緋東結紀と異質のアリス⑮

力と小突きあいながら旧校舎の裏庭へと向かう。


裏庭の中心には大きな桜の木が埋まっていて、その後ろに百葉箱は存在していることを事前に知っていたので、目的地まで向かう足取りは真っ直ぐだ。


軋む床を踏みながら、力は落ちそうと呟いた。


旧校舎に興味深々のようで、少し興奮気味に話してくる。

 

「旧校舎、無法地帯だもんな」


「無法地帯って。ただ人が踏み入らないだけだよ」


「変な噂いっぱいあるし」

 

咲良高等学校の新校舎はここ数年で建てられたばかりだが、旧校舎はすっかり使われなくなってしまった。


もはや、その存在もなかったと言わんばかりに放置されている。


旧校舎の立ち入りを禁止されているわけでも、危ないものがある訳でもないが、旧校舎なんて物があったら当たり前のように心霊の噂などを立てられる。


世の中はそういった現象を噂するのが好きだ。


特にこの年代の子どもは。


旧校舎に立てられてる噂は、一度踏み入ったらもう戻れなくなるとか、死体が埋まっているとか、音楽室のピアノが勝手に鳴るなどのよく聞く話ばかりだ。


しかし、新校舎の方ではそんな噂は全くなく、旧校舎ばかりに噂が集中しているせいで、旧校舎は人が立ち入らなくなって行った。


それも変な話だが。


結紀はそんな噂など一つも信じてはいない。


そもそも用がないので旧校舎には入らないだけだ。

 

「無法地帯と言えばさ、どっかに法律の通じない区域があるらしいんだよ」

 

力は旧校舎の床をわざと音を鳴らして踏みながら、目を輝かせてそう言った。


噂話が好きらしいが、校内の噂には鈍いようだ。


尚更先輩のことを知らなかったなんて変なのと思いながら会話を続ける。

 

「それ聞いたことある。確か遊郭みたいなとこだって」


「そそ。居場所を失った人が最後の砦に訪れる場所だってさ。でも誰も見たことないんだよな」


「ネットの噂もすぐ消されるもんね」

 

力のことをとやかく言ったが、結紀自身も噂話は好きで結構耳に挟むことが多い。


自分に関する話でなければなんでも気になって調べてしまう。


しかしこの噂は、ネットで情報が管理されている時点で実在すると言っているようなものだ。


ただ目撃したものがいないだけで。

 

「確か、みのくらって名前だっけ?」


「らしいよな。ま、実際にあるかもわかんねーけど」

 

軽口を叩きながら裏庭へと続くドアを開け、中央の木を目指す。

 

「お、あったぜ百葉箱」

 

力は薄汚れた白い箱の周囲を回りながらそう言った。


結紀はその動きから周りを探しているのだと分かると百葉箱の窓に手をかける。


錆び付いているのか少ししか開かない窓を無理矢理力を込めて開けるとバキンと音が鳴った。

 

「壊した?」

 

絶対壊したと確信したような表情で力が言うのを流して、大きく開いた窓の中を見る。


ホコリにまみれている箱の中は蜘蛛の巣も張っていて、まさに無法地帯だ。


蜘蛛の巣を払って中を見渡すと、銀に光る何かが目に入った。


それを手に取るために腕を伸ばすと、埃も一緒に出てきたようで、少し咳が出た。

 

「……鍵?」

 

箱の中から取りだしたものは、少し汚れているが赤い色をしていて、先端がハート型になっている鍵のようだった。

 

「屋上の鍵か?」

 

鍵をよく調べてみると、鍵にタグが付けられているのを発見する。


タグには資材室と書かれていた。

 

「資材室って書いてある」


「資材室?  そんなのあったか?」


「旧校舎を遥日さんと探索していた時に、資材室と書かれている鍵の付いた部屋を見つけた」

 

資材室に鍵がついていたことを思い出しながら、ぽつりと呟いた。


屋上で力と合流した時に教えた二つの鍵穴のうちの一つだと、説明を加える。

 

「じゃあ資材室行こうぜ」


「鍵開けるなら、遥日さんも居た方がいいんじゃない?」


「まあ、そうだよな。こっちで動いてなんかあっても困るし。ちょっとスピーカーにするわ」

 

力はそういうと耳に手を当てて話し始める。


遥日も力も通信機を持っているようで、羨ましくなる。

 

「あ?  結樹さん? 遥日さんどこ?」


「遥日?  居ないの?」


「居ないけど」


「遥日の端末、ずっと同じ位置で映像止まってるからお前らといるものだと……ちょっと待て。あいつまたなんかやったか?」

 

結樹の声が聞こえてきて、思わず口を閉ざす。


あまり話すことの無い兄とこういう場面でどうするべきか分からない。


普通に会話すればいいだけだと周りは言うが、結紀と結樹の間ではそうも行かない。


難しいのだ。


たとえ家族であったとしても人付き合いは難しい。

 

「遥日は目離すとろくな事しないからな。そういうとこ、いつになったら治るんだか」


「結紀の教育係になったからもっと落ち着くんじゃないですか?」


「いや、無理だろ」

 

自身の教育係がハチャメチャに言われているのを聞きながら愛されているなと思う。


遥日は人に愛されるような雰囲気がある。


結紀も会ったばかりではあるが、かなり信頼している。


周りとは上手く接することが出来なかった結紀がアリスケースでは普通に活動できている。


もしかするとこのシミュレーションの間だけかもしれないが、それでも結紀が知る中で最も居心地がいいと思えるのがこの場所だった。

 

結樹が遥日を探しているのを待ちながら、先程力と合流した時も、結樹が連絡をとったのかと考える。


何を話していいのかは未だに分からないが、感謝だけはしておく。


数分経ってから結樹の声が響いた。


「あ、遥日居た。旧校舎に行くように言っておくわ」

 

じゃあなと連絡をやめようとした結樹を止めて力が結紀も聞いてると呟く。

 

「……結紀」


急に低くなった声に驚きながら言葉を返す。


「なに」


「もう少しだから頑張れ」

 

プツリと音が途切れて何も聞こえなくなる。


シミュレーションを作ったのは結樹だと遥日は言っていた。


つまり、結樹は全てを分かっているということなのだろうか。


それならば助けてくれてもいいものなのに、随分と意地悪をされていると悪態をつく。


そんな結紀に力がまた呆れたような顔をしたので肩をぶつける。


人がいないから騒いでもいい訳では無いと分かっているが、力とじゃれあっていると誰かが近づいてくるのを感じた。


「移動しよう」


力の言葉に頷いて、遥日が来るのを資材室で待つことにした。

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