第6話
翌週の月曜日、俺は最悪な気分で登校をした。
いつもであれば土日はほぼ1日中しーたんとゲームをやっているような毎日だった。
けれど、そのしーたんが静川で俺はどうしようもなく落ち込んでいる。
結局あの後、ほぼ一言も話さず俺たちは帰宅した。
それからはもちろんしーたんとも連絡を取ってない。
「もうしーたんじゃないか……」
しーたんは静川だったんだ。それは紛れもない事実だ。もうしーたんは一回忘れよう。
俺はいつもよりもすごく小さい音で教室の扉をスライドさせて中に入った。
自分の席を見れば隣の席にはまだあいつの姿がない。いつもは俺より早いのに珍しいな。
俺は普通に座って携帯をいじることにした。
「おい。親友に連絡なしってのはひどくね?」
携帯を触り始めてすぐにまだ空いていた前の席に座って俺の机に肘をついてきたのは拓実だ。
そういえばあれからなんにも連絡してなかったな。色々アドバイスとか貰ったのに申し訳ないことをした……。
でも、今回だけは許してほしい……。
「あの、本当にごめん……。言い訳じゃないんだけどそれどころじゃ無かったというか……」
「ん? どゆこと?」
拓実は怒った様子もなくただ意味がわからないと言った表情だ。
そりゃそうだろう。誰があんなこと予想できる。
「実は……」
そこまで口にしたところで教室の扉がガラガラと音を立てた。いつもなら気にしない日常に紛れているはずの音なのになぜか今日は気になった。
きっとさっきの俺と同じような音だったから。
俺はなにも考えず入り口を見るとそこにいたのは静川だ。らしくもなく俯きながらおぼつかない足取りでこちらに向かってくる。
怒っているわけでも悲しんでいるわけでもなさそうで、ただひたすら落ち込んでいる様子だ。
少し乱暴に机の上にカバンを置くと、すぐに座ってそのカバンに突っ伏した。
他のクラスメイトはなにも気にしていないようだが、俺たちからしたら不思議な一幕だ。
「え、お前らどうしたの」
「なに?」
拓実は急に目を見開くと、まるで信じ難いものを見ているような目で俺を見てきた。
表情をここまでコロコロ変えるのは珍しいな。
そんな変なことあったか?
「なんで喧嘩しないんだ?」
「あ……」
確かにそうだ。いつもならどちらかが教室に入った瞬間になにかしらいちゃもんをつけて始まっていた喧嘩が今日はない。
今になって我ながらガキだなと思うし、それを異常に思われるのも恥ずかしいけれど確かに拓実や慈実のような俺たちと普段から関わっている人が見たらおかしいと思うような光景だろう。
「まぁ、俺もぼーっとしてたしあっちだって寝てんだろ。毎日喧嘩すりゃいいってもんじゃないしいいじゃん」
「お前誰だ?」
「ひでぇな! 俺だよ!」
拓実は俺を別人を扱うように少しだけ椅子を引いて距離を取った。
まぁ遊んでるだけなんだろう。
でも、そう思うくらい俺たちの喧嘩が日常になっていたのか。
でも、これで2週間続いた連続喧嘩記録も途絶えた。別にログインボーナスが貰えるわけでもないし特になにも思わない。
むしろ朝から気分が良くていいな。
「おっはよー!」
軽快な足取り、爛々とした笑みで教室に入ってきたのは慈実だ。
既に教室にいたみんなが「おはよ〜」と返している。きっとここまで返事をされるのは慈実だからだろう。
そのままいつも通り俺たちのところに向かってくる。ここまではいつもと変わらない。
「え……うそ……」
そして俺たちの目の前まで来てから、立ち止まりカバンをどすんと落とした。そして両手で口元を抑える。
俺と静川を交互に見て10往復ほどしたところで、俺の顔を見て動きが止まった。
そして一気に詰め寄ってきて俺の肩を掴む。
「ねぇ! 何があったの! もしかしてこれ夢なの!?」
「なんもないし夢じゃないから安心しろ」
「でも……! もしかして藍花も言い返せなくなるようなえぐいことを言ったとか?」
「今日は喋ってねぇし……」
「じゃあ2人とも頭打ったとか?」
「打ってないし」
「じゃあなんで喧嘩してないのさ! やっぱりおかしいよ! 天変地異? あ、おはよ」
「おはよ……。とりあえずなんもないから安心しろ」
もうなんなんだこいつ……。そんな取り乱す程におかしいことなのか?
確かに今までからしたら考えられないことだけどここまで言わなくてもいいとも思う。
挨拶が変なタイミングになる程テンパることではないぞ絶対に。
「やっぱりおかしいと思うよね? 三橋さん」
「絶対おかしいよ!」
「で? どういうわけ?」
ぐっ……。この場で俺から説明するのか?
拓実にだけ説明するならまだいい。けど、今は隣に慈実もいる。
「なに……?」
「ん……なんでもない」
拓実にならしーたんが静川だったと言えばなんとなく、状況を理解してくれると思う。
でも、慈実はそもそも俺がゲームで彼女を作ってることすら知らない。そこから説明となると結構時間がかかるし面倒だ。
それに今は周りの目もある。俺たちの関係がもし外部に漏れたらもっと面倒なことになるのは予測できる。
どうしたものか……。
俺がこの場をどう乗り切るか思案していると、慈実が顔をぐんと近づけてきた。
「ねぇ、そういえば今日の悠雅全然くまないじゃん。目もぱっちりしてるしゲームやめたの?」
「げっ……」
慈実の一言に拓実も反応して顔を近づけてくる。
「うわ。まじじゃん。鋭いね」
拓実の言う通り鋭すぎる。
確かにいつもはくまがあったり顔がスッキリしていないのが俺だ。もちろん原因はゲーム。毎日夜中までやっているからその顔がスタンダードになっていた。
けれど、土曜日に静川と会ってからはやる気が少しも出なくてログインすらしていない。
静川以外にもやる人はいるんだが、もうゲーム自体がどうでも良くなっていた。
だから健康的な生活習慣が戻ってきていて、今日は顔がスッキリしている。
「えーっと……ほら、ちょっと家の用事あってやる時間なくて」
「でも、車あったじゃん」
慈実の家は隣だった……。
「授業の予習を……」
「そんなことするわけないじゃん」
拓実ひどい……。
いや、こんな言い訳しか思いつかないのが悪いんだけど……。どうしたものか。
俺がもたついていると「んんっ……」と声をあげて静川が目を覚ました。どうやら本当に寝ていたらしい。
うつろな眼で俺たちも見てから慈実に目を向けた。
「あ〜おはよ」
「あ! やばい!」
静川が口を開いた瞬間、慈実が俺たちの間に割って入ってきた。きっと俺たちが喧嘩を始めると思ったんだろう。
「なにしてんの慈実。バカになったの?」
「へ……? 嘘……藍花まで? やっぱりおかしいよ!」
「なにが……? あ」
静川は俺を見て何かを察したように目を見開いた。慈実の言ってる意味がよくわかったのだろう。
目をキョロキョロさせたあと何事もなかったかのように携帯に目を移した。
「なにもおかしくないじゃん……」
「おかしいよ!」
「そんなに喧嘩してほしいの?」
「いや、だって……」
まだ納得いかないのか首を捻ったりして唸っている慈実をジト目で見ている静川。
「まぁいいんじゃない? 平和なことは悪くないし」
すると拓実がナイスフォローをしてくれた。
拓実も気になってたはずなのに、どうしてここでフォローしてくれたのかはよくわからないがとりあえずありがたい!
「まぁそうなんだけどさ……」
慈実が納得いかず何かを言おうとしたところで、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
慈実は仕方なく席に戻って行く。
その頃になると他のクラスメイトも気がついてきていて、「あいつら喧嘩したの?」「あんだけ仲良かったのにな」なんて聞こえてくる。
いや、普通逆だろ……。
拓実は立ち上がって俺を見た。
「後でちゃんと説明しろよ」
「はい……」
昼休みが憂鬱だ……。
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