緋東結紀と異質のアリス⑰
「うわ、なんだこれ……」
旧校舎一階を目に入れた力はそう言葉を漏らした。
結紀も初めて来た時にそう思ったので、この反応が正常であることを改めて確認する。
逆に反応しなかったのは遥日ぐらいだ。
多分、遥日の感性がおかしいのだろう。
通信機から音が鳴って、結樹の声が聞こえてくる。
先程よりも結樹と会話をしやすくなったので、その点は力に感謝している。
「アリスにとってここは、何かあっては困るんだよ。結紀、お前見ただろ?」
「見たって何を」
「アリスが何をしたかったのか」
見たと言われて思い当たるのは文房具屋での出来事だ。
文房具屋で見たものを思い出してみる。
そういえば、真由はレターセットを買っていた。
「ほら、いくら結紀でも憧れたことぐらいあるだろ? レターセットと自分への未来への手紙を埋めるやつ」
「もしかして……タイムカプセルってやつ?」
「そうそう」
「レターセットは一緒には埋めないと思うけど」
真由がタイムカプセルを作って埋めていたとしたら、埋めた場所が勝手に掘り起こされないように誰かが興味を持つことは避けたいだろう。
だけどここに埋めていたとしたら、逆効果だ。
あるものがなくて無いものしかないのは逆に不自然に見える。
不自然に見えるということは、他の人の注意を引いてしまう。
どうやら、真由は考えが甘いようだ。
「え? レターセット埋めないの?」
「逆に埋めるの? 結樹は埋めるんだレターセット」
「余ったら勿体ないだろ?」
タイムカプセルには思い出を埋めるから楽しいのだが、結樹は在庫処分か何かだと思っているらしい。
そもそもなんのためにレターセットを埋めるのか。
それより、なんでそんなにレターセットにこだわるのか。
その答えはすぐに返ってきた。
「タイムカプセルやった時、みんなレターセット埋めてたって!」
「どういう状況なのそれ!」
「余ったら勿体ないだろ!」
余ったら勿体ないという考えの奴が集まってタイムカプセルを埋めたのか。
それが一番意味が分からない。
余り物を埋める会に改名した方がいい。
思い出よりも余り物というメンバーがどうしてタイムカプセルを埋めようと思ったのかも気になるが。
「タイムカプセル大好き〜〜! って喜んで埋めてたぞ! 余ったもの処分出来て最高〜〜! って」
「それ誰!? どんなやつ!?」
「お前らがさっき噂してた公爵夫人だよ」
どうやら先程までの話を聞いていたようで、少しだけ棘がある。
本人の知らないところで噂されていたら、誰だって良い気はしないだろう。
公爵夫人とは一体どんな人物なのだろうか、さらに謎が深まっていく。
「あ〜〜確かにあの人ならやりそう」
遥日がそう言うと結樹も楽しそうに声を出して笑っていた。
どうやら遥日と結樹だけが公爵夫人のことを知っているらしい。
それはつまり、中央での出来事ということだろうか。
それよりも結樹がこんなにも楽しそうに話すなんて、公爵夫人は結樹にとって余程大切な人なのだろうと思った。
知らないことばかりで、全然スッキリしない。
旧校舎の一番奥に辿り着くと前見た時と同じようにぼやけたまま壁が建っていた。
「なんか、変な場所が多いよな。旧校舎って俺らは避けんのに」
「そうだよね。真由にとって旧校舎ってなんなんだろう」
壁を見上げながらそう言うと力が何かを思い立ったように壁に触れた。
そして結紀に向かって問いかける。
「お前なんで、アリスのこと名前で呼ぶの?」
「え? だってアリスではないでしょ」
「どういうこと?」
「アリスはただの病名、この世界は真由のものだろ?」
力は目を見開いて驚いているようだった。
何か変なことを言ったのだろうか。
「普通の人々の考えってよくわかんないよな」
「は?」
「不思議の国の世界ってやっぱり特殊なんだな」
不思議の国の思考は特殊だと力が言う。
力は不思議の国と、そうでは無い人間を一般人と区域して呼んでいる。
ただ、それは力に限った話では無い。
不自然の国の能力者は全員がアリスはアリス、その他の人は一般人と呼んでいた。
不思議の国として生きてきたわけではない結紀からするとその区別がよく分からない。
治療者もそうじゃない人も同じ人間ではないかと思う。
でもこれは、不思議の国にとっては一般的ではないのだろう。
「俺にはここ以外の普通はわかんねえよ」
どこか寂しげにそう言うと力はシャベルを結紀に渡した。
「話は終わったか?」
タイミングを見計らったように結樹の声が聞こえてくる。
力はそれにはいと答えた。
「ところで遥日生きてる?」
そういえば先程から何も話さないと思い遥日を見ると、青ざめた顔色で壁を見ていた。
「遥日さん?」
「ん? あ、うん。大丈夫」
「何が?」
全然何も大丈夫に見えないが。
というより何に対しての大丈夫なのだろうか。
「ちょっと思考がまとまらないだけだよ」
「うん。で、どこが痛いって?」
結樹は遥日の言葉から何かを読み取ってそう言ったが遥日は答えなかった。
沈黙を保っている遥日に対して、結樹がため息をつく。
そしてすぐに答えを出した。
「足か。なんにせよ時間も時間だし、急いだ方がいいな」
「うーん。暗示かけてもいいかな」
「やめとけ。それは禁止されてんだろ」
話をよく聞いていない様子の遥日はどこか遠くを見ている。
禁止されていると言われていたが、一体何をすることなのだろうか。
結紀の疑問を無視して遥日は会話を続ける。
「あ、そうだ先に進もう。そのシャベルなんだけど、本当にシャベル?」
「本当って……まさか、鍵とか言わないですよね」
シャベルをひっくり返しながら見ていると、シャベルからチリンと音が鳴った。
そういえば遥日がシャベルを引き摺った時もシャベルらしくない音がしていた。
「まさか鍵なの?」
「使い方は分かんねえな。お前のメモ帳には何か書いてないか?」
「ちょっと待って」
メモ帳を開いて調べてみると、鍵はシャベルと書かれていた。
その下に【とある行動で鍵に変わる】と書いてあった。
結紀のメモ帳を覗き込んだ力がボソリと呟く。
「とある行動ってなんだよ」
「そんなもん一つしかないだろ」
力の言葉に結樹がそう返す。
遥日は何故かずっと立ったままでいる。
「遥日さん、座ってても大丈夫ですよ」
「ん? うん。いや、座ったが最後だと思う」
「そうですか……」
武者修行をしているようなことを言いながら立っているが、一秒事に顔色が悪くなっているのだけは分かる。
もし、あそこで結紀達がこうなっていた可能性もあると思えば、土下座したくなった。
ありがとうございます、遥日さん。
迷惑かけてすみません。
「遥日の能力で強制するのもありだけど、できそうに見えるか結紀」
「いや、普通に無理でしょ」
この状態の遥日に何かを望むのも嫌だ。
そもそもできるとは思えない。
「じゃああれしかないな。結紀、木を掘れ」
「は?」
言われたことの意味が分からなすぎて首を傾げる。
「ほら、早くやれよ」
「木なんてないけど」
「あるだろ、目の前」
目の前には壁しかないが、もしかしてこれのことだろうか。
確かによく見ると木の皮に見えないこともないが、これを木と呼ぶには抵抗がある。
「アリス世界では何が起こるか分からない、だろ?」
「だろ? と言われても困るんだけど」
ここでいきなり壁を掘り出したらそれこそ異常者だろと呟く。
「いや、それしかないの?」
「お前タイムカプセルどうやって埋めんだよ」
「え、あ。そういうこと? つまりタイムカプセルを埋める時と同じ行動を取れば鍵になるってこと?」
「さあなあ」
はっきりとしない結樹の言葉にイラつきながらも壁に向かってシャベルを振り下ろす。
「おいおいおいおい、お前シャベルの使い方知ってる?」
「分かってるって、ちょっと間違えただけだろ」
もう一度シャベルを持ち直して、壁を掘るように動くと、シャベルが明るく光、様々な色を持ち始めた。
「えっ、なにこれ」
そのまま壁へ向かってシャベルを下ろすと、シャベルは眩い光を上げて形を変える。
眩しさに目がくらんでいると、シャベルを持っていた手に伝わる感触が先程とは違うことがわかった。
シャベルをよく見てみると、それは赤い色の鍵に変わっていた。
結紀は自然と壁にあった穴へ鍵を入れ回す。
すると、鍵は消えて壁も無くなっていた。
鍵の代わりに手元に残っていたのは卵の形をした銀の入れ物だった。
「冷た……なんかちょっと汚れてるし」
銀色の卵には長時間放置されていたかのような冷たさと、土汚れがありついていた。
「それがアリスの隠したかったものだ」
「……これが?」
「開けてみろ」
結樹に誘導されるまま入れ物を開けると、中には手紙が数枚と鍵が入っていた。
「手紙……」
可愛いピンクの封筒に入れられた手紙には真由の名前と、その友達の名前が書かれていた。
「これってもしかして、タイムカプセル?」
「そうだろ。手紙も読んだ方がいいと思うが、どっかアリスが来なさそうなところはあるか?」
真由は文房具屋の後にここに来るだろう。
旧校舎は他の人は来ないが安全とは言えない。
それに先程足音も聞こえた。
屋上の近くもそこまで安心する場所ではないだろう。
「……俺の能力使うか?」
「お茶会広場か。卯宝と息吹が居なくても使えるのか?」
「そっちの二人が協力してくれるなら」
力は再びシルクハットを出すと笑顔をうかべる。
断られることは無いと分かっているみたいに見えた。
「いつでもいけるってよ」
「なら、今すぐにでも」
シルクハットをくるりと回して被ると、力は目を閉じた。
「さあ、秘密の庭園の扉を開けようか。ここはお茶会広場、アリスさえも入れない」
遥日と結紀の肩を掴んで、力は目を開けた。
すると真っ白の長いテーブルにパーティ用の装飾が施された広間が現れる。
森の中に存在しているように、木々に囲まれ、複数の椅子があるだけの簡素な場所だった。
「さあ、座って」
促されるままテーブルを挟んで椅子に腰を下ろした。
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