないしそのつもりだ。
だけど、なんだろうな。
歯に何か詰まったような、どこかスッキリしないそんな感情が身体中も駆け巡っている。
その言語化できない何かが、俺の決断を鈍らせている気がする。
「別れる……に決まってるだろ」
「あんなに好きって言ってたのに?」
「ぐっ……。でも静川だぞ? 俺は大嫌いなんだ」
「うん。前も言ったけどさ、周りから見たらそういうふうに見えてるって」
「あぁ、うん」
そういうふうっていうのは、両想いだったり交際しているように見えるってことだ。
確かに言ってたし、忠告もされていたけれどそれとこれはなにか関係があるのだろうか。
「俺が思うには、悠雅たちの喧嘩って好きな裏返しの可能性もあるんじゃない?」
「は?」
「つまり、本当は好きなんだけど……って前も言ったか」
「いやいやいやいやいや! それはない。絶対ない」
俺が静川のことを好き? 冗談じゃない。あんな毎日人を馬鹿にしたような態度取る奴のどこを好きになるか。
拓実や慈実が好きだといっても俺は絶対に嫌いなままでいられる。そのくらい嫌いだ。
断言できる。
「そう? まぁどっちでもいいんだけどさ」
拓実は一度言葉を区切り食べていたパンを飲み込んでから少しだけ鋭くなった眼光でこちらを見る。
「お前が好きになったしーたんは静川さんだってことを忘れないほうがいいよ」
まぁ、その通りなんだよな……。
実際それを理解しているから俺だって悩んでいるわけで。
だけどきっとあっちには別れる選択肢しかない。
そもそもネットでの付き合いなんてすぐに切ってしまおうと思ったら切れてしまう。
実際、このままなにも話さなくなったら自然消滅するだけだ。俺たちの関係はきっとそのくらい細い糸でしか繋がっていなくて、伸びていったらそのうち切れてしまうくらい脆いものだ。
やっぱりもう一度話したほうがいいのか?
「まぁなんか色々言ったけど、悠雅のやりたいようにすればいいと思うよ」
「そうなんだけどさ、いまいちわからないんだよ。俺がどうしたいか」
「つまり迷ってるってこと?」
「そう……だと思う」
「なるほどね。じゃあ静川さんの嫌いなところ言ってみなよ」
「え、なんで」
「まぁいいから」
静川の嫌いなところ……。
そんなことを言い出したらキリがないけれど、まあとりあえず言ってみることにする。
「いちいち人に突っかかってくるところだろ? 他の人には普通に接するのに俺にだけは毎回キレてくる。まぁ言い出したらキリがない」
拓実は頬杖をついて俺を見定めるように見てくる。
「ふ〜ん。人の行為には自分自身でも気がつかない裏みたいなものがあるから」
「は?」
「まぁ頑張れよ」
拓実はそれ以降この話はしなくなった。
全然話がわからないし、何を言っているのかもよくわからなかった。
え、もしかしていいこと言ったふうに振る舞ってるだけか?
その真相はよくわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます