不思議なお茶会と破滅の弾丸②

 東支部に運ばれてきた瑠奈は、程なくしてアリスシンドロームに罹患していることが確定した。


 放課後ということもあり、比較的集まりのいい不思議の国のメンバーを連れて、カンファレンスルームへと入る。


 そこには息を切らした様子でスクリーンを映している遥日がいた。


 適当な場所に座って、他のメンバーが座るのを確認すると、茜がスクリーンの前に立って話しを始めた。


「緊急招集をしてすまないな」


 茜が形だけの謝罪を入れて、スクリーンに瑠奈の情報を映し出す。


 東原瑠奈、十六歳。罹患経験なし。


 東支部に治療のため運ばれて来たあと脱走。


 その後行方をくらましていた。


「アリス世界にはまだ一度も踏み入れてないから、詳しいことは何一つ分かっていない。

 だから、すまないが事前情報はなしで入ってもらうことになる」


 事前情報がないのも珍しいことではない。


 アリス世界は各自個々の世界を持っているため、アリスの事前情報がないことが当たり前

 だ。


 しかし、茜がそういうからには何かあるのだろうか。


「……補足します。

 このアリスは一連の行動からブラッディアリスの可能性があります」


 遥日の言葉に揃っていたメンバーがざわめく。


 それほどまでに大変な存在なのだろうか。


 いや一度茜から説明を受けたことがある。


 人を殺すことに特化したアリス、それがブラッディ。


 結紀はそこに気が付くと声を上げそうになった。


「従って武装許可を出します」


「武装許可なんてなくてもいつも武装してるくせに」


 力がボソリと言った言葉は聞かなかったことにした。


 解散と言われてそれぞれが病室や、コントロールルームへと向かっていく。


 結紀は何をすればいいのかよく分からないまま、部屋に残っている力や、遥日の様子を伺った。


「殺すんですか?」


 静かに力が呟いた言葉に遥日は曖昧に笑った。


 殺さないと言わない辺りが正解だと語っている。


「ブラッディアリスは壊すもの、でしょ?」


「違います。遥日さんは、アリスを殺すつもりだ」


 力の言葉が強くなる。


 遥日はゆっくり顔を逸らすとぽつりと呟いた。


「……今回は、泉さんから勅命を受けています」


「遥日さん!」


 力にそう言い残して出て行った遥日を、追うことはせずに結紀は力の傍に行く。


 悔しげに手の平を握りしめている力は、どこか遠くを見ている。


「遥日さんの今回使う銃は特別製だ。

 王戸家が作った、どんなアリスも完全に破壊できるもの。

 あれを使わせるあたりも嫌いだ」


「使わせるって誰が?」


「王戸泉だよ! 俺が知ってる限り、遥日さんが拒否出来ない相手はそいつしか居ない」


 王戸泉、名前だけは常に上がっているが余程とんでもない人物なのだろう。


「なんか嫌な予感すんだよな……、俺今日はアリス世界に入んないから。

 結紀、気をつけろよ」


 頭をかきながらそう言った力は、ゆっくり椅子に座り直して顔を上げた。


「当直ってのがあんだよ、そんな顔すんな」


 そう言われて自分の顔に触れる。


 一体どんな表情をしていたのだろうか。


「結紀は治療室行けよ? 元々このアリスはお前が担当なんだし」


 曖昧に返事を返してから、結紀は治療室へ向かうために歩き始めた。


 ♢


 治療室のドアをノックして中に入ると、そこにはガラス張りの壁で隔たれたベッドに寝かせられている瑠奈と、透と遥日がいた。


「今回は僕と結紀くんだけ入るから」


「え、大丈夫なんですか?」


「今日は様子見だからね。

 結紀くんは武装しない代わりに僕の近くにいて」


 結紀はまだ武装をしても扱いきれないと判断されているため、武装許可が降りない。


 その代わりに危ない状況になったら、直ぐに透の判断で呼び戻されることになっている。


「それと、これ」


 手の平に載せられたのは赤いピアスのようなものだ。


 これは、シミュレーションの時に遥日達がつけていたものに似ている。


「色の着いている部分を押すと通信が出来て、同じところを長押しでスピーカー。

 もう一度軽く触ると通信が切れる」


 透に手伝われながら通信機をつける。


「結樹さんが特別カスタムしたんだって」


「結樹が?」


「愛されてるね、結紀くん」


 微笑む遥日に何も言えないまま、結紀は制服のブレザーを脱いでソファに置く。


 ネクタイはつけたままだ。


 ジャケットを脱いで動きやすい体制を取っている遥日と同じようにした。


「今回は本物のアリスだ。

 結紀くん、前と同じように行くとは思わないように」


「はい」


「今日やるのは、アリス世界の地形、時間、姿を確認すること。

 それが終わり次第直ぐに撤退」


「はい!」


 遥日から出される指示を頭に入れて、透が動き出すのを待つ。


 力は透のことを悪く言うが、実際に透がいなければアリス世界には入れない。


 そのことを踏まえると、透がアリス世界を開けるタイミングを見計らった方がいい。


 もしも、安定しないのならば撤退することも視野にいれて。


「……行きます」


 透はそう言うとガラス戸に手を触れて、前にも聞いた言葉を吐き出した。


「急がなきゃ、アリス世界へ急がなきゃ」


 簡略化された呟きを聞いて、ガラス戸のあった場所に黒い穴が現れたのを確認する。


 遥日と顔を見合せて、結紀は穴の中へと足を踏み入れた。

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