第二章 不思議なお茶会と破滅の弾丸
不思議なお茶会と破滅の弾丸①
眠りネズミと五月うさぎを従えて、お茶会の代表として二人をまとめる。
そしてその能力に目覚めれば、その日から二人を従えることになる。どんな年齢であったとしても。
それが代々冒頭家に引き継がれてきたものだ。
力自身は能力に目覚めるのがかなり早かった。
小学生に上がってすぐの頃、帽子屋として目覚めた力は、アリスケース東支部へと連行されずっと育てられてきた。
その中で、本部勤務への憧れと自身の将来を夢見ている。
結紀とは小学生の頃からの友達で、透とは同じ仕事仲間として働いてきた。
ライバルのような当たり前のような友情を抱きながら友達のことは大切にしてきたつもりだ。
長い年月を共にしてきた不思議の国の力を結紀に抜かされそうな不安を抱えながら、力は今日も上に立つ者としての責任を果たしている。
だからこそ、この場所で起こった全てが力には許容出来なかった。
♢
「どうだゆきぃ、アリス科慣れた?」
「うーん、多少かな」
緋東結紀がアリス科に入ってから一週間程が経つ。
逃げたというアリスは見つからず、オペレーターが頑張ってくれているので、結紀達は待つしかない。
アリス科は普通科とは全く違う学び方をする。
まだ馴染めていないのも仕方がないだろう。
普通科では行わなかったアリスに対しての学びや、医学部門の授業。
それに普通科と同じカリキュラムも足されているので、アリス科の勉強量は桁が違った。
結紀の頭では到底ついていけないと愚痴をこぼすが、不思議の国に目覚めた以上は諦めるしかない。
「そういえばさあ、結局歓迎会出来なかったな」
「うーん、なんか茜さんが急に家族に呼び出されたって」
「まあ、あの人も大変なんだよ」
「だろうねえ」
明後日やると意気揚々と準備していた茜は、家族から電話が入り渋々家に戻って行った。
なんでも私が居なければ出来ないと思ってるのか、とか悪態を付きながら帰って行った。
その結果歓迎会は延期され、次の予定も未定だ。
「結紀。この後はアリスケースか?」
「うん、リッキーは?」
「俺もかなあ……でも待てよ、ちょっとぐらい寄り道できるかも。あれ行こうぜ、結紀」
「あー、あれ?」
あれとは力が見つけてきたケーキの食べ放題の店だ。
甘い物より肉派に見える力は意外にも甘い物が好きだ。
女子がよく言う甘いものは別腹を地で行くやつで、結紀はその巻き添えによく会う。
この間は透を犠牲にして逃げた。
その後のことは思い出したくない。
「そうと決まればさっさと行こうぜ!」
学生鞄を持ち上げた力は結紀の返事も待たずに教室から出て行った。
結紀もそれを追い掛けて外へと出る。
力の言うケーキ屋は平日だからかあまり混んでなく、すんなりと入ることが出来た。
店の中はファンシーな物で溢れている。
クマのぬいぐるみや、ハートのポップ、ピンクと白で満ち溢れている女の子が好きそうな店だ。
結紀は少しだけ気まずい雰囲気を感じたが、力は何も気にしないで店員からの案内を受けている。
こういう所で割り切れるのが力の凄い所だ。
ただ力もそういうのが好きなだけかもしれないが。
食べ放題はバイキング形式で、真ん中の所にたくさんのケーキが並んでいる。
ソファ席を確保した力に従ってその前に座る。
おぼんを持ってから力と一緒にケーキを取りに行った。
周りからは男の子だ、可愛いとか色々な声が聞こえる。
言葉を気にして縮こまっている結紀を無視して、力は欲しいものをどんどん乗せていた。
「お茶会ってさあ、そんな風な顔して来る所じゃないよね」
「……いやあ、ごめんね? 私昨日夜中までティキのライブ見ててさ。今度から気をつけるね」
近くに居た女子から聞こえてくる会話に力が少しだけ顔を向ける。
何の言葉に反応したのかは分からないが、力は気にしているようだった。
「ティキのライブじゃ仕方ないか。でも次からは気をつけてよね?」
「うん。気をつけるよ」
どの女子が話しているのかは分からないが、ティキという謎のグループのライブを見ていたらしい。
普通なら喧嘩になっているような会話だが、女子は持ちこたえたようだ。
「だめだね、こんなの。やり直さなくちゃ……」
ボソリと聞こえた言葉が一体どこからか、何なのかは分からないが、結紀は嫌な予感を感じた。
力も同じように感じているようで、声の聞こえた方を睨みつけている。
力は次第にソファ席へと戻る動きをし始めたので、結紀も近くにあったケーキを適当に取って席へと戻った。
「さあ、食べようぜ」
「……ねえ、リッキー」
「おっとその話は……いや、結紀も思ったか? 多分あれはアリスになる」
力は目の前のケーキをつつきながら小声でそう言った。
「アリスになるって、止めれないの?」
「不思議の国に出来ることはアリスの治療だけだ。止めようと思って止められるなら困ってないさ」
「……どうにかできないかな」
力はケーキを食べながらどうでもない事のように呟いた。
「下手につつくとそれこそ発病させちまう。自力で回復して貰えるならその方がいいさ」
アリスは結局は気持ちの力で作用される。
つまり、気持ちが落ち着けばアリスにはならないこともあるということだ。
力の言っていることはよく分かる。
下手に刺激して悩ませて、アリスにしてしまったら元もこうもないのだ。
アリスは予防しようと思って出来るものでは無い。結構はなるようになるしかないのだ。
「でも、出来る能力もあるんだよな」
「え?」
力はなんでもない事のように言ったあと、次のケーキへと手を伸ばした。
「トランプ兵って言ってさ、塗り替えちまう能力があんのさ」
「え、それっていい能力だね」
「でも、根本的な解決にはならない。
上塗りを繰り返すだけだから、結局はいつかもっと大きな者になってアリスを発症する。
それに……」
力は最後の一口を口に放り込んでから口を拭いた。そして、結紀をじっとみた。
「塗り替えられるってことは、発症させることもできるってことだ。怖い能力だよ、あれは」
「……あれ、東にはトランプ兵って居ないよね?」
東支部に居るメンバーのことを思い浮かべるが結紀が知っている限りトランプ兵の能力を持ったものは居ない。
「ああ。
あれは、王戸家にしか発現しない能力なんだよ。
だから、あんまり産まれない。
詳しいことは王戸の奴しか知らないだろうな。あっ、遥日さんはトランプ兵じゃないからな」
「そう言えば遥日さんって何の能力を持ってるの?」
力は備え付けのお茶を一口飲んでから、本気で言ってるのかと問い掛けてきた。
どういうことだろうか。
「……まさか隠してるのか? え、でも遥日さんだぞ?」
「聞いた事ない」
「お前の教育係だよな?」
教育係と能力を聞くのはまた別ではないかと思いながらも頷けば、力はため息をついて結紀を見た。
「よく聞けよ? 王戸家には王戸家にしか産まれない不思議の国がある。
一つはトランプ兵、もう一つは王様」
「王様?」
「正式にはハートの王様。女王の対になる存在だ」
ハートの女王と言えば茜の事だ。
だからあの二人は距離が近いのだろうか。
茜は誰とでも距離が近いが。
「遥日さんはハートの王様?」
「……まあ。つうか、遥日さんがどうしてお前の教育係になってると思う?」
「王戸家だから、じゃないの?」
そういう風に言っていたと結紀が言うと、力は手を止める。
「あの人の言ったことは半分正解で、半分嘘だ。
お前にそういう風に説明したってことは、あの人言う気がなかったんだろうな」
力は皿をテーブルの通路側へと寄せながら話しを続ける。
「遥日さんは、うちに来てから三年。
不思議の国に目覚めてからは七年だ。
お前を除いたここにいる誰よりも、経験が浅い。
でも、教育係になった」
「……つまり?」
「シミュレーションで俺が言ったこと覚えてるか?」
「大体は」
力が説明してくれていたことを思い出しながら伝えれば、力は満足したように笑った。
「現実世界で能力が使えるんだよ、あの人」
現実世界で能力が使える、つまりは異質。
そこで初めて結紀は思い当たった。
異質のアリスの力を持つものの教育係は異質の王様。
遥日が選ばれたのは同じ異質だからだ。
「あ、この話したのは秘密な? 遥日さんが語らなかったってことは隠したかったってことだろ?」
「怒られたくないんだ」
力は話しを逸らすようにさて次は何を食べようかとぼそぼそ言いながら去って行った。
暇になったとソファに寄りかかれば、後ろから女子の声が聞こえる。
この声は先程も聞いたような気がする。
「りんご好きだねー、瑠奈は」
「そうかな? 私甘いものはなんでも好き」
「いいねえ。でも体重増えちゃいそうじゃない?」
瑠奈。
また珍しい派手な名前だなと結紀は思う。
しかし、不思議の国に目覚めてから数日。
ずっとシミュレーションでアリス世界に潜っていると盗み聞きから情報収集をするのが癖になってしまっている。
「別に巻き戻せばいいし」
「現実は無理でしょ、無理無理。ティキなら行けるかもだけど〜」
「でもティキにできるなら私も」
「あれはPVの中だけでしょ」
一体ティキとは何者なのだろうか。
それよりも、話している内容から不穏な気配を感じる。
「私、間違ってるの?」
「何言ってんの? 瑠奈」
「間違えたなら巻き戻せばいいの。私間違ってる?」
「現実世界はそうもいかないでしょ〜瑠奈ってば、夢見がちー」
その言葉と同時にガシャンと大きな音が鳴り、悲鳴が聞こえた。
結紀も焦って振り返ると、そこには倒れる制服姿の少女と驚いた表情の巻き髪の女子がいた。
「え、瑠奈。なに……どうしたの……」
制服姿の少女ーー瑠奈に触ろうとした女子の手を力が掴む。
そして、真剣な表情で結紀の名前を呼んだ。
「東支部に連絡しろ」
「……わかった」
それがどう言う意味なのかすぐにわかった結紀はスマホを取りだして東支部の救護班に電話をかける。
周りの人が触らないように力が空間を作りながら瑠奈の様子を見ている。
「初期、いや……中かな。この人の名前はなに?」
「
「知ってるだろ、こういう症状。アリスシンドロームだ」
巻き髪の女はその言葉を聞いて動きを止める。
それと同時に聞こえてきた声に結紀は急いで用件を言って切った。
予防なんて決してできない、アリスの始まる瞬間を初めて見た。
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