第1話 

「はぁ!? あんたが机蹴ってきたんでしょ!」


「だからたまたま当たっただけだって言ってんだろ! いちいち細かい女だな!」


「たまたま? こんなのが毎日続いてたまたまなわけない!」


「あぁ?だから謝っただろうが!」


「口だけならなんとでも言えるでしょ!」


 俺、秋元悠雅《あきもとゆうが》は朝から隣の席の大嫌いなクラスメイトである静川藍花しずかわあいかと口論を始めていた。


 ちなみにクラス替えをしてから2週間毎日だ。


 俺だって本当はこんなことしたくないんだが、こいつのせいで全然落ち着くことができないのだ。


 静川と俺は共通の友人がいることで、1年の頃から知り合いだったんだがその時から馬が合わないのだ。


 そうして同じクラスになって最初の席替えで何故か隣になってしまったのがこいつだ。


 周囲からは「またやってるよ」とか「毎朝痴話喧嘩とか元気だな」なんて聞こえてくる。


 勘違いも甚だしいが、いちいち言っていてもキリがないから今は無視をする。


「大体お前がわざと俺のプリント踏みつけたのが悪いだろ!」


「だからあれはわざとじゃないって言ったでしょ! いちいち過去のことを掘り返して気持ち悪い男!」


 静川は容姿は良い。正直認めたくないけど、実際男子からの評判もよくて結構モテるらしい。


 サラサラの髪が肩まで伸びていて、その髪が覆っている小さい顔。パーツも綺麗で身長も高い、客観的に見ればモテるのかもしれない。


 でも、俺には牙を剥いてくる。だから嫌いだしその上で容姿がいいのだって腹が立って仕方がない。


「てんめぇ!」


 俺がさらに反撃しようとすると、俺たちの間に片手が伸びてくる。


「はいはーい! 喧嘩はそこまでにしようね〜」


 俺の視界の下の方。小さく細い腕が俺の動きを止めた。


「おい! 慈実! 邪魔すんな!」


「悠雅はみんなの邪魔してることを自覚しようね〜」


 ちっ。ちょっと正論ついてくるのがいつも通りで腹が立つ……。


 俺は言われた通り静川から離れて席に座った。

 

 結局隣だから物理的な距離はそんなに離れてないんだけど。


「もう! なんで藍花と悠雅は毎日喧嘩するの!? ちょっとは大人になったら?」


 腰に手を当てて怒る姿が様になってるのは、クラスメイトで俺の幼なじみの三橋慈実みつはしいつみだ。


 全体的に小さくていつもぴょこぴょこしている。


 ただでさえ元気なのに、小さいからちょっと動くだけで余計に元気に見える。

 肩の少し下まで伸びた髪が上下に揺れるからそれもそう見える理由の一つかもしれない。


 こんな感じで面倒見が良くて明るいのだが、俺には少しうるさいから面倒くさく感じることもある。


「あのなぁ、俺たちはまだ高校生なんだ。大人になる必要なんてないんだよ」


「だっさ」


「んだとてめぇ!」


「だからちょっと大人しくしろ!」


「いてぇ!」


 ぴょんと飛んで俺の頭にチョップをしてくる。

 見た目の割に力は強いんだよな……。


 なんで飛んでるのにそんな力入るんだよ……。


「でも、今のはあいつが悪ぃだろ!」


 今のは俺たちの会話に静川が口を挟んできただけだ。別に何も言われなかったら突っかかってはいない。


「しーも悪いけど、悠雅も言い返さなかったら何にもならないじゃん!」


「言われっぱなしは嫌なんだよ」


「頑固だなぁ。ほら、藍花も謝って」


 少し頬を膨らませながら、静川の方を見た慈実は俺に謝罪を促した。


 よし、それでいい。こいつが俺に謝るなんて快感以外の何者でもない。


「絶対、嫌」


「もう! 2人ともめんどくさい!」


 絶対に謝らない俺たちを見て慈実は肩を落とした。

 こんなやりとり毎日あるんだから、慈実もいい加減学習しろよな。


 俺たちは水と油のようなものだ。一生交わる気がしない。


「別に俺たちが喧嘩してたってお前に関係ないだろ。ほっとけよ」


「関係なくない! 藍花とは親友だし、悠雅とは幼なじみだよ? 2人が喧嘩してたらいい思いしないじゃん!」


「だったら親友さんを黙らせてくれるとありがたい」


 俺は言いながら静川を睨みつける。


 いい加減高校生なんだから、大人になれと言われるのもわかるし理解しているつもりだ。


 だけど、こいつだけは絶対に無理だ。


 地球が滅びて世界に俺と静川だけが残ったとしても絶対に協力なんかしないと誓える。


「だから、そういうのが――」


「私もその幼なじみさんを黙らせ――いや、学校に来ないようにして貰えるとありがたいかも」


「あぁぁぁぁ! 2人とも黙ってよ!」


 そんな慈実の嘆きと共にチャイムが鳴り響いて、俺たちは一時休戦をすることになった。


◆◆◆◆◆◆


 放課後になって、俺はなるべく急いで帰る準備をしていた。


 一刻も早くこの空間を離れたいからだ。


「おい、悠雅。そんな急いでどうしたんだよ。これか?」


 そう言って小指を立ててくるのは、俺の友達の棟方拓実むねかたたくみだ。


 黒髪マッシュの髪を靡かせながらこちらに向かってくる姿はイケメンの雰囲気を醸し出している。


 男が雰囲気イケメンになるには黒髪マッシュとはよく言うが、こいつの場合は本当にイケメンなところが気に食わないところだ。


 俺は荷物を鞄に詰め終わると、拓実の顔を見た。


「ちげーよ。一刻も早く隣のやつから離れたいだけだ」


「だったら早く行けばいいのに」


「あぁん?」


 少し声を大きくして言ったからかまた隣のやつが突っかかってきた。


「放課後まで喧嘩すんなよ……。ごめんね静川さん」


「棟方君は悪くないよ」


「お前! 謝るから舐められるんだろうが」


「はいはい。じゃあこいつ連れてくわ」


 俺の言葉なんて聞き流しながら拓実は俺のことを教室から引きずりだした。


 なんか静川にウインクまで決めてるし、なんか拓実にも腹立ってきたな……。


 教室から離れてもしばらく俺のことを引っ張ってきたのでいい加減我慢できなくなった俺は無理矢理拓実から離れた。


「もういいだろ。もう邪魔すんなよな」


「そう言うなって。俺は助けてあげたんだし」


「どこがだよ……」


 ただ水を差されたようにしか感じなかったぞ。


 俺がジト目を向けてると拓実は両手を頭の後ろにやって退屈そうに歩く。


「お前、最近噂になってるの自覚してないだろ?」


「噂ってなんだよ」


 俺は横を歩く拓実の顔を見る。その顔は口元が笑っていた。拓実がこの表情をする時は決まって俺には良くない知らせのことが多い。


「悠雅と静川さんが両想いだって」


「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「ほら、知らなかった」


 どうやったらそんな話になるんだよ!

 どう見たって俺たちはただ仲が悪いだけってわかるだろ!


 両想いだったら毎日喧嘩なんかしないしな。


 席が隣じゃなかったら一生話さないようなやつだぞ? そんなやつと俺が両想いなわけないだろ。


 本当にどうやったらそんな話に……。


 俺の焦りも知らずに、拓実は堪えきれずといった感じで口元を抑えながら笑っている。


 俺が大きい声を出したからか、廊下を歩く生徒や教室の中から視線を感じるがいつもに比べたら気にもならない。


「今、なんでそんな話になってる……って思ってると思うけど」


「エスパーかよ」


「割とみんながそう思うのも無理はないと思うよ」


「どういうことだ?」


 正直、俺からしたらあんなやつを好きになる理由がないし毎日喧嘩してるようなやつらを両想いとも思わない。


「ほら、よく好きな人には意地悪しちゃうってあるじゃん?」


「あ〜、小学生の男子とかがよくやっちゃうやつな」


「そうそう。つまり悠雅たちはそれってこと」


 ん? それってつまり……?


「俺たちが喧嘩してるのが好きな裏返しだと?」


「せーかい」


「それはおかしいだろ……」


 俺は呆れて深くため息をついた。

 

 だってそんなのいいとばっちりだ。俺だって好きで喧嘩なんかしてる訳じゃない。


 昇降口についた俺たちは靴箱で靴を履き替えながら話を続けた。


「でも、よく考えてみ? 田中と鈴木が毎日喧嘩してたらどう思う?」


 田中と鈴木というのは、誰から見ても両想いなのがバレバレな男女のことだ。


 去年から噂になってて、今年は俺たちと同じクラスになった。


 あの2人が毎日喧嘩……。


「両想いだな」


「そういうこと」


「なるほどな……ってならねぇよ! あいつらはもう両想いってわかってるからそう思うんだろ!」


 危うく拓実に乗せられそうになったが今の話は俺の話とは違うことが多い。


 まず、田中と鈴木は喧嘩をしないし誰から見ても明らかに両想いな、付き合ってないのにラブラブ感があるほどの仲なのだ。


 それに対して俺と静川は仲がいいことなんて一度もないし喧嘩もしないことがないくらい仲が悪い。


 これのどこを一緒にしろというのだ。


「でも、実際みんなはそう思ってるってことだよ」


「納得は出来ねぇけど、そういうことか……」


 拓実はあくまで例を出して周りからどう見えてるのかを教えてくれただけだ。


 それに文句を言うのは少し違うだろう。


 校門を出れば夕暮れが少し見える頃だった。

 これからだんだんと昼が長くなっていくんだろう。


「だから少しは大人しくしてみるのもいいんじゃない?」


「う〜ん……。あいつが何もやってこなければ……」


「今日は悠雅からだろ」


「それは昨日がやられっぱなしで終わったからだよ!」


「じゃあ、明日はちょっと大人しくしてみ?」


 拓実は顔の周りにキラキラが見えるくらい優しく笑っている。


 いい奴すぎるのが気に食わない……。


「まぁ、頑張ってみるわ」


 きっと俺の自信のなさそうな笑みを見たからだろう。拓実は小指を立てて曲げたり伸ばしたりする。


「悠雅にだってこれがいるんだから、あんなところ見られたら嫉妬されるかもとか思ったら少しは静かにできるんじゃない?」

 

 そう。俺にはしーたんがいるのだ。


 ただの喧嘩でもあんなところを見られたら割と嫉妬されるかもしれない。そういう人なのだ。


「確かに、その手があった! それなら行ける!」


「だろ?」


 拓実は唯一、リアルの友達でしーたんと付き合っていることを伝えている人だ。


 今の時代、ネットからお付き合いなんて話は珍しくないけれどそれでも偏見というものはつきものだ。


 それで何か言われるのも面倒くさいので信用できる拓実にしか伝えていなかった。


 でも、拓実に言っておいてよかったと思った。


 よし! 今日はしーたんに話聞いてもらって、明日は拓実に言われたことを実践しよう!


 とりあえず早く帰ってしーたんと話さないと!





 


 

 


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