緋東結紀と異質のアリス⑬

 遥日に力と連絡をとってもらい、屋上の前で落ち合うことになった。


 屋上の前に向かうと力は階段の影に座って待っていた。


 力とは段違いに腰を下ろして話をする。

 

「そっちはどうよ」


「鍵穴を二つ見つけたよ」


「こっちも一つあった。けど、鍵はゼロだ」

 

 お手上げだと手を上げた力に返す言葉を失う。


 新校舎にも旧校舎にも存在しない鍵をどこで探せと言うのだろうか。

 

「いっそやめる?」


「やめるって何を」


「このシュミレーション」

 

 力はもうどうしようもないという顔をしてこちらを見ていた。


 ここで、シミュレーションをやめるという選択は簡単にできるが、本当にそれでいいのだろうか。


 諦めてしまったら結局、何も変われないのではないだろうか。

 

「辞めない。

 不思議の国とかよく分かんないけど、ここでやめても何も変わんない」


「……じゃあどうするよ」

 

 問いかけられて言葉に詰まる。


 鍵を見つける手段は未だに分からない。


 実際力が思うようにお手上げなのだ。


「そういえば力の言ってた鍵穴ってどこにあったの?」

 

「ん、ああ。鍵穴は本校舎の生徒会室」


 生徒会室と言えば他の学校ならば、由緒正しい人が集まっているのだと思うだろう。


 しかし、この学校の生徒会は形だけだ。


 現に生徒会室は物置と化している。


「なんでそんなところに鍵穴が?」


「しらねーけど、あんま関係ないと思うぞ」


 本当にそうなのかと疑いの目を向けると自分で見た方が早いと言われた。


 確かにそうなのだが、分担したのは力だ。


 言った本人なのだから、もっと真剣に探してくれてもいいのではないだろうか。


 そこまで考えたところで遥日に言われた、意見を通すの意味がやっと分かった。


 力はどうやら考えが甘い部分があるらしい。


 それならば結紀が意見を通してやってみたところで何も変わらなかった。


 人に任せてばかりもいられないとやっと思い当たる。


 遥日に思ったことを伝えようと顔を上げる。


「答えが分かっているのならば教えてくれないか。異質のアリス」

 

 突然言われた遥日の言葉に結紀は一瞬たじろいだ。


 異質のアリスとは自分のことだが、答えは分からない。


 今答えを探すために会話をしようとしたところだ。


 まさか先程長考していたせいで答えが分かったとでも思われたのだろうか。


 様々な考えが浮かび上がっては消え行く。


 どうして急にそんなことを言われたのかよく考えていると、遥日の視線がこちらを見ていないことに気がついた。


 そこで、その言葉が結紀に言われているものではないと気が付く。


 では今度は何を見ているのか。


 何を見ているのか調べるために遥日の目線を追う。


 追った先で遥日はメモ帳を見つめていた。


 メモ帳は自然にめくれて、【それでは意味が無い】と書き記した。

 

「なら、鍵を生み出した意味を教えてくれ」

 

 遥日とメモ帳の会話は結紀を置いて進んでいく。


 勝手にうごくメモ帳を見て、結紀はように感じた。


 そんなわけがないのに。


 しかし、メモ帳は結紀の意思に反して遥日と会話を続けていく。


【鍵は結紀の違和感が生み出したもの】


【答えを求めるのは結紀の心】


【アリスの本当の願いを見つけるにはどこを探す?】


【分かるだろう、不思議の国の王】

 

 まるで会話をするかのように書かれた言葉に結紀は理解が追いつかない。


 しかし、会話はメモ帳が一方的にはやし立てている。


 王とは何か、結紀の心の違和感とは何。


 それらすべての疑問を差し置いて結紀の中の異質のアリスが遥日と何かを会話している。


 しかし、何故そんなことが起きているのか分からない。


 遥日はメモ帳の言葉を読んだ後、そういうことかと呟いていた。

 

「……結紀くん、さくら通りで見たアリスはどこへ向かったんだろうね」

 

 遥日はメモ帳との会話で何かに気がついたらしく、そう結紀に問いかけてきた。


「アリス?」


「最初に見たアリスだよ」


 最初に見たと言われて思い出すのは真由が友達とどこかへ向かう姿だ。

 

「確かに、真由は友達とどこかへ向かっていたけど、どこに向かったんでしょうか?」


「……多分そこに答えはある。

 そういうことでしょ?」

 

 メモ帳は何も言わなかった。


 きっと遥日の言ったことが正解なのだ。


 そんなことよりも結紀の中で次に目指す場所の指標が出来たのは大きかった。


 結紀が次に目指すものが分かったからメモ帳は答えるのをやめたのかもしれない。


 それか、遥日に正解をつかれて腹が立ったのか。


 メモ帳は言葉が足らないし、人を試しているような素振りを見せるが、答えを出されると少し黙る。


 謎のプライドがあるのかもしれない。


「さくら通りにもう一回行きましょう」

 

 結紀が決めたことを二人に伝えると、遥日が力の肩を掴みながら頷いた。


 力も今度は何も言わずに頷いている。


 階段から立ち上がってさくら通りに向かおうと動き出す。


 遥日は出発する前に少しだけ首を傾けて何かを言った。


「そろそろ歩きっぱなしは疲れたでしょ? お茶でも飲みに行こうか」

 

 遥日が突然言った言葉がなんの事なのか分からずに首を傾げる。


 力はその言葉で顔を上げてはっきり頷いた。

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