緋東結紀と異質のアリス㉓
「やあ。どうだい調子は」
「茜さん」
高いヒールの靴を履いた茜が中へと入ってきて、結紀の前の椅子へ腰を下ろした。
とても威圧的に感じて思わず警戒をしてしまうが、本当はそんなことは無いのだと今はもう知っている。
それでも茜の発する威圧感は慣れそうにない。
それは結紀だけではないようで卯宝も少しだけ身体を引いていた。
茜は卯宝が勉強見ていることを察すると驚いたような顔をして、何かを考え込む。
やがて考えがまとまったのだろうか、茜の口から出てきた言葉は予想もしないものだった。
「歓迎会をやろうと思うんだが。結紀、何時空いてる?」
「歓迎会?」
結紀の前に置かれているテキストを見ながら茜はそう言った。
歓迎会とは新人歓迎会とか、転勤歓迎会とかそういったものだろうか。
結紀は思わず無理と言いそうになるのを抑える。
「お披露目という意味も込めて、新人には歓迎会に参加してもらう決まりがある」
「挨拶もするんですか?」
「ああ、もちろん」
当たり前だろうと言われて結紀は固まる。
人前に立つのは苦手だ。
特にそういった場面では雰囲気を壊しかねない。
「それって誰が来るんですか?」
「オペレーターとか様々だな。ここに所属するものはほとんど来る」
ほとんどということは全員では無いのかとほっとする。
東支部に所属する人数だけを数えると数百はいるだろう。
そんな人数の前では尚更挨拶なんて出来ない。
それでもほとんどということはたくさん来るのだろう。
「不思議の国は全員来るがな」
不思議の国自体はそこまで多くは無い。
もしかしたら結紀の想定するよりも人数は少ないのかもしれない。
「歓迎会と言えば他所から現れるあいつも来るっスよね」
「和樹か。あいつは遥日あるところに俺ありだからな」
和樹とはあのホスト見たいと言われる人だろうか。
結紀はその存在が気になって仕方がない。
和樹とは是非会いたいと思うが、挨拶はあまりやりたくは無い。
「ところで勉強の調子はどうだい?」
「……まあ」
そこそこだと言おうとして、手元の資料に目を落とす。
全く何も進んでいないのに、まあまあと言っていいのだろうか。
正直に言った方が助けてくれるのではないだろうか。
結紀が迷っているのを感じ取ったのか、茜は安心しろと言った。
「落ちても落ちなくても、何度も受けてもらうから安心したまえ」
その一言のどの辺りに安心する要素があるのでしょうか。
逆に言えば、落ちれば落ちるほど面目丸潰れだ。
口の軽い結樹から、異質のアリスが転入試験落ちたと言いふらされてしまう。
結樹は身内とか、自分の恥とかは全く気にしないタイプの人間だ。
味覚もおかしければ感性もおかしい。
気合を入れて試験に挑まないとと思い、覚悟を決める。
「そうだ、結紀。オペレーター達に挨拶はしたか?」
「挨拶周りはこれの後と透が言ってました」
オペレーターと呼ばれているのは、不思議の国を手助けする一般人達のことだ。
アリスケースには不思議の国以外にも、医療関係者が働いている。
そして不思議の国自身も医療に関わる何らかの資格をもっているらしい。
詳しいことはあまり知らないが、アリス科では医療の基礎も学ぶと聞いた。
「透か。いや、今行こう。気分転換にもなるしな」
茜はそう言うと結紀の腕を引っ張って外へと出ていった。
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