緋東結紀と異質のアリス㉖
無事とは言い難いが転入試験を終えた。
面接に至っては何を言ったか覚えていないし、試験もできているのか出来ていないかすらよく分からない。
全てが終わったとため息をついていると、気分転換に私を手伝えと言われて結紀ら大人しくそれに従った。
「歓迎会はいつやろうか」
茜の手伝いで、資材庫の資料整理をしていると突然そう言われて、結紀は手を止めた。
「……何時でも?」
「そうか。
なら、予定を空けさせるべきは遥日の方だな」
「あー、忙しいですもんね」
遥日は大学院に通いながら、東支部の総責任者として働いている。
各支部には王戸家の人間が付いていて、その人達が管理しているらしい。
学生であろうがなかろうがお構い無しで、王戸家と言うだけでその立ち位置になるらしい。
大変だなと思いながら、自分も最近環境が変わったことを考えると人の心配ばかりもしていられない。
アリスケースに入って覚えることは山のようにある。
再び資料整理に戻ろうとした時、ドアが激しく開けられた。
「転科届け承認されたってよ!」
「おお、卯宝。
結紀のアリス科への転入がやっと許されたのか。ご苦労」
「頑張ったのは俺じゃなくて息吹っす! そっちをほめてやって!」
息吹とは初めて会った時に一言も交わさなかった方だ。
九鼠息吹、遥日と卯宝の幼なじみらしい。能力の性質上常に寝ているような状態だ。
結紀は知らなかったが、結紀の通う高校の国語教師らしい。
アリス科の担当らしく、滅多に出て来ない。
アリスケース東支部の子ども達を教育するのが息吹のもう一つの仕事だと聞いた。
「後で息吹から詳しい説明は受けて貰って、それよりあの人が結紀のこと見に来るって遥日が言ってたッス」
「ああ、和樹か。私も聞いている。彼は暇人だからな」
「それに、ブラッディアリスのことをそろそろ結紀に教えるらしいっす」
「ブラッディか。東は最近出てないんだがな」
きっと自分のことを話しているのだろうが、よく分からないので耳を傾けながらも作業を続ける。
「ああ、そうだ。今度、いや……明後日結紀の歓迎会をやるぞ」
「おー〜」
乗り気な卯宝と茜はどんどん話を進めている。
ちょっと待ってよ、明後日はいくら何でも急過ぎない。
そういう人はこの場には誰もいなく、結紀はその言葉を飲み込んだ。
思ったことをすぐに言えないのは自分の悪い所だなと自嘲しながら、歓迎会が楽しみだった。
同時に挨拶のことを考えると嫌な気持ちになる。
クラス会などはハブられて、家族では過ごす機会がほとんどなかった。
だから、初めてのイベント事が楽しみである。
今となっては家族がそんなに休みの取れる仕事をしていないことが分かっているので、仕方ないとは思うのだが、子どもの頃の結紀はそれを受け止められなかった。
それに、今更その感情の何を話すべきかも分からない。
誰かに知ってもらいたいわけでもなければ、同情されたい訳でもない。
ただ少し結樹にだけは分かって欲しいと感じてはいるが。
「結紀は何が好き?」
「え、何がですか?」
「聞いてなかったのか? 色々料理を用意するが、結紀の好きな物は何かと思って」
「食べられる物ならなんでも……あ、どうせならオードブル的なのとか」
採用と茜は言って、卯宝に予約するようにと命じている。
しかし、大事なことを忘れているではないか。
「遥日さんの予定は?」
「仕事だが、急な患者が入らなければ大丈夫だろう。それはみんなに言えるな」
「ええ……」
どうやら仕事が長引いたとしても強制的にやるみたいで、仮眠室が空いているかなどと話している。
仮眠室は夜勤の担当がよく使うらしいが、夜勤でもない人が使ってもいいのだろうか。
「仮眠室は、好きに使っていいぞ?」
結紀の感情を読んだらしい茜がそう言って卯宝との話に戻る。
つまり帰れなくなったらここに泊まれということなのだろうか。
そういうところは常識を外れているなと思う。
「まあ、心配するな。そんなことにはそうそうならないさ」
茜は結紀のまとめた資料を受け取ると、パイプ椅子から立ち上がった。
「そうだ、今日はもういいぞ。結樹もそろそろ上がるから一緒に帰るといい」
「……どこにいるんですか?」
「結樹は、モニタールームか、シミュレーションルームだな」
「分かりました。お先に失礼します」
一緒に帰る義理はないが、どうせ同じ家に帰るのだから同じことだろう。
結紀は頭を下げてからシミュレーションルームの方へと向かう。
モニタールームに居るという考えはハナから当てにしてない。
結樹は機械が好きで様々なところにいるが、基本的にはシミュレーションルームの操作担当だ。
毎日のように稼働しているシミュレーションルームに、人がいないとは思えない。
それに結樹は暇あればシミュレーションルームをより良いものにするためにいじっている。
この間入った時は気が付かなかったが、シミュレーションルームの隣に操作室がある。
結樹は機会関係に強く、遥日の使っていたピアス型の通信機も結樹が作ったらしい。
一緒に暮らしていた期間が短いからか、結紀は結樹のことをよく知らない。
それは、結樹の方も同じだろう。
結紀は考えながら真っ直ぐ操作室へ向かった。
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