緋東結紀と異質のアリス⑪

【鍵を探せ】と書かれたメモ帳には、鍵の形だけが書いてあり、詳しいことは何一つ書かれていない。


 メモ帳に書かれているハートの形の鍵をよく見てみると、一般には使われないだろう鍵の先、つまりはになっているものだった。


「職員室にこんな鍵あった?」


 屋上の鍵は、鍵を管理している職員室にあるものだと思っていたので、【鍵を探せ】と書かれている言葉だけが目に入った時は簡単に考えてしまった。


 どうやらそういう当たり前にあるような鍵では無いようで、先程まで順調に進んでいるような気になっていたことが間違いだったと思い知らされる。


 結紀の問いかけに力が首を振っているのを見て、力も知らないのだと分かると急に不安が襲ってきた。

 

「鍵って……前あった?」


「いや、なかったと思います」

 

  顔を見合せて話している遥日と力の会話が聞こえてきて、二人が攻略した頃には鍵がなかったことが分かった。


 それならば何故鍵が出現したのか分からず、三人で顔を見合せた。


 一体この鍵が何を指し示しているのか、鍵は一体どこに存在するのか考える。

 

「……もしかして」

 

 何かを思いたったようで遥日が結紀のことを見た。


 そして力も何かに気がついたように目を開く。


 結紀だけが何か分からない。

 

「結紀くんの能力が影響してる?」


「鍵をかけろなんて望んでないですよ」


 先程クラス写真を持った生徒が現れたことを踏まえて、そう否定する。


 アリス世界に屋上に鍵をかけろなんて望んでいない。


 もしかすると無意識のうちに望んでしまったのかという考えに至って自分が怖くなる。


 結紀の考えを打ち消すように遥日が急いで否定する。


「そうじゃなくて、何か足りないからアリスの元へは行かせられないとか」

 

 結紀の持っているメモ帳を指さして考えるように、指し示す。


 遥日の指し示したことを信じてもう一度メモ帳に目を通すと、【証明しろ】と言われて行ったものには赤い丸が現れているのが目に入る。


 赤い丸がついたものとついていないものの違いは一体何なの分からない。


 しかし、間違いなく丸がついていないものを思い当たる。


 急いでメモ帳を調べると思い当たったページには【本当はどうしたかったのか】と書かれていた。

 

「本当はどうしたかったのか……」

 

 答えが出ないまま止まっているのはこの辺りだ。


 遥日の言葉を信じるのならば、アリスが【本当はどうしたかったのか】が分からないとドアを開けてくれないということなのだろうか。


 メモ帳に答えを求めて新しいページをめくると、【探せ】と大きく書かれていた。


 結紀が固まっているのに気がついた遥日がメモ帳を覗き込む。

 

「とりあえず鍵を探そうか」


「はい」

 

 遥日に助け舟を出されたことに気がついて顔を上げる。


「どうかしたの?」


 お礼を言いたいがなんて言ったらいいのか分からない。


 項垂れたまま歩き出そうとしていると遥日に声を掛けられた。

 

「ここからは僕達も探索に参加するよ。

 イレギュラーに対応するにはそれぐらいやらないとね」


「というわけだから、俺たちもガッツリ能力使うから安心しろよ!」

 

 その言葉に頷いてから、今まで参加していなかったのかと思う。


 異質のアリスの力を見たいというのが目的なら二人の手助けがないのもよく分かるが。


「勘違いしないでね? わざとでは無いよ。

 これは結紀くんの力を見るためのシミュレーションだから、僕達は元々あまり力を貸せないんだ」


 結紀の考えを読まれたようで遥日がそう補足する。


 先程から遥日は人の考えを読んでいるような気がする。


 まさか、そういう能力をお持ちで?

 

「結紀くんのメモ帳って僕の能力効くと思う?」


「え、えーと」


 遥日の能力が他者の思考回路を読むことだと思っていた結紀は思わず生返事をしてしまう。


「でも不思議の国に能力は通用しないかな」 


「何を言ってるんだこの人は」


 力がすぐさまツッコミを入れている。


 不思議の国の能力が効くのか分からなくてメモ帳自身に答えてもらおうと思い、メモ帳を開く。


 小さな文字で【結紀に作用する能力は全て効く】と書かれていた。

 

「おれに……そうです」


「んー……」

 

 遥日は力と結紀を交互に見たあとやめとくと呟いた。


 力がその言葉にほっとしているように見えた。

 

「ここで倒れても連れて帰ってくれる人居ないから、それに結紀くんにとってはこのシミュレーションは練習だからね」


「俺は遥日さんが倒れたら共倒れコースまっしぐらなんで、結紀そうなったら頑張れよ」

 

 力はそう言うと頑張れよと親指を立てた。


 いや、そうならないように逆に頑張って欲しい。


 遥日は結紀の持っているメモ帳に笑いかけると不穏な一言を発した。

 

「君も強制されたくないでしょ?」

 

 結紀に対して言った言葉ではないことがすぐに分かり、メモ帳を見た。


 メモ帳はさらに下に小さな文字で【いえす】と書いてあった。

 

「能力が拒否してやがる」


「能力って意思あんの?」

 

 力に問いかけるが、力はさあ? 自分で考えろと首を傾げた。


 遥日は何も言わずに結紀の背中を押す。

 

「どこに行こうか、リーダー」


「り、リーダー?」

 

 この場合はそうなるのかと力が呟いて頭を搔く。


 突然過ぎてなんのことか分からない。


 首を傾げている結紀に対して、力は結紀の肩に腕を回して話をする。

 

「アリス世界の治療を指揮する人のことだよ。大抵は支部長だけど、外からの支援が期待出来ない場合は、中のやつが指揮する必要がある」


「え、おれがやるの? それ」


「だってこのシミュレーションは結紀のためのものだからな」

 

 確かにそうなのかもしれないが、だからといっていきなりリーダーに任命されても困る。


 まだ何をするべきかも何をしたらいいのかも分からないのだ。

 

「おれには無理……」

 

  ぽつりと呟けばメモ帳が勝手に開き、【やれ】と書かれていた。


【やれ】と言われると更にやりたくなるのが人間ってやつだ。


 そう思っているとメモ帳に【逃げるのか】と書かれていた。


 逃げる。


 いや、逃げたくはない。


 ならどうする。


 やるのかやらないのか。


 やるしかないだろとメモ帳に言うと、【そう来なくちゃ】と書かれていた。

 

「やります」

 

 そう言うと力や遥日は口元に笑みを浮かべる。

 

「じゃあ頼むよ、リーダー」

 

 大きな声で返事をするとメモ帳も【その調子】と書いてきていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る