アリスケース東支部

緋東結紀と異質のアリス㉒

 そうしてアリスケースへと入ることになった結紀だが、所属と同時に学科転入という問題に直面していた。

 

「なんで、どうして……」

 

 不思議の国の人間はみんなアリス科へと入ることが義務付けられている。


 というのは茜から言われたのだが、学科転入に伴ってその試験が必要だとは知らなかった。


 この間のシミュレーションで不思議の国としての能力は見せることが出来たが、もう一つの課題であるペーパーテストで結紀は躓いていた。


 アリスの事など何も知らない結紀にとって、学ぶべきことが多すぎるのもあるが、結紀自身頭のいい方では無いということが影響を及ぼしている。

 

「何も分からない」

 

 机の上を転がるようにゴロゴロと上半身を動かしていたら、眠そうな目をした青年が結紀のことを睨みつけていた。

 

「えーと……」


「九鼠息吹。

 君の転入が決まらないとオレも仕事休めないんだよね」

 

 結紀の前に座った眠そうな青年ーー九鼠息吹は、指でコツコツと机を鳴らしている。


 九鼠息吹という名前には聞き覚えがある。


 確か力が言っていたアリス科の担任だったか。

 

「オレは教師だから直接教育にはつけないんだけど、代わりに優秀な先生を用意した」

 

 息吹は面倒くさそうにそう言い放ったあと、あとは任せるからと言って会議室から出て行った。


 息吹と入れ替わりで中へ入ってきたのは透だ。


 まさか、優秀な先生と言うのは透のことだろうか。

 

「結紀が転入すると俺も嬉しい。だから、頑張ろうな」

 

 数冊のテキストを机に置いて笑顔を浮かべる透に恐怖を感じながら頷いた。

 

「このテキスト終わったら、施設を案内するから……頑張って」

 

 そう言って結紀の前にテキストを置くと、透は文庫カバーに包まれたなにかの本を読み始めた。


 どうやら、教えてくれる気はないらしい。


 なんのために透はここに来たのだろうか。


 透に渡されたテキストが一体何か手に取って見てみると、そこには良い子になれるアリス入門と書かれていた。


 裏面を見てみると、対象年齢4歳からと書かれていて透にバカにされていることだけはよく分かった。

 

「腹立つ……」


「アリスに触れるのは初めてなんだからそれが正解だろ」


「今はじめて透がクソうさぎと呼ばれているのかよく分かった」

 

 純粋な顔をしてこんなことばかりやるのだろうから、力と仲が悪くても仕方がないだろう。


 今結紀でも距離を置きたくなった。

 

「そういえば、リッキーとはいつからの知り合いなの?」


「やつとは、小学生の頃から。

 俺たちは不思議の国に目覚めるのが早かったからな」


「にしては、仲悪いよね」


「知らねー、なんか突っかかってくるようになったんだよ。

 俺の兄貴が中央勤めだと知ってから」

 

 心底どうでもいい事のようにそう語った透は、どこか遠くを見ていた。

 

「あいつ、中央に憧れてんだよ。ここにいるやつのほとんどは中央出身が多いからな」


「なんで中央から東に?」


「それぞれ事情があるんだろうよ。中央は出世コースって呼ばれるけど、実際のところあそこは地獄だぜ」

 

 中央について語る透は懐かしんでいるような気配も感じた。


 しかし、透の口から語られるのは嫌な思いばかりだ。

 

「あ、テストでは中央は出世コースで憧れてますとか書いとけよ。

 テストの採点は王戸が深く関わってくるから、本家と呼ばれる連中に見られてもいいようにしろよ」


「本家?」


「厳密には知らないんだけど、中央の王戸家を本家と呼ぶんだよ」


「中央の王戸家ということは、なんかいっぱいいるの?」

 

 遥日はわらわらいると言っていたが、実際のところはどうなのだろうか。

 

「わらわらいるぞ。

 王戸家は全支部に一人と中央にわらわら設置されてる。

 あそこの家はほんとにたくさんいるからな」


「へー」


「あ、テストでは全支部に一人ずつ設定されてますって書けよ。

 わらわらいますって書いたらダメだかんな」

 

 いくらなんでもテストでわらわらいますって書くやつは居ないだろう。


 そんなことを書けるのは余程の度胸があるやつか、世間知らずだ。

 

「ぶえっくしょん!」


「あ、卯宝……」

 

 会議室のドアを開けた体制で止まっている卯宝を見ながら、先程考えていた事を思い出して聞いてみた。

 

「王戸家ってわらわらいるんですか?」


「わらわらって書いたら殺されるからやめとけ」

 

 どうやらわらわらいるという認識は全員共通らしい。

 

 はっきりそう言った卯宝に違和感を持ち聞いてみる。


「もしかして、わらわらって書いたんすか?」


「昔のことだから忘れろ」

 

 どうやら書いてしまったらしく、卯宝は思い出したくないとばかりに顔を逸らしている。

 

「そういえばなんか用ですか?」


「ああそうそう。

 茜さんから過去問貰ってきた。

 門外不出で頼むぞ」


「ありがとうございます。

 ほら、結紀お情けだぞ」

 

 そう言って受け渡された資料は沢山あった。


 上の方にマル秘と書かれているので本当は渡しては行けないものなのではないかと思うが、今はありがたい。

 

「あと、転入面接の練習もちゃんとしろよ」


「……面接?」


「あれ、聞いてない?」

 

 初めて聞いたと顔を見合わすと、透はしっていたようで驚いた顔をしていた。

 

「誰が試験のこと教えたんだっけ?」


「遥日さんです」


「あーー、じゃあ仕方ねえわ。

 王戸家に面接って概念ないから。

 あいつら顔パス」

 

 王戸の人間も試験は受けるけど地頭が異常にいいし、生まれた時から教育されてるから分からないこともないと前に言われたことがあった

 。


 どうやら結紀には理解出来ないところに王戸家はあるようだ。

 

「特殊すぎて王戸はよくわかんねー」


「卯宝さんって、遥日さんの幼なじみですよね?  王戸に行ったこととかあるんですか?」


「あるある。あいつの姉と兄とも会ったことある」


「兄弟そんないたんですか?」

 

 卯宝は少し考えたあと、王戸家だからと呟いた。

 

「俺の兄貴、カウンセラーやってんだけどさ。つかここの医務室所属。あいつ医務室行かなかっただろ?」

 

 シミュレーションの後に遥日が医務室を拒否していたのを思いだす。


 もしかして知り合いがいたから行きたくなかったのか。

 

「兄貴は遥日の姉と友達だったんだよ。

 だから尚更あいつ医務室に行かねえ。

 まあ、兄貴も小言多いかんなあ。

 結紀も後で会ってこいよ」


「会ってこいと言われても、終わらないとどうしようもないっす」


「気合い入れていけ」

 

 謎の励ましをされながらテキストへ向かい合う。


 もう終わっただろうと、透の目線が痛い。


 しかし全く終わっていない。

 

「じゃあここに呼び出す?」


「いや、それは迷惑でしょ……」


「大丈夫だろ、暇だし」


「暇って、医務室に人いないのはまずいでしょ」

 

 学校の保健室に人がいないのはよくあるが、医務室と呼ばれる場所に人がいないのはまずいだろう。

 

「兄貴。そもそも医務室にあんまいないぞ?  用事ある時に呼び出すし、カウンセリングも予約してないとやらないし」


「意外と仕事しないタイプ?」


「意外とって言うか、全くしない」


「それでいいの?」

 

 社会人それでいいのかと思いながら会話を聞いていると、突然透が立ち上がった。

 

「……呼び出された」


「誰に?」


「お前の幼なじみ。多分シミュレーションしたいだけ」


「リッキーに?  そういう時は一緒にやるんだね」

 

 仲が悪いのにシミュレーションは一緒にやるんだと呟いていると透は、嫌そうな顔をしていた。


 向こうが嫌っているとか言いながらも透の方も嫌っているのではないかという態度を取る。


 実際のところどう思ってるんだろうか。

 

「まあ、俺白うさぎだから」


「うん、ん?」


「ドア開けてやんないと」

 

 透はそう言ったあと、スマホをポケットにしまった。

 

「卯宝さん、結紀の頭頼んでもいいですか?」


「頭頼まれた」


「じゃあな、結紀」

 

 人の頭を他人に任せる相談をしないでくれと言いたくなった気持ちを抑えて頭を下げる。


 実際できないと困るのは自分である。


 

「あー、俺も頭悪いからな」


「……え?」


「うちで一番頭いいの遥日だから」


「まあそれはそうなんでしょう」

 

 勉強は見れないと言われているようで、どうしようか悩んでいるとまた会議室のドアが開いた。

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