第5話
なにも考えず、近くにあったファミレスに入った俺たちはドリンクバーと適当に好きなメニューを頼んだ。
2日連続ファミレスかよ……。
まぁ、今回は状況が状況だ。仕方がない。
あのままあそこで話しているのも周りの目を引くし、まだお店の方がマシだろう。
俺はゆっくりと正面に座る相手を見る。
しーたんだからか知らないが、なぜか可愛く見えてきた。黒のショートパンツに上は白いシャツ、そのシャツの上にチェック柄のジャケットを着ていて静川はすごく洒落ていた。
学校の外+私服姿+しーたん補正がかかっているからそう見えるだけだろう。きっと。
「なに。あんまり見ないでくれる? それにあんたと話すことなんてない」
「もうわかってんだろ? お前がしーたんで俺がゆーくんだ」
自分でゆーくんって言うの気持ち悪いな……。
でも、これが現実なんだ。ちょっとは冷静にならないといけない。
「だったとしたら、尚更話すことなんてない」
「いや、あるだろ! これからどうするとか」
「そんなの別れるに……決まってる」
「そ、そっか……」
なぜだろうか。
きっと当たり前の返答。俺が同じことを聞かれたら同じことを答える。
なのに、少し寂しい気がした。
なぜかその空気を対面からも感じた気がするけれど気のせいだろう。
俺は少し気を紛らわせるためにコーラを一口、含んだ。なぜだかいつもより口の中に染みる気がした。
染みた甘さを吐き出すように俺は口を開く。
「だったら少し言わせてもらう」
「なに?」
「まず、なんで北海道にいるなんて嘘ついたんだよ?」
しーたんは北海道に住んでいて今年たまたま親の都合で東京に来るって話だった。
でも、静川はずっと東京だと慈実に聞いている。
もし、本当に俺と会いたかったのであれば去年でも出来たわけだ。嘘をつく必要がない。
静川はバツが悪そうに俯いた。
「それは……」
「それに全然声もちげーじゃん!」
そう! 声も喋り方も全然違うのだ。静川としーたんじゃ全然違う。もし、しーたんが静川と同じ話し方だったら会う前に気づいていた。
「そりゃ変えるに決まってるじゃん!」
「なんでだよ」
「そりゃ。かわいいって思って欲しかったからで……」
「え……」
静川の突然の赤面に思わず困惑してしまう。
体をぎこちなく揺らしながら、顔を俯ける静川はなんか静川よりしーたん感が強かった。
うん、素直にちょっと可愛かった。
そんな感じで俺の頭の中がごちゃごちゃしていると、バン! と静川がテーブルを叩いた。
「声違うって言うけど、あんただって声違うし!」
確かに俺も声を変えていた。
そんなに大きく声を変えていたわけじゃない。普段静川に言っているようなことを言わないようにしたり、少しイケボ感を出しただけで……。
俺も反論するべく机を叩いて腰を上げた。
「そりゃかっこいいって思って欲しかったからな!」
「はぁ!? ここに来て告白? 気持ち悪っ!」
「お前が先に同じようなこと言ってたんだろ! 大体俺たち付き合ってたんじゃねーのかよ!」
「もう別れたって言ったでしょ!」
「そこまで言ってなかっただろ!」
「だったら付き合うって言うわけ?」
「んなわけねーだろ! アホか!?」
バンっ! バンっ!
どんどんとヒートアップしていく俺たちはテーブルの上で火花を散らしていた。
やっぱりこうなるのか……。
「あの〜……店内ではお静かにして頂けると……」
俺たちが睨み合っていると、女性店員の方が恐る恐る俺たちの方に来た。
「すみません……」
俺たちは1度腰を下ろして落ち着くことにした。
「はぁ……疲れた」
俺は独りごちるように呟いた。
もう精神的にクタクタだ。なんで休日まで静川と一緒にいなきゃいけないんだ。
きっとすぐに帰れない理由は彼女がしーたんでもあるからだ。だから俺の頭の中は意味のわからないことになっている。
好きであるしーたん。嫌いな静川。
それが1人の人物から成り立っていて今目の前いる。だからどうやって接していいのかもよくわからないんだ。
「ねぇ……もう話すことないよね」
「まぁ……そうだな」
「じゃあ、私帰る」
「あ……うん」
なぜか、いつのまにか伸ばしていた腕を俺は引っ込めてもう一度座った。
そうだ。しーたんが静川だった。
つまり大好きだと思ってた人が本当は大嫌いな人で。
きっとしーたんとして俺に接してた姿は全部偽りで、本当は性格の悪い静川だったってこと。
もし今日のことを無かったことにして、いつも通りゲームをやりましょうなんて無理な話だ。
だからこのままでいい。
「……? なにしてるんだよ。お金なら俺が払うけど」
立ち上がって店を出ようとしたところで、静川の足が止まった。そしてテーブルの上を見てからまた俺に正面に座った。
なんのつもりだ……?
俺が意味もわからず静川を見つめていると、女子がよく持っているめちゃくちゃ小さいカバンを置いてからこちらを見た。
「まだパスタ来てないし、ポテトも残ってるから」
「あ、あぁ……。そうだな」
あくまで注文したものを食べていくということらしい。確かにあのまま帰られても俺は2人分食べれるほど胃袋はデカくないしそうしてもらった方がいいだろう。
俺たちの間にあるポテトを交互につまみながら、会話のない気まずい時間が流れる。
なにを話せばいいんだ……。
別に話すことなんてないけど、正面に全く話さない人がいてその状態でご飯を食べるなんて俺には耐えられない。
「静川ってゲームとかやるんだな……」
俺はなんとなく思ったことをぽつりと呟いた。
学校の静川のイメージだとおしゃれとかに気を遣ってて、ゲームとは無縁の存在だ。
静川はポテトを1個咥えてからこちらを見た。
「悪い?」
「悪いなんか言ってねぇだろ! 意外だなって話だ!」
全くこいつと話してるの本当にいちいち腹立つな。なんで普通に話してるだけなのにいちいち棘のある言葉遣いになるんだ。
「ねぇ、思ったんだけどあんたゆーくんのフリしてるだけじゃない?」
静川は急にそんなことを言い出した。
全然意味わかんねぇ。
「は? どういう意味だ」
「私を探してたゆーくんを見つけて、脅してアカウント乗っ取って成りすましてるんじゃないの!」
人差し指をこちらに向けてきた静川はやたらと自信満々だ。
…………こいつ馬鹿なのか?
「んなわけねぇだろ! てめぇに嫌がらせするためにわざわざ電車乗らねぇよ!」
「あんたならやりかねないでしょ!」
「だったらなんで待ち合わせ場所がわかるんだよ!」
「それは……わかんないけど! 早くゆーくんを返して!」
「お前めちゃくちゃだな!」
なんだこいつ。しーたんが言うならまだわかるけど静川が言うにはちょっと子供っぽすぎるだろ。
静川はこんな天然馬鹿みたいな発言しないぞ。
「俺だって信じたくないけど、実際そうなんだよ!」
「うるさい!」
「そんなに信じたくないなら言ってやろうか? しーたんはな、毎日好きって言わないと怒る。それから好きな食べ物はチーズを使った料理全般! 好きなのは小説と俺だ!」
「黙れ黙れ黙れ! なんでそんな恥ずかしいこと平気で言えるわけ!?」
静川は顔を真っ赤にしてまたバン! とテーブルを叩く。まるで地震があったかのようにコップとお皿がガタガタと揺れる。
「これでわかっただろ! 俺がゆーくんなんだよ!」
「はぁ……、もうわかったから! ていうか、ずっと前から思ってたんだけどYu@最強って名前クソダサいからね?」
おいっ! それ俺のゲームの名前!
「それだけは言うな! あれは友達に勝手に変えられたんだよ!」
本当は猛者の人がそんな名前にしてて真似しただけだけど……。
「だったら変えればいいじゃない!」
「改名カードないんだよ! 俺無課金だし!」
名前を変えるにはカード必要でそれには基本的にお金がかかる。
俺には名前を変えるのにお金を払うのは手痛い出費だ。
「お金ないんだ……」
「そんな憐れむような目で見るな! だいたいSh1ikaだって静川のしと藍花のいかとっただけだろ! こんな単純すぎる名前オンラインゲームで使うとかアホだな!」
「あほ……? 実際それで私だってわかんなかったでしょ? それに名前の一部入れてるのはそっちも同じだし。どっちがあほなんだか」
「あぁん……!?」
「あの……ご注文の品をお持ちしたのですが……」
「「あ、はい……」」
俺たちはいつのまにか上がっていた腰を下ろして思っていたより近づいていた顔を離す。
静川の前にカルボナーラ、俺の前にハンバーグとライスが置かれた。
「あと、これ以上騒がれるようですと退店していただくことになってしまうので……」
「「はい、本当にすみません」」
俺たちはもう顔も合わせることなくただ黙ってご飯を食べることにした。
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