緋東結紀と異質のアリス㉔

「ここに所属してから数日は経ったわけだが、仲のいい人は出来たか?」


 仲のいいと問われても、結紀は人付き合いが得意なわけではない。


 元々仲のいい力や透以外にと問われると困る。


 当たり障りのないように言葉を選んで答える。


「えーと、みんないい人です」


「だろうな。そういえば東支部の役割について説明していないな」

 

 アリスケース東支部へと患者を運んだり、指示を出したりする部署ーー通称オペレータールームへと向かいながら、茜の話しを聞く。


 オペレーターはみんなそこにいる。

 

「東西南北、中央と支部が分かれているのは知っているな?」


「はい。それは知ってます」

 

 東西南北、中央と分かれているのは都市が広いからだとテキストに書いてあった。


 試験へ向けてテキストの言葉を思い出しながら、頷く。

 

「東は、ある程度のアリスには対応出来る施設を持っている。

 ただ、ブラッディアリスだけは、極力避けたい所だな」


「ブラッディアリス?」

 

 この名前はよく出てくるが詳しく聞いたことは無かったと思う。


 テキストにも詳しいことは書かれていなかった。

 

「ブラッディアリスはその名前の通り、血のアリスだ。

 通常のアリスは自分の世界を守るために異物を攻撃するのだが、ブラッディは違う」

 

 普通のアリスも自分の世界を守るために過激な行動を起こすものがいると書いてあった。

 

「ブラッディは、殺すためにアリス世界を作るんだ」


「え、殺人ですか?」


「アリスはほとんどの場合は、痛みや苦しみから逃げるためにアリス世界を作るだろう?」

 

 現実世界で嫌なことがあった時に逃げる場所がアリス世界である。


 結紀も現実から逃げるためにアリス世界へと逃げ込んだ。

 

「ブラッディは、特定の物を手に入れるためにアリス世界を作る。

 認知した存在を消すのではなく、ブラッディの手で殺す」


「殺されるとどうなるんですか?」


「普通だと姿形も消えるだろう?  殺されると、死体として現実世界へ返される」

 

 ブラッディの手で殺された者は、アリスよりもはっきりと死を見させられる。


 それは殺人鬼と変わらないのではないだろうか。


 病気と呼んでもいいものなのだろうか。

 

「アリス世界で消されたものは、いずれ生まれ変わるとか、本当は生きているのでは無いかと様々な考察がされているな。

 しかし、ブラッディはその可能性全てを消してあからさまな死を見せつけてくる」

 

 結紀自身も両親を巻き込んで殺しているが、心のどこかでは生きていることを信じている。


 死んだという間違いない確証がなく、姿形が消えただけなので、もしかしてを考えずには居られない。


 アリスが皆、笑って生きていられるのは生きていると信じて疑っていないからだろう。


 結紀もいつかは両親を見つけ出そうと思っている。


 それがどんな形の結末を迎えるとしても。

 

「ブラッディに巻き込まれた不思議の国もたくさん死んでるよ。形として残って、な」

 

 ブラッディはアリスの可能性を全て消す。


 間違いなく逃れられない死と、現実を突きつけてくる。

 

「そしてブラッディは、治療することができない」


「え!  じゃあどうするんですか?」


「アリスの花園で、アリスの核と会っただろう?」

 

 薔薇の咲き乱れる空間で、アリス世界を作り出した本物の真由と出会った時のことを思い出す。


 確か、弱いアリスならば自分から出てきてくれると言っていたはずだ。

 

「核を壊すんだよ」

 

 壊すとはどうやって。


 説得してアリス世界を消してもらう以外に方法があるのだろうか。


 そもそも、壊したらどうなってしまうのか。

 

「ああ、結紀はまだ壊すの現場を見たことがなかったな。

 アリスを壊すとは、もう二度とアリス世界を作れないようにすることだ」


「それっていいことなんじゃないんですか?」

 

 茜は首を振って結紀のことをじっと見た。


 何を言いたいのか分からずに首を傾げると、茜は結紀から目をそらす。

 

「二度と作れないということは、二度と逃げられないということ。

 つまり、自殺者が沢山産まれるわけだ」


「自殺者……」


「アリス世界まで発展しなくても、人は誰しも現実逃避をするだろう?  それすらも出来なくなるんだ 」

 

 逃げ道を失った人間は自殺で現実から逃げようとする。


 現実逃避が出来なくなるとはどんな感覚なのか結紀には理解出来ないが、想像するだけで最悪しか浮かばない。

 

「でも、ブラッディは壊すしかないんですよね」


「ああ、そうだ。

 しかし、ブラッディは不思議なことに一度ブラッディの核を破壊すると二度とブラッディにならないだけで、通常のアリスには罹患する」

 

 ブラッディと通常のアリスの違いが一体どんなものなのか、想像することは出来ても詳しくは分からない。


 しかし、なるべくブラッディにだけは遭遇したくないという気持ちはうまれた。

 

「……あの、ブラッディに会ったら不思議の国も命を賭けろってことなんですか?」


「そうだな。でも、東にはそう多くはブラッディは来ない。

 ブラッディ対策専門家と呼ばれる西支部の連中がいるからな」

 

 西支部はブラッディ対策専門家と頭に刻みつけながら、ブラッディが生まれないように祈る。

 

「そのうちブラッディについて和樹が教えに来るさ。それより、東支部の話だな」


「はい」

 

 和樹という名前をよく聞くが、東支部と密接な繋がりがあるのだろうかと疑問に思う。

 

「東は他の支部と違い、説得交渉でアリスを治療することに長けている。

 中央から来たばかりの頃はあいつらも困っていたな」


「他の支部はどうなんですか?」


「他の所は、能力で強制することばかりだ。破壊も当たり前に行うしな」

 

 自殺者を増やしてでも構わないからアリスを治療するということなのだろうか。


 結紀には他の支部は肌に合わなそうだと感じた。

 

「武装許可なんて下りないことの方が珍しいぐらいだ。

 東は、武装許可はそうそう下ろさんがな」


「はあ……」


「ただ、その分治療に掛る時間が他の支部に比べて桁違いだ」

 

 他の支部の普通は知らないが、シミュレーションであの時間だ。


 本当のアリスなら眠る暇すら無いかもしれない。

 

「平均的に、アリス治療に掛る時間は一日ぐらいだ。東では、二日以上は覚悟したまえ」


「それでも一日はかかるんですね」


「まあ、命懸けだからな」

 

 アリスに見つからないようにアリスを治療するとなると、かなり慎重に行くべきだろう。


 治療に一日かかるとして、世界のアリスは一日に二人ずつは確実に増えている。


 不思議の国の数が足りないというのも、不思議の国が発見されたら直ぐに捕まえておくのもそこにあるのだろう。


 もしも、治療が行われずにいたのなら世界は崩壊する。

 

「そういえば武装許可で言えば、勝手に武装しているやつもいるから見習うなよ?  それが例え教育係であったとしても」

 

 つまり、遥日が持ち歩いているのは知っているから見習うなということだろうか。


 そんなことは言われなくても、武器を持ったこともない結紀はそもそも武装する気が起きない。


 アリスを破壊する可能性があるものをわざわざ持ちたいとも思わない。

 

「結紀はまず武装するものの練習からだな」


「それってやらなきゃダメなんですか?」


「ブラッディが来た時に対応できるようにな」

 

 そういえば結樹も幼い頃カラテなどの体術を学んでいた気がする。


 結紀は興味がなかったのであまり詳しく覚えていないが。

 

「休みの日は組手などをやっているものもいるな。

 卯宝や、息吹は体術をよく使うから学ぶといい。

 卯宝ならいつでも空いているだろう」


「体術……」


「武器の扱いならば、遥日や結樹だが……やはりそこは王戸家、全ての武器を使いこなすのは遥日ぐらいだろう」

 

 それぞれに合わせた師範を見つけたまえと背中を叩かれる。


 それぞれと言われても全ての能力をつけろというのは無理だろう。


 結紀は元々運動神経がいいほうでは無い。


 だからといって頭がいい訳でもないが。

 

「知能を使って戦いたいなら結樹に聞くといい。

 プログラム関係といい、地形の把握や情報整理はやつが一番だ。

 結紀の能力もそれに準ずるところがあるからな、まずは結樹を頼れ」

 

 結樹を頼れと言われても結紀との関係はまだ曖昧だ。


 ただの兄弟だと楽だったのだろうが、一緒に過ごしている時間が短いため、知り合い程度の感覚しかない。


 そんな相手に特訓をつけてくださいとお願いするのはかなりの度胸がいる。

 

「結紀、結樹はあれでも兄だろう。大丈夫だ、もうあの頃とは違うんだ」


「そういえば、結樹って中央にいたんですよね?  どうして東に?」


「ああ、結樹は自ら志願して東に来たんだ。それから少しして、遥日が来た。

 東が安定してきたのはその頃からだな」


「安定してきたってどういうことですか?」

 

 茜は懐かしそうに頬を緩めたあと、話を続ける。

 

「全ての支部には王戸家を置くこと。アリスケースにはそう言うルールが存在する」


「全ての支部に……」


「そうだ。だが、東には王戸家がなかなか派遣されなかった。

 元々潰す予定だったからな」


「潰す!?」

 

 世界にはたくさんのアリスが居るのに、そのうち一箇所を潰すなんてと呟くと、茜は声を上げて笑った。

 

「まあ、昔の話だがな」

 

 長い廊下を歩き、渡り廊下に繋がるドアを開ける。


 アリス治療の専門器具などは、別館にある。


 東支部は三つの建物に分かれていて、一つは治療後の患者の入院や検診などを行なう医療専門の部門。


 二つ目は、会議やシミュレーションなど、不思議の国を鍛えることに特化した部門。


 最後の一つは、発症者を受け入れ、治療する部門だ。


 今から向かう場所は、三つ目のアリス棟にある。

 

「アリスケースって結構広いですよね」


「まあ、支援者が王戸だからな」

 

 茜は看護師の姿をした人や、プラカードを首に提げたスタッフにあいさつをしながら歩いている。


 アリスケースでは、不思議の国以外にこうした一般スタッフが働いている。

 

「支部長!  今からどこへ向かうんですか?」


「オペレーター室だ」


「さっき丁度新しいアリスの情報が入ったみたいで、忙しそうでしたよ」


「ああ、ありがとう」

 

 茜は東支部の全員と仲がいいようで、周りの人達も気安く話しかけている。


 見た目の雰囲気と相まって、違和感が強い。


 いい人なことは間違いないが、この威圧感、何とかならないのだろうか。

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