緋東結紀と異質のアリス⑯
数分が経過してから遥日が合流する。
「アリスの鞄、取れたんだ」
そう言われてから結紀は、メモ帳に資材室の鍵はアリスの鞄の中と書いてあったことを思い出す。
実際は鞄ではなく、百葉箱の中から見つかったと伝えると遥日はなるほどと頷いた。
「アリスが持っているじゃなくて、アリスが鞄と認識しているってことか。で
も百葉箱にどうして?」
「多分ですけど、真由は大事なものはそこに隠すようにしてたんじゃないかと思うんです」
あの埃にまみれていて、結紀ですら触るのを拒絶したくなるほどの百葉箱を真由のようなタイプが、好んで触ろうとは思わないだろう。
でも、真由は百葉箱の中に鍵を隠した。
それはつまり、真由にとって百葉箱は丁度いい隠し場所だったということなのだろう。
アリスの鞄の中と書かれていたメモ帳のページを開いて見ると、【鍵は百葉箱の中】と書かれて赤い丸が付けられていた。
【証明しろ】と言われた時も同じことが起こっていたので、きっと完了すると丸がつくということなのだろう。
ならば、【本当はどうしたかったのか】という問に答えが見つかっていない。
真由が本当はどうしたかったのか。
それは全く検討がつかないことだった。
「文房具屋での会話を聞いててそう思ってたんですけど、メモ帳を見る限り正解っぽいです」
遥日にメモ帳を見せながらそう言うとそれを見て頷いていた。
「ところで遥日さんは何してたんですか?」
力の問いかけに遥日は一瞬言葉を詰まらせる。
そして迷いを断ち切ったかのように顔を上げると、遥日はこう言った。
「本物のアリス以外は殺しても害はないでしょ?」
それはつまり、殺そうとしたということなのだろうか。
「あります。害ありまくりです」
「アリス世界には影響ないよ?」
「見てるこっちには大分害です」
遥日は唸った後、それならやめておくと呟いた。
結樹が目を離すとろくな事をしないと評価して居たが、この話を聞いていると本当にろくなことをしないと分かってしまう。
そんな人だとは知りたくはなかった。
しかしこれも遥日だろう。
結紀が力に対して乱雑なのと一緒だ。
「じゃあそろそろ鍵、開けてみようか」
話題を変えるために遥日が言い出したのだとすぐに分かったが、結紀も鍵は開けたかったのでそれに同意をする。
鍵を持って穴へと突き刺す。
そしてゆっくりと鍵を回すと、かちりと音が鳴って資材室のドアが開いた。
「開いた……」
やっと開けられたことへの感動で手に汗が滲む。
資材室の中へと入るが、埃にまみれた椅子や机、地球儀などいらないものが置いてあるだけだった。
「鍵をかけるぐらいなんだから、よく探してみよ」
三箇所にわかれて探索を始める。
さっきから埃の山ばかり触らされているが、結紀に恨みでもあるのだろうか。
埃に噎せながら机を移動させていると、力の声が聞こえた。
「結紀と結樹さんって、なんであんな気まずいの?」
「ん、と。まあ、結構離れて暮らしてたから……」
両親が居たのならば、きっと今でも結樹とは距離が空いたままだったろう。
それに今だって。
結樹はそのことをどう思っているのだろうか。
「うちの支部って兄弟多いけど、気まずいって感じのは初だな。
透のとこも仲悪いけど、気まずいわけではないし」
「はは……。え、透って兄弟いるの? 初耳なんだけど」
思わず振り返るが、力は作業を続けながら会話を続ける。
「まあ、あいつら仲悪いからそんなに語らないでしょ」
「そうなんだ」
「結樹のことを結紀が言わないのと一緒」
結紀の場合は言わないと言うよりは話すことがないが正しいが。
結樹とは相性は悪くないと思う。
結樹がどう思っているのかは知らないが。
「結樹さんって家ではどんな人?」
「家では……? 逆にここではどんな人?」
家での結樹はダークマターを作り出しているイメージしかない。
職場ではどう思われているのかの方が結紀は気になった。
「結樹さんは、引きこもり?」
力の言葉に遥日が吹き出した。
「結樹さんって機械にめちゃくちゃ強くてさ、シミュレーションルームとかも結樹さんが整えてて。
でも、そのせいかなんなのか基本機械のある所から出てこないんだよね」
「結樹さんは、中央にいた頃もそんな感じだったよ」
中央にいた。
口調からするに、遥日は中央にいた頃の結樹を知っているらしい。
「中央って言ったら出世コースまっしぐらなのに、結樹さんは自ら東へ移転してきたんだよな」
「もしかしておれのせいだったりする?」
出世を捨てても結樹が結紀のそばにいるようには思えなくてそう告げる。
結樹は家族行事があっても帰ってこないような人間だった。
「結紀くんのこと全く関係ないとは言わないけど、多分公爵夫人のことが原因だと思う」
「公爵夫人?」
「そう。
だから、結樹さんに僕が恨まれてないわけが無いんだよ。
……東へ配属される前にそこそこ揉めたのを知っているし」
結樹のことを考えながら続きを待つ。
「僕は、全て知っていて何もしなかったから」
何故か遥日にこれ以上踏み込むなと言われた気がした。
結樹が遥日を恨んでいることなどあるのだろうか。
先程の通話を聞く限り、心配はすれど憎んでいるような雰囲気はなかった。
逆に結樹に恨まれていたいのは遥日の方なのではないかと思う。
先程からの関わりでわかったことだが、遥日は内心が意外と暗い。
「あ、王戸家って家族多いですよね!」
力が慌てて話題を変えると、遥日も先程までの翳りを消して会話を続ける。
「王戸はわらわらいるからね」
「わらわら。まるで虫のように……」
「虫でしょ? そういえば、結紀くんのこと和樹に言わないと……」
虫でしょと当たり前のように言った遥日が、本気でそう思っているのが伝わってくる。
遥日はどうやら王戸家にいい印象がないらしい。
自分も同じ王戸なのに。
ぽつりと呟くが、力のため息によってかき消される。
「暇すぎるよな、あの人」
「色々あるんだよね。でも、ベテランだから頼りにはなる」
「ベテランではあるけど、あれ? ホストのベテランだっけ?」
そう言うと二人で笑っている。全くなんの事だか分からない。
「あ、わりぃ。和樹っていうのは、見た目完全にホストの西支部代表だ」
「王戸和樹がフルネームね」
王戸和樹。
つまり、王戸家の人間。
遥日の血縁ということだろう。
しかし見た目完全にホストというのは気になる。
超気になる。
先程まで虫と呼んでいたとは思えないぐらい楽しそうに話しているので、王戸和樹に対してはまた違う感情を持っているようだった。
「スーツ姿が完全にホスト。薔薇持って現れそう」
「言動もホスト。モテるんだよね、和樹って」
気になる、さらに気になる。
そこまでホスト感溢れていると逆に気になって仕方がない。
「力くんは兄弟欲しいと思ったことない?」
「んー、和樹みたいなのは面白いと思うけど。透にみたいになるのは嫌だな」
どこか暗い表情を見せた力は、机を落としたようで大きな音を出していた。
それと同時に何かを発見したようで大きな声をあげる。
その声に驚いて二人で力の元へと集まる。
「シャベル?」
持ち手がハート型になっているシャベルが椅子と机の隙間に立てられている。
普通のシャベルのように見えるが、普通の資材室にある学校の備品とは明らかに違うのでなにか意味があるように感じた。
「でも、少し触ったら崩れそう」
シャベルを取るには前に積み上げられている机に乗るしかない。
だが、机は地盤が不安定で少しの衝撃で揺れている。
この上に乗って、椅子と机の間にあるシャベルを取る。
そこまでの工程に既に怪我をしない未来が見えない。
「結樹さん、何とか出来なさそう? シミュレーションで怪我すんのやなんだけど」
「いや……無理だな。
ここはあれだ。
一番軽そうな人にお願いしよう。
結紀は無理だぞ、見た目の割に体重ある」
「そんなこと言ったら俺だって……ん?」
失礼なことを言われた気がするが、二人の会話を聞いた後、残った一人に目が行く。
「え? 僕」
「まあ、遥日さんしか居ないよね」
「僕だってそんな軽くないよ?」
「またまたあ〜」
誰だって危険を避けたいものだ。
というかシミュレーションで怪我なんてしたくない。
「軽い軽い、遥日は軽い。
知ってる知ってる、中央の頃から知ってる」
「やめて? 変なお墨付きしないで?」
結樹が煽る声が聞こえる。
凄く楽しそうだ。
これのどこら辺が恨んでいるのだろうか。
それでも遥日がそう思うのだから、本当は何か薄暗い感情があるのかもしれない。
「まあでも、二人にやらせるわけが行かないから。
僕がやるよ。これでも歳上だからね」
「歳だけな?」
「結樹さん?」
低い声で遥日が呼ぶと、結樹が通話を切った音が聞こえた。
どうやら、からかい過ぎて怒らせる寸前まできたらしい。
「僕が落ちたら、あとよろしく」
「任せてください! 共倒れします」
力が自信満々にそう言った。
遥日はそんな力を嗜めたあと、机の上に片膝を乗せて、乗り上げた。
緩く揺れる机でバランスを取りながらシャベルへと手を伸ばす。
机を崩すことなく乗れているのだから多分遥日は軽いのだろう。
「意外と遠い」
身体を前に出してシャベルへと手を伸ばし、シャベルを掴む。
ずるりと音を上げながらシャベルを持ち上げるのと同時に机の地盤が崩れた。
「遥日さん!」
力と声が揃う。
突然のこと過ぎて身体が動かなかった。
「いてて……とりあえず、シャベル」
結構な音を立てて落ちたのに、遥日は何も気にして居ないようで真っ先にシャベルを渡してきた。
絶対痛いはずだ。
「大丈夫ですか!?」
「ちょっと痛いけど、慣れてるから」
「慣れてるって何!?」
痛みに慣れているということにも疑問が浮かぶが、それより慣れているから次に進んでいいということでは無いだろう。
「でもほんと大丈夫だよ。泉ちゃんに比べれば甘い方」
「なにその怖い話」
結紀の言葉を無視して遥日は力にシャベルを渡す。
あまりにも慣れた様子で行うので、力の方も困惑しているようだった。
「あー、聞こえるか?」
「結樹さん?」
「遥日は無事?」
結樹に問い掛けられて先程起きたことをそのまま話すと結樹は呆れたようにため息をついた。
「遥日のことは後で医務室に突っ込むとして、シャベルを持って旧校舎一階へ向かえ」
「あれ、やっとナビゲートする気になったんですか?」
「やっとじゃねーよ、こっちだって色々調べてたんだからな」
力の煽りも無視して、結樹は話を続ける。
結紀は遥日が起きあがれるように手を貸す。
「結紀よく聞け。
俺の役目はナビゲーターだ。
チェシャ猫の能力はアリス世界を地図、映像化して映し出す。
それを使ってアリス世界のナビゲートをする」
「頼りにしてますから」
力がそう言って結紀の肩を叩いた。
どうやら話しやすく誘導してくれているようで、お礼を心の中でいう。
「よろしく、結樹」
「おう」
やっと話せたと安心する。
結樹の言葉を聞きながら一階旧校舎へ向かうために資材室の外へと向かった。
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