緋東結紀と異質のアリス⑭
さくら通りにたどり着くと真由やその友達の姿がなかった。
確かにあれから時間が経ってしまったので、全く見当たらないのも無理は無いだろう。
ならばどうやって探すのかと首を捻っていると、力が自信満々に言った。
「さあて、結紀。俺の力のお披露目だ」
「力?」
「帽子屋の
力がそう言うと、力の頭に白いシルクハットが現れる。
シルクハットは下半分がグレーに、上半分が白になっていて、光に照らされると全体が白く見える。
そして、お茶を入れるポットの形のバッジがついていた。
突然現れたシルクハットに驚いていると、力が口の前で人差し指を立てた。
それは静かに見ていろということなのだろう。
力はシルクハットの位置をポットが斜めに来るように直してから言葉を発する。
何が起こるのか分からなくて静止されたにも関わらず動こうとして、遥日に止められた。
「さあ、アリス。お茶会の時間だよ」
急に視界がぶれて、辺りが草木の緑で埋め尽くされる。
中央には白い布で覆われた長机と、複数の椅子が置かれていた。
机の真ん中にはケーキのようなものが置かれている。
この場所を適切な言葉で表すとしたらお茶会会場とでも言うのだろうか。
長机の前に現れた力の手元には、青と白のカップと同じ色のついたポットがあった。
「時間を少し巻き戻そうか」
カップにポットを傾けるとオレンジ色の紅茶が流れ出てくる。
紅茶が注がれていく度、甘い香りが当たりを満たし、結紀は気分が良くなっていくのを感じた。
ザザと耳鳴りに似た音が鳴り、視界はノイズが走ったかのように移り変わる。
甘い香りの効果のせいか、移り変わる視界に違和感を持てなかった。
緑と町並みが繰り返し現れたあと、さくら通りの光景へと落ち着く。
目の前には最初に見た時と同じように真由の姿があった。
「どういうこと」
「俺一人だと対して巻き戻せないんだよな」
「リッキー? どういうこと?」
力は結紀に強く揺さぶられてやっと会話を成立させる。
「俺の帽子屋の力は、アリスを巻き込み異変を起こす。
だから、アリスがここに居た時間に巻き戻らせて貰った」
「異変……」
不思議の国の力は多種多様。
それぞれに合わせた能力を使い、アリスを治療する。
先程の力の能力でアリス世界を書き換えてしまったようだ。
結紀はそこまで考えて、自分の能力が急に大したことがないもののように感じた。
アリス世界へ繋げる透や、時間を変化させる力に比べると、ただ探索に向いているだけの能力は使い勝手が悪いように思える。
周りが言うほどに特別だとは思えなかった。
「急がないと彼女居なくなるよ?」
遥日に言われて顔を上げると、そこには友達と合流した真由がどこかへと向かおうとしている姿が見える。
結紀は考えていたことを中断して急いで真由の後を追う。
さくら通りを抜けて、真由が入っていったのは文房具の店だった。
大人数で入れるほどの広さがない文房具屋に、結紀がリーダーだからと代表して入る。
真由は友達とレターセットを見ているようだった。
手元をチェックするが、鞄は無い。
ひとまず真由に見つからないように棚の影に隠れて真由と友達の会話を盗み聞きする。
「真由はどんなことを書くの?」
「えー? ひみつ! だって言ったら十年後に開ける意味ないじゃん!」
十年後に、レターセット。
結紀は小学生の頃に書かされた未来への自分に宛てた手紙を思い出す。
おれは神になるとかいうとんでもないことを書いてしまった覚えはあるが、今はそれどころではないと首を振る。
「あ、資材室の鍵ってどこに隠してたっけ?」
「えーとね、旧校舎の裏庭にある百葉箱の中かな」
「そだそだ。じゃあ早く書いて埋めに行こうよ」
「うん」
二人がレターセットを手に取ってレジに向かうのを確認したあと、見つからないように店の外へと出る。
鍵の場所が分かった今、真由たちより先に急いで向かうのが正解だろう。
結紀が考えたことを二人に伝えようと思い急ぐ。
店の外には力がしゃがんでいるだけで遥日の姿がなかった。
「結紀おかえり」
「あれ、遥日さんは?」
「なんか思い立ったみたいでいなくなったわ」
「え」
いつもの事だよと付け加える力に、いつもなのかというツッコミを入れずに会話を続ける。
「遥日さんなら大丈夫。で、結紀はなんか分かった?」
「あ、そう! 鍵の場所! リッキー、鍵旧校舎にあるって」
「おー! じゃあ早く行こうぜ」
急に立ち上がった力の肩にぶつかって思わず舌打ちをする。
遥日がいないからと言って性格が悪いところをさらけ出してしまった。
「なんだよ、本性見せんなよ」
「本性ってなんだよ」
「いやー、随分遥日さんの前では猫かぶってるな〜って思って」
猫被っているつもりもなければ、本性を見せたと言われるほどのことはしていない。
しかし、確かに遥日に対して緊張していたのは間違いない。
余計なことを言ってきた力を睨む。
「そういうとこだよ、お前」
呆れたような顔をした力をどつくと、やれやれと手を上げて力は歩き始めた。
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