緋東結紀と異質のアリス㉗
シミュレーションルームの隣にある操作室へとノックをしてから入ると、結樹はヘッドフォンを耳に当てて、壁一面に貼られた画面を見ていた。
オペレータールームよりは少ない画面だが、密集している分見ずらいように感じる。
どの角度からでも、シミュレーションを行っている不思議の国を管理できるようになっているらしいが、この数の画面を一人で見るのは大変だろう。
結樹はヘッドフォンを外して結紀のことを見る。
口だけで待ってろと言った結樹は、すぐにヘッドフォンをつけ直した。
入り口のすぐそばにあるソファへと腰を下ろして、結樹の仕事が終わるのをまっていると、突然予備のヘッドフォンを投げ付けられた。
文句を言いたいのを堪えてそれを受け取ると、つけろと合図を受けた。
それに従ってヘッドフォンをつけると、結樹が声を出す。
「あーー、聞こえるか? お前らのシミュレーション、結紀も見てっからしっかりやれよ」
結紀はシミュレーションを行っているだろう不思議の国を考察する。
卯宝と茜はさっき別れたばかりだし、結樹はここにいる。
今居ないのは力、透、息吹、遥日ぐらいだが、遥日はまだ出勤していない。
卯宝の口ぶりから息吹も居ないのだろうと当たりをつける。
ということは、今居るのは力と透ぐらいだが、あの二人はあまり仲が良くない。
ある程度の当たりをつけてから、次の言葉を待った。
「頑張るのは俺じゃないから」
「……役立たず」
「あ、手が滑った」
「おい! 道をとじてんじゃねえよ!」
ヘッドフォンから透と力の声がする。
どうやら、この二人が一緒にいるようだ。
そう言えば道を繋げるという意味でも透は居ないとどうしようもないのかと考える。
前に呼び出されたと言ってシミュレーションルームに向かっていたことを思い出し、思わず笑みが零れる。
「この、クソうさぎ」
「どこに送られたいって? ああ、ブラッディのところか?」
「やめろ!」
とにかく集中しろと結樹に怒られて、二人の声は静まる。
一体なんのアリス世界に潜っているのだろうか。
ここからではモニターがよく見えない。
画面が見えずに唸っていると、結樹に手招きされる。
近くにあったパイプ椅子を取って、結樹の傍に腰を下ろした。
画面には、薔薇園とアリスが映っている。
力はシルクハットを手に笑っていた。
力の声に気が付いたアリスが驚愕の表情を浮かべている。
「……さあ、楽しいお茶会の始まりだ」
突然低くなった力の声がヘッドフォンに響いて、息を飲む。
「イカレ帽子屋が開くイカれたパーティーへようこそ、アリス」
力の能力を直で見たことはあるが、外から見るのは初めてだ。
前回のシミュレーションが終わったあと、力の力の詳細だけは聞いたことがある。
帽子屋の能力はお茶会を開くこと。
そのお茶会はアリスに対してのみ効力を持ち、アリスの秘密を話させる。
そうして秘密を話したアリスは自分の言ったことを理解できなくなり、解けるように不思議の国を破壊する。
説得とは様々な手段があると聞いていたが、結紀のように面談のような説得をする不思議の国は居ないと聞いた。
帽子屋の力も厳密に言えば色々とあるらしい。
しかし主にそういう力だと言われたので、そういうことにしておく。
「さあ、アリス。
このケーキを食べてご覧。嫌なことは全て忘れられるよ」
こうしてアリスがそれに従えば、力の勝ちだ。
アリスはお茶会に飲まれた時点で抵抗力を失う。
そうしてモニターに映されていた世界は解けるように消えていくのが見えた。
どうやら、終わったらしい。
「帽子屋の力って凄く強いよね」
「俺はまだまだだよ。
俺よりも強いやつもっといっぱい居る」
力のことを褒めたつもりだったが、力はそう言って否定した。
何でも有難く頂く力にしては珍しいと思った。
「……結樹さん、もう一回」
「残念だがもう俺は終業の時間だ。やりたければ明日にしろ」
「ちえーっ、また明日お願いしますね!」
結樹がヘッドフォンを外したのを見て、結紀もヘッドフォンを外す。
今回の結果を残しているのか、結樹はモニターに付属されているキーボードを出して何かを打っている。
「帽子屋の力は恐ろしいものだな」
「そう?」
アリスに対しては凄く有用な力だと思うけどと呟けば、結樹は微妙な顔をした。
「おまえ、まだお茶会を見たことがないから言えるんだよ」
「いつもやってるじゃん、お茶会」
ため息をついた結樹に少しだけむっとくる。
「いつかお前も見るだろうな。俺は絶対に受けたくないけど」
「そうまで言わせるってことはすごいんだろうな」
疑うようにそう言うと結樹は緩く手を振った。
「結紀、先帰ってもいいぞ」
「かかんの?」
「いや……レポートが残ってる」
レポート。
結樹は機械には強いが文書を書くのは弱い。
これから何時間掛かることだかと思いながら、茜から言われたことを伝える。
すると、結樹は頭をかいてから早く帰れってかと呟いた。
「明日にするわ……結紀、帰るか」
「いいの?」
「まあそういう日もあってもいいさ。たまにはあの兄弟も見習ってみるわ」
「あの兄弟?」
思い当たる兄弟持ちが居なくて首を傾げる。
そんな結紀に結樹は立ち上がりながら言った。
「西支部所属のくせに、わざわざ東までお迎えに来るようなやつ。
いつか結紀もそいつと会うよ」
「ふーん。でも、結樹には無理じゃない?」
「そんなこと……なくもないか」
そこで納得するから結樹なんだよなと心で留める。
でもそこまで甘やかすような兄であっては欲しくないと思う。
そもそも、あまり話していないから距離の測り方を見失っているのに、そんなことまでされたら恥ずかしさで失踪してしまうかもしれない。
「結紀、お前うちの事どこまで聞いた?」
結樹は鞄を持ち上げて問いかける。
結紀が知っているのは、チェシャ猫の家系ということだけだ。
あと、力によると変わっている家らしい。
そのまま伝えると、結樹はそうかと呟いて結紀の傍に来た。
「帰るぞ」
「おれの支度終わってないけど?」
そういうと結紀はゆっくり立ち上がった。
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