現実世界の調査

不思議なお茶会と破滅の弾丸⑱

「これから現実世界の調査へと移行します」


 告げられた言葉は力が予想していたのと殆ど同じだった。


 アリス世界に潜っていた遥日と結紀だが、特にめぼしい成果は上げられずに、遥日にそう宣言された。


 まだ日も明るい、これから調査を始めた所で問題はないだろう。


 アリス世界から抜けて、日井沢達のいるモニタールームへと向かう。


「うわ」


 ドアを開けると急に香ってきた椿の匂いに驚いて声を上げる。


 力からもここまでの匂いはしなかったが、一体何事だろうか。


 結紀達が来たことに気が付いた日井沢が手を振っているのが目に入り、傍による。


「これが新人?」


 日井沢の隣から聞こえてきた声は、男の結紀でも痺れるぐらいにいい声だった。


「ああ、そうだよ」


 日井沢はそう言って結紀のことを紹介する。


 ゆっくりと椅子が回って目に入ったのは、スーツ姿で背景に薔薇を背負っている男の姿だった。


 薔薇を背負っているのに、椿の匂いがする不思議な男だ。


 でもこの顔には見覚えがある。


 ここ数日でよく見慣れた顔によく似ていた。


「……和樹」


 和樹、と聞いて直ぐに思い浮かんだのは王戸和樹おうとかずきという名前だ。


「よお、遥日。これから現実世界の調査だって?」


「そうだよ、和樹。仕事は?」


「西は優秀な奴が多いから大丈夫だろ。それよりも」


 和樹は結紀のことを横目で見て、言葉を区切った。


 探るような視線に居心地が悪くなって目をそらす。


「緋東、結紀だっけ? 結樹の弟」


「そうです」


「で、遥日が教育係をしている」


「その通りです」


 一体何なのだろうか。


 誰でも調べれば出てくるようなことだけを質問されて、首を傾げる。


「遥日のこと、頼むな」


「え?」


 小さな声で呟かれた言葉は聞き取れなかった。


 和樹は直ぐに遥日の方へと向き直って、仕事の話を始めた。


 聞き返すことは出来ないまま、モヤモヤとした気持ちだけが残る。


「転化の可能性があるって言ってたけど、殆ど確信だろ? まあそれより、北であいつが動いているって聞いたぞ」


「その件は昨日話しました。というか、あいつってあいつ?」


「想像通りだ」


 遥日はため息をついたあと、結紀のことを横目で見た。


 視線を感じて振り向けば、遥日は既に視線を外した後だった。


「……とりあえず、和樹がいるなら分かっていると思うけど、これから現実世界の調査をするよ」


「まあ、そのために来たようなものだしな」


 二人の会話に耳を傾けながら、和樹を観察する。


 周りが言うようにホストのようだが、まさか薔薇まで背負っているとは思わなかった。


 暗い部屋の中で一人だけ輝いているのはどうなのだろうかと思うが、本人の意思ではないのだろう。


 一瞬遥日と顔が似ているように思ったが、よく見ていると造形は同じでも、和樹は男前と呼ぶに相応しい顔立ちで、遥日とは違うと感じた。


 これが兄だと言うのならば、遥日の家系は相当な美形揃いだろう。


「結紀くん、聞いてた?」


 遥日の言葉が耳に入ってきて、結紀は顔を上げる。


 話しは全く聞いていなかったというより、耳から出て行っていた。


「俺に見惚れても何も出ないぞ」


「……和樹」


 和樹は結紀の視線に気が付いていたようでそうやって茶化していたが、遥日はそれを咎めるように声を出す。


 結局、結紀が話を聞いていなかったことはバレているようだった。


「現実世界の調査をしようとは思うんだけど、アリスが学生であることを踏まえると放課後を待った方がいいね。結紀くんは、一回学校戻ろうか」


 結紀の通うアリス科は、アリス治療も授業の一環と見なすので、ここで働きながら単位を取ることができる。


 今日は力だけが学校へと行っているので、一応は授業が行われている。


 もちろん、担任が息吹なので融通自体はいくらでも聞くのだが。


「透も一緒にですか?」


「透くんの方はまだまだ仕事があるから、結紀くんだけかな」


 白うさぎはアリス世界と現実を唯一繋げられる存在であるために、仕事が多いと聞いている。


 ある程度想像しながら問いかけたので、期待はしていなかった。


「送ろうか?」


 和樹がそう言ったのに対して、学校までの距離を考えてからお願いしますと返す。


 飾りのついていない車の鍵をポケットから取りだした和樹は、車を回してくると言って去っていった。


「また後でね、結紀くん。行ってらっしゃい」


「ありがとうございます、遥日さん」


 遥日に見送られながら部屋から出て行った。

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