お茶会

不思議なお茶会と破滅の弾丸⑤

 治療室へと入ると透が顔を顰める。


 どうやら力がいることが気に掛かっているようだ。


「なんでここにこいつが?」


 力を指さしてそう言った透は、遥日の説明を受ける。


 そしてつまらなそうに返事をした。


「クソうさぎ、ちゃんと仕事しろよ」


「なんか変わんの、それで」


 透は力の顔をじっと見ている。


 力の方は諦めたように手を上げて、ため息をついた。


「お前がやれば助かる命もあるだろ」


「ほんとうに?」


 力が息を飲み込むのが聞こえた。


 これ以上白熱しないように結紀が間に入る。


「何喧嘩してんだよ、それより瑠奈が先だろ」


「……そうかもな」


 早くアリス世界を解明して治療を終わらせないと、瑠奈も不思議の国もゆっくり出来ないだろと付け足せば、力が結紀の肩を叩いた。


「そうだよな、結紀はそう思うよな」


 どことなく棘を感じて、結紀は居心地の悪さを感じる。


「アリスなんて、気にかける必要あるの?」


 透から言われた言葉に棘は無い。


 けれども、棘がないだけで結紀のことをよくは思っていない。


 その感情がひしひしと伝わってきて結紀は思わず口を閉ざす。


 なんて言えばいいのか分からなかった。


「いいんじゃない? そういう考えもあってさ」


 結紀のことを守るかのように卯宝がそう言う。


 同意はしていないが、否定もしていない口ぶりだ。


 守っているように見せかけて本当は卯宝も透と同意見なのだろう。


 それに気がついた結紀はそんなに変なことを言ったのだろうかと首を傾げる。


「アリスを救うって考え方、オレたちはしないんだよ」


 だるそうに息吹はそう言って、ため息をつく。


「オレたちはアリスを治療するだけ。そこに先もあともない」


 不思議の国と一般人では根本的に考え方が違う。


 前に力が言っていたのはこういうことかと思い知ると結紀は何故だが悲しい気持ちになった。


 それと同時に結紀はその考え方を変えたいと思った。


 何かを返さなければと思い口を開こうとする。


 その時、パンっと乾いた音が聞こえて振り返れば、遥日が笑顔で立っていた。


 普段の困ったような笑顔ではなく、本当にただの笑顔だ。


 何故かその笑顔がとても怖い。


「時間がなくなるよ?」


 背中に暗黒のオーラを背負っていることに気が付いた不思議の国は誰一人として、遥日の言葉に逆らえずにはいと小さく頷いた。


 ♢


「さて……どんな世界かな、なんだこりゃきもちわる!」


 楽しそうにアリス世界へと踏み入れた力が真っ先に言ったのはそれだった。


 同じく他の二人も気持ち悪そうだ。


 先程入った時よりもぐちゃぐちゃが酷くなっていて、結紀も少し具合が悪くなってきた。


 これは早く何とかしなければ入ることすら困難になる。


 現状を確認したお茶会組は顔を見合せた。


「……とりあえず、イカれたで。力頼む」


 息吹が声をかけたのを合図に、三人は三角形に並び直す。


「イカレ帽子屋の力とくとご覧あれ」


 力がそう言うと、その隣にいる卯宝が言葉を続ける。


「さておかしくなるほど笑おうか」


 その言葉を合図に息吹が口を開く。


「おやすみなさい、また今日も夢を」


 その言葉に応じて辺りが静まった。


 そして、力の手元にはシルクハット、卯宝には黒うさぎの耳、息吹には灰色ねずみの耳がついていた。


 あれは一体なんだろうか。


「お茶会を開催する。

 イカレ帽子屋の開く、イカれたお茶会の始まり始まり」


 力の言葉に従うように周りの瓦礫が宙に浮く。


 結紀は始めてみる光景に少し怖くなり、遥日の近くに行った。


 ケーキが空を舞い、瓦礫が浮き、道路が形成されていく。


 綺麗に舗装された道路の真ん中にお茶会広場が形成され、紅茶の匂いが漂っていた。


 落ちていた時計が空に向かい、時計塔のようなものを作り出す。


 お茶会広場の真ん中にある長いテーブルに大きないちごのホールケーキが乗る。


 アリス世界が段々と舗装されていき、ぐちゃぐちゃだった道が全て整っていく。


 そうして見えたのは、結紀達が行ったケーキバイキングのある通りだ。


 じっと三人が動き出すのを待っていると、人は一人もいないが、楽しそうな声が聞こえ、ケーキが装飾されていく。


 時計塔へと姿を変えた、狂った時計は静かに時を刻み、十二時を告げた。


 結紀はメモ帳を開くと、【ケーキはなんのために】と書かれていた。


 どうやらアリス世界が修正されたことで、ヒントも変わってきたようだ。


「おしまい」


 力の言葉でお茶会広場が消えていく。


 修正されたアリス世界はそのままに、三人が力を抜いたのが分かった。


「軽くしか使わなかったから、明日にはもう一回やれると思う」


 力はそう言って笑顔を浮かべる。


「また狂ったら呼ぶね」


 疲れた顔をした三人は遥日にあとは頼むと告げて外へと出て行った。


「ありがとう、お茶会組のおかげで何とかなりそうだよ」


 遥日はそう言うと時計の下へと向かっていく。


 世界が普通に見られるようになった今、人が一人も居ないことが不気味に思えた。


 真由の世界には当たり前のように人が居た。


 しかし、瑠奈の世界には人が居ない。


 瑠奈は人を嫌いなのだろうかと考えていると、メモ帳がめくれた。


【人はいない方が都合がいいの】


 書かれた文字はすぐに消えて、結紀の目には留まることは無かった。


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