不思議なお茶会と破滅の弾丸③


 目に入ってきたアリス世界は、建物が倒壊し、時計がありもしない数字を刻み、甘いケーキで満たされていた。


 一言で言えば、ぐちゃぐちゃである。


 一歩踏み入れて直ぐに結紀はその光景で頭が痛くなった。


 何をどう考えればいいのか分からない。


 もしかしてこれはアリス世界ではなくて、結紀の夢の中なのかもしれない。


 それならそれで大分危ない夢を見ているが。


 悩んでいると、手元にメモ帳が現れる。


 やはり間違いなく、アリス世界のようだ。


「お茶会が必要かもしれない」


 遥日はそう言うと耳に手を当てる。


 お茶会と言って思い当たるのは、力の帽子屋の能力だ。


 お茶会広場を創造したり、お茶会を開催したりできる。


 しかし、この状況をお茶会でどう解決するのか、悩んでいると結紀の耳についている通信機からも音がした。


「聞こえるか? こっちも同じ画像が見えてる」


 結樹の声だ。


 どうやら、結樹の能力でアリス世界の映像を映しているようで困惑した声が聞こえてきた。


「これってどういうことなの?」


「ブラッディになりかけてるアリスは、望みがぐちゃぐちゃに入り交じって本人すら困惑している。それがこれ」


 そう言われて見上げた空には、ケーキの塊が飛んでいた。


 確かに望みが理解できない。


 ケーキの塊を空に飛ばして、時計を狂わせて何をするというのか。


「進めそうなら進んでみてくれ」


 結樹の言葉に従って遥日の後を付いて歩く。


 遥日は崩れた道路を登り、大きなホールケーキが床に敷きつめられている地面へと降りていく。


 坂道になった道路を躊躇なく降りていく遥日に感激しながら、下で遥日が待っていることに気が付いた。


 なんだかいつもとは様子が違うように見える。


 これ以上待たせるのも悪いと思い、結紀もそれに従って降りて行った。


 道を塞ぐ草木を退けながら、一番狂っていた時計の前へとたどり着く。


 大きな時計は地面に突き刺さっていて、秒針がぐるぐると回っている。


 今にも壊れそうな動きをしている時計を見ていると、遥日の声がした。


「……耳塞いで」


 反射的に耳を塞ぐと、遥日は時計に向かって銃を構える。


 どこに銃を持っていたのだろうか。


 そして引き金を引こうとした瞬間に、通信が入った。


「まてまて! お前は急すぎるんだよ。

 アリスをおびき寄せるにはそれでもいいかもしれないけど、ここは東支部だぞ? やり方が違うんじゃないか?」


 急いで止めに入った結樹の言葉で遥日が止まる。


 動きを止めて息を吐き出して銃を足に付けていたホルスターへとしまった。


 結紀は気付いていなかったが、遥日の太もも辺りに黒いホルスターが巻き付けられていた。


 この間はジャケットの中に隠し持っていたことを考えると、大分大胆に装備している。


「何焦ってんのか知んないけど、東のやり方に従わないのは違うだろ」


「そうですね、すみません早計でした」


 時計の元へと向かっていく遥日を追いかける。


『王戸泉の勅命』、力が言っていたそれが頭を過ぎる。


 そのこともあってなのか遥日は焦りを感じているようだった。


 時計にゆっくり触れて遥日は結紀のことを振り返る。


「そう。今やるべきことは……」


「なんですか?」


「ごめんね結紀くん。ちゃんと指導するから」


 時計から手を離した遥日は、結紀へと向き直る。


 真剣な表情をした遥日に思わず息を飲む。


「結樹くんの能力はアリス世界を映像化することが出来る。

 だけどそれは、一度でも不思議の国が入ったことのある場所だけだ」


 地図のようにアリス世界をナビゲートする結樹が、今回は何も言っていないのを思い返す。


 シミュレーションの時はもっとガンガン指示を飛ばしてきていた。


「先陣をきるものは、危険を覚悟しながら全てのエリアの情報を開示する必要がある。

 だけど、ここまでぐちゃぐちゃだとどうするべきか……」


 遥日は結紀のメモ帳に目線を落としてから首を振った。


 そして時計を見上げる。


「この時計にはきっと意味がある。

 まずはこのエリアだけでも情報を集めないと。この世界には人も居ないみたいだしね」


 そう言われて辺りを見回すと、人が一人もいないことは分かった。


 その代わりに存在するのはケーキばかりだ。


「時計に書かれている文字、見える?」


 結紀はそう問われて頷いた。


 文字は見えるがそれが何かは分からない。


 だけども、きっと何か意味はある。


 象形文字のような読めない文字、刻み続ける秒針は不規則な動きをしていた。


 真っ直ぐ降りていた秒針が急に反対に向かったり、別の場所に飛んでいたりする。


「時間がめちゃくちゃだ」


 時計の刻む時刻はめちゃくちゃ。


 瑠奈は時間になにか思い入れがあるのだろうか。


 そうだとしても、それがケーキとなんの関係がある。


 甘いものが好きで制限している? いや、瑠奈はケーキバイキングでケーキを食べていた。


 なら、一体何を意味しているのか。


 悩んでいると遥日が結紀の肩を叩いた。


「全てが繋がっているとも限らないよ」


「え?」


「ぐちゃぐちゃに混ざっているということは、それぞれが分裂して考えていたものの可能性もある」


 アリス世界を作る時に必要な何かが足りていなかったのかもしれないと遥日は続けた。


 必要な何か。


 一度瑠奈は逃げている。


 つまり、一度はアリスから抜け出したということだ。


 アリスから抜け出せるということは、瑠奈の望む世界が完成していなかった可能性もある。


 それか一度自力で治癒したか。


 希望を叶えるために、もう一度アリス世界を作ったのだろうか。


 この世界からはまだ何も分からない。


 友達と楽しそうにしていた瑠奈が、友達のことで悩んでいるとは思いにくい。


 ならばこの世界はなにから逃げた世界なのか。


 迷いながらメモ帳を開くと、そこには【ルールのアリス】と書かれていた。


「ルールのアリス? どうみたってルールがあるように見えないけど」


 ぐちゃぐちゃに乱れた世界にルールなんてものは無い。


 前回のアリスは、【好意のアリス】とつけられていた。


 好意は愛ではなく、友情のことだったがルールも同じように何か違うのだろうか。


 もしも違うとしたら何をルールにしているのか。


「結紀くん、今悩んだところで応えは出ないよ」


「そうですよね」


 何も情報がないのに何かを知ることなんて出来ないとため息をつく。


「今やることは一つでも多く情報を見つけることでしょ?」


 遥日にそう言われて結紀も考え直す。


 答えが分からないなら情報を持って帰るしかない。


「この時計、ガラスで出来てるみたい。

 ちょっと試してもいい?」


「試すって何をですか?」


「割れるかどうか」


 そう言って遥日は近くに落ちていたレンガで時計を殴った。


 音を立てて割れるはずだった時計は波のような模様を出して、水が揺れるような音を出して、静かに元の姿へと戻った。


「これは……壊れない時計?」


「ガラスなのに壊れない……」


 瑠奈はこの時計にどんな意味を残したのだろうか。


 疑問がメモ帳に記されていくのを見たあと、結樹に連絡をする。


「ここからどこへ向かうかとかない?」


「……そうだな、どこかに隙間はないか?」


「隙間? 探してみる」


 崩れた道路や、浮かぶケーキを避けながら隙間を探す。


 次に進むための道を示されたのだから、きっと隙間は人が入れるぐらいのものだ。


「結紀くん、あれ」


 遥日が指を指した方にあるのはカップケーキだ。


「カップケーキ?」


「……カップケーキの下の方」


 そう言われて下の方を見るとカップケーキには穴が空いていた。


 穴には人が一人入れるような隙間がある。


 もしかしたらあれが次に繋がる道なのだろうか。


「行ってみようか」


 カップケーキに向かうために歩き始めると、急に地鳴りが響いて道路が陥没する。


 カップケーキへと続く道が全て陥没したのを確認したあと、遥日は首を振った。


「なんなんだ、この世界は」


 結紀は思わずそう呟くと、シミュレーションで見た世界との違いをはっきりと感じる。


 しかしこんなにも崩れてしまうとどうしようもない。


 ならばどうするべきかと遥日を見ると同じく遥日も困惑しているようで、結紀の顔を見たあと困ったように笑った。


「こんなのどうやって攻略すればいいんですか」


 自暴自棄になりながら遥日に問いかけると、遥日は少し考えたあとぽつりと呟いた。


「お茶会を開催しよう」

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