緋東結紀と異質のアリス⑫
鍵を探すと決めたもののまずは何をするべきか分からない。
鍵を探して辺りをさまよう。
学校の中は最初に来た頃と違い、活気づいているようだった。
「なんか明るい?」
「多分アリスが移動したんだよ」
告げられた言葉に頷く。
そう言えば、最初に来た頃の重苦しい感じがないと思った。
それよりもアリスが移動するとはどういうことなのだろうか。
「アリスが移動する?」
「巡回するアリスは、アリスにとっての特別な場所を巡回してんだよ」
見回りみたいなものかと呟いて、周囲の人間を見る。
誰一人としてこちらに気がついては居ないようだが、友達同士楽しそうにしている姿がある。
その姿は普段の学校よりも遥かに多い。
「この学校、友達居ない独り身が多いんじゃなかったけ?」
「あー、学科違う奴が多いからな」
友達を作らなくてもいい学校だからここを選んだのだ。
こんなに友達同士まみれになられると流石に居場所がない。
結紀に友達が居ないのが悪いのだろうが、仕方ないだろう。
出来ないものは出来ない。
というより新しく作る気があまりない。
修学旅行さえどうにかなれば後は好きにしてくれと思っている。
自分の世界に入りかけていた結紀に言葉が降り注いだ。
「結紀くん、学校の中を探索するのなら今しかないと思うんだけど……どうする?」
遥日に問いかけられてすこしだけ迷う。
普通の鍵では屋上が開かないのならば、学校を探索するべきなのか、情報を持っているものを捕まえて吐かせるべきなのかが分からない。
「とりあえず探索はするべきだと思うけど」
「リッキーがそういうのなら……でも何を調べればいいの?」
「そんなの探索してみるしかないだろ? ヒントがないんだから」
力の言う通りそうするしかないのだが、こういう時に二人ならどうするのか気になって二人を見上げる。
それに気がついた力ではなく、遥日の方が結紀に対して答える。
やはり人の心を読む力を持っているのではないだろうか。
「その職員室にあるという鍵をとりあえず確認するかな。
アリス世界では全てが僕たちの常識とは違うと思った方がいいから、もしかしたらその鍵の全てがハート型かもしれない」
言われてハッとする。
アリス世界はアリスにとって都合のいい世界だ。
結紀達の考えとはまるっきり違うこともある。
結紀の常識で、鍵は全てあの形にはならないと思っていたが、アリスにとって鍵は全てあの形なのかもしれない。
そもそも結紀の常識というのも普通ではないのだが。
「じゃあ、鍵をとにかく探しましょう。
えーと、まずは職員室から?」
「それを一つずつやっていたら日が暮れちまう。
俺は新校舎の方を回るから、結紀は遥日さんと旧校舎を回ってくれ」
「……うん。リッキーが言うならその方がいいんだと思う」
どうして旧校舎なのかと思ったが、経験者である力の提案を飲んでその場で解散する。
力の姿が見えなくなって、二人っきりになった時に遥日はぽつりと呟いた。
「君の意見を通してもいいんだよ。
この世界に正解はないんだから」
「意見を通す……」
周りの意見に従って波風立てないでいた結紀にとってその言葉はまさに青天の霹靂だった。
遥日は結紀の意見を優先してくれているようで、結紀が職員室から回ると言うのならばその通りにするつもりだったようだ。
「でも、まだここでは初心者なんで経験者の意見を優先しようと思ったんです」
「結紀くんがそう思うのなら、それに従うよ」
遥日は少しだけ不服そうな顔をしていたが、最終的に結紀の選択を尊重したようだった。
尊重してくれることはありがたいが、遥日はまだ出会ったばかりの自分に何故そこまでやってくれるのか疑問に思う。
「似てるから、かな」
やはり遥日には考えが読まれているようだ。
一通り会話を終えてから、新校舎から渡り廊下で繋がる旧校舎へと向かうために渡り廊下へ歩き始めた。
「結紀くんは、アリスケースで働く覚悟はある?」
誰もいない渡り廊下で問いかけられる。
まだ春先だからか肌寒い。
覚悟と言われるとはっきりしないが、ここで働くことは悪くないなと思い始めていた。
「もし、本当に嫌だったら僕が何とかする」
「何とかできるんですか?」
「これでも一応、王戸、だからね」
王戸の名前を言う時に一瞬だけ温度が下がった気がした。
遥日は時折暗い表情を見せる。
その意味を知りたいが、聞いてはいけない気がしてモヤモヤとしたものを抱えていた。
「最後までちゃんとやります。
まだ、答えは分からないから」
アリスケースで働くことをやるともやらないともはっきりしない今では答えられないと笑えば、遥日もほっとしたように笑った。
「遥日さんは、アリスケースで働いて長いんですか?」
「ん? 僕は……まだまだかな」
まだまだ? と問いかけると遥日は旧校舎のドアを押した。
バタンと古びた音を上げて開いたドアを潜り、木造の校舎の中を歩く。
「僕、元々本家……いや、中央本部に居たんだよね。泉ちゃんのペアとして」
「本部?」
「アリスケースでは、東西南北と中央に分かれてるんだ。
で、中央が本部。
だから、東に来てからはまだ短いんだよね」
だからまだまだなのかと呟いて、軋む床を踏みながら、二年の教室を通り過ぎて角を右に曲がる。
そういえば泉ちゃんとは一体誰なのだろうか。
「あ、待って。この資材室の鍵穴……」
右に曲がってすぐの所にある旧校舎の資材室には新校舎で使わなくなったものが色々と置いてあるらしいと噂で聞いた。
遥日に言われるがままにその資材室の鍵穴を見ると、そこにはハートの形の鍵穴があった。
「もしかしてアリスと関係ある?」
問いかけながらメモ帳を開けば、そこには【アリスの思い出が仕舞われている】と書かれていた。
「思い出……鍵はどこにあるんだろう。
きっとここも別の鍵だよね」
首を傾げながらメモ帳に続きの言葉が現れるのを待つ。
やがて現れた言葉に結紀は思わず声を漏らした。
「アリスが持っている!?」
「え、なに?」
【資材室の鍵はアリスの思う鞄の中】
書かれた言葉は結紀にとって衝撃が大きかった。
アリスの鞄の中ということは、真由の鞄を探さなければならない。
しかし、真由がもしも持ち歩いていたら奪う必要が出てくる。
それはつまり、アリスに消される覚悟もしなければならないと言うことだ。
「また難しいことを言うね」
遥日は結紀のメモ帳を覗き込んでそう言った。
「奪い方は後々考えるとして、とりあえず探索終わらせようか」
「はい。
とりあえずこんな所が他にもあるかもですし、探しましょう」
二階の旧校舎を見渡してから、一階へと降りる。
一階には少し古ぼけた木造の建物があるだけで、部屋は存在しなかった。
「何も無い?」
「多分、アリスにとってはここの階は何も無いんだね」
「それって、アリスにとってどうでもいいってことですか?」
問いかけると遥日は悩んだ後に言葉を続ける。
「というよりは、アリスにとってここは何もないのが正解なんだよ」
「どういうことですか?」
「アリスにとって何か意味があるんだと思う。
何も無いと見せたいということは、何か隠しているとか……」
困った結紀はメモ帳を開いて目を通す。
メモ帳には何も書かれていなかった。
肝心な時には何も答えをくれないのかと悪態をついてしまった。
遥日の後を追って何もない廊下を歩く。
廊下を歩いていると違和感を強く感じた。
あえて何も置かないようにしたような、何かを置いて知られるのを拒否しているようなそんな雰囲気を感じて結紀は少しだけ怖くなる。
先程遥日が言っていたことはあながち間違いではないのかもしれない。
「あ、なんですかあれ」
「あれ?」
廊下の一番奥にはモヤモヤとぼやけた壁があった。
黒で塗りつぶしたかのような色の壁が、風に揺られているような動きをしている。
「これは……ここって、何かあった?」
「何かって、何も無いと思います」
原因が不明すぎて結紀はメモ帳を開く。
メモ帳には、【大切はここに隠した】と書かれていた。
遥日が物怖じせずに壁に触れるが何も起こらなかった。
怖くは無いのだろうか。
壁が遥日が触れた瞬間、強く揺らいだように見えて、ゆっくり目線を上にあげると、そこには薔薇の形の鍵穴があった。
「鍵が必要ってこと?」
「そうっぽいね。
じゃあここは一旦後回しにして、力くんと合流しよっか」
「はい。
向こうも何か掴んでいればいいんですけど」
旧校舎の探索をやめて、遥日に力を屋上前で集まるように呼びかけてもらい向かうことにした。
今のところ掴んでいるのは、鍵が三つ必要ということだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます