緋東結紀と異質のアリス㉑


 目を開けると、何も無い白い空間に居た。


 どうやら現実に戻ってきたようだ。


 辺りを見回すが透が作り出していた黒い穴がない。

 

「治療完了。初めてにしては上出来」

 

 ぶっきらぼうにそう言う透は、役目は終えたとばかりにその場を離れていく。

 

「本物のアリスだともっと掛かるけどな」


「まあまあ。でも、おかえり結紀くん」

 

 ただいまと返すと遥日は笑った。


 この光景をつい最近見た気がすると結紀は思う。


 デジャブみたいな気持ちになる。

 

「そして、アリスケース東支部へようこそ結紀。新たな不思議の国を歓迎しよう」

 

 声のした方へと目を向けると、そこには茜がいた。


 いつから見ていたのかは分からないが、これで戻れなくなったことを結紀は悟った。

 

 茜が部屋から出て行ってそれに合わせて他のメンバーも出ていく。


 医務室に向かわずにここに残っている遥日が気になって、結紀もその場に残っていた。

 

「医務室ってどこですか?」

 

 問いかけると遥日は曖昧に笑って目を逸らした。


 あ、これは行く気がないなとすぐに分かる。


 結紀相手ならバレないとでも思っているのならばそれは思いっきり勘違いだ。

 

「分かりました、行く気がないならここでいいです。おれが手当します」


「なんか急に強気になったね、結紀くん」


「あれだけの経験したら、そうなりますよ」

 

 巡回するアリス、メモ帳、薔薇園……他にも様々な経験をして強くならないわけが無い。


 救急箱を探しながら、遥日にソファに座っえもらう。


 意外にもすんなりと言うことを聞いてくれた。


 探しながら思う。


 アリス世界と呼ばれる異常な空間に居た時間は思ったよりも長かった。


 まだ日が高い時間に入ったはずなのに、今外は真っ暗だ。


 小さい子どもなら保護者同伴でなければダメな時間だろう。


 まあ結紀には保護者と呼べる相手が同じ所で働いているのだが。

 

「ここで過ごすと決めた以上は、遥日さんのことももっと知りたいです」


「僕のことは聞いても意味ないよ」

 

 突き放すような言葉を受けながら、遥日の足へと手を伸ばす。


 大人しくソファへ腰を下ろした遥日に対して無遠慮に触れると、一瞬痛みを感じ取ったのか、足が震えた。

 

 すぐに誤魔化すように笑顔を浮かべるので、更に力を込める。


 少しばかりの嫌がらせだ。


「結紀くん、結構力あるね」


「まあ力入れましたから」

 

 わざとですと言いながら遥日の足を観察する。


 落ちた時に捻ったのか、挫いたのかは分からないが悪化を遂げていることだけはよく分かる。


 多分、遥日自身は大したことないと思っているのかもしれないが、周りから見れば結構な怪我だ。


 お茶会広場に行ったあとから遥日の顔色は格段に良くなっていたが、この怪我を見るとあれも痩せ我慢だったのではないかとすら思えてしまう。

 

 しかし、お茶会広場で飲んでいた紅茶はなんだったのだろうか。



「そういえばお茶会広場で飲んでた紅茶ってほんとに害はないんですか?」


「ああ、あれ?  あれは疲労回復効果があるんだよ。

 お茶会広場自体発動条件が厳しいから、中々使う機会もないんだけど」


 それならば無駄に警戒せずに飲んでおけば良かったと公開する。


 力もそれぐらい教えてくれてもいいのに。

 

 遥日からソファの下に隠されていた救急箱を受け取って遥日の足に湿布を貼る。


 その上から包帯を巻き付けていく。

 

「おれじゃこれが限界です。やっぱり専門の人に見てもらった方がいいですよ」


「大丈夫だと思うよ?」


「遥日さんが大丈夫でも、おれは目に見える形にならないと安心できません。

 元はと言えばおれがやるべきだったのに」


「それだけはありえないよ」

 

 はっきりとした口調でそう言われて結紀も言葉を繋げられなくなる。


 確かに年長者で教育係だからという考えは分かるが、あの場では結紀がリーダーだった。


 本当なら結紀がやるべきだろう。


 そもそも、このシミュレーション自体が結紀のために用意されたものだ。


 真由という結紀の知る人物のアリス世界をシミュレーションに選んだのは、茜だと聞く。


 結紀がやりやすいようにと考えてくれたのだろう。


 そして、遥日の自己犠牲的な考えは痛いほどよく分かったが、それを受け入れるかは別の話だ。

 

「遥日さんは、おれの教育係なんですよね?」


「うん。そうだよ」


「なら、おれが同じことをしたらどう思うんですか?」


「それはダメだよ」

 

 そう言った遥日に対して視線を合わせると結紀はゆるりと微笑んだ。


 そう思うのならやらないでもらえるかなと言葉には出さずに伝える。


 遥日は困ったように顔を背けていた。

 

「遥日さん、質問の答えです」


「質問?」


「あの時聞きましたよね、ここで働きたいのか」


「……うん。聞いたね」


 シミュレーションを通して真由と関わり思ったことはただ一つだ。


 昔自分も助けて貰って、両親を失った。


 自分と同じような思いをするものを自分の手の届く範囲はなるべく減らしたい。


 それにああして自分でアリス世界を受け入れているものもいる。


 それでもアリス世界から帰りたくないと望む者がいるのならば、結紀が持っている力はそう言った人のためにあるのではないかと思う。


 アリスと直接会話ができる結紀にしか出来ないことは、たくさんあるはずだ。


「おれ、ここで頑張りたいと思います」

 

 自己犠牲がすぎる教育係に少しは考えを改めて貰おう。


 結紀はその感情とは別に意地悪をするために強めに遥日の足を握りしめて、そう微笑んだ。

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