緋東結紀と異質のアリス③

力の後を追って長く白い廊下を歩く。


ベッドといいまるで病院のような景色に結紀は緊張を隠せずにいる。


力は結紀の様子を気にもとめずに目的地へと歩いていた。


会議室と書かれた部屋のドアを力がノックする。


返事を待たずにドアを開けた力は、結紀を部屋の中へ引っ張ると結紀の肩を叩いて外へと出て行った。



残された結紀は部屋の中を見た。



部屋の中にはホワイトボードと、白い長テーブルが中央にあり、ドラマや映画でよく見る会社の会議室のようだった。


会議室と書かれた名前の通りの部屋なのだろう。


ある程度見渡すとホワイトボードの前にいる人物が目に入った。


そこには腕を組んだ茶髪の女の人が座っていて、その横には先程見た青年が立っている。



「まあ、座りたまえ」



女性にそう言われて結紀は女性の正面になる位置に座る。


その横からいれたばかりらしく湯気の立っているお茶が差し出される。



誰が置いたのかを確認するために顔を上げると青年と目が合った。


茶色いお盆を持った青年は、緩やかに結紀に向かって微笑むとまた去って行った。



その動作に結紀は少しだけ胸が高鳴った。



男の結紀でも少しドキッとするような仕草に、女性だったらもっと沸き立っているのだろうと思う。


女性が結紀に座るように促すまで青年は動いていなかった。


いつの間にお茶を入れたのだろうか。



そんなどうでもいいことを考えながら、緊張を吐き出すように深呼吸をした。



「遥日ご苦労……少し待て。


さて、緋東結紀君だったかな?」



遥日と呼ばれた青年は、結紀が初めてみた時にも見た青いボードを持ってこちらの会話に耳を傾けている様子だ。


結紀は威圧的な女性に対して、はいとはっきり返事をする。


女性はその結紀の態度が気に入ったのか妖艶な笑みを浮かべて話しを続けた。



「先程まで君がいたのは、とある少女のアリス世界だ。


アリス世界のことはよく知っているね?」


「はい。


アリスには、罹患したことがあるので」



女性の言葉にやはりと思うのと同時に、自分が昔アリスに掛かった時のことを思い出す。


アリス世界は感染者の望む理想だけを詰めた世界の事だ。



一言で言うと、夢の世界。



現実世界のアリスに触れた人間を引きずり込み、アリス世界に巻き込んだ人間を殺す。



そうして結紀は両親を失った。




「では、問うが。


アリス世界に巻き込まれた一般人はどのようにアリスに見つかる?」


「どのように……、


アリス世界の住民に見つかってアリスに情報が流れたらですか」


「一般的にはそうなる。


しかし、実際は違う」


「違う?」



正直な話、結紀はアリスに罹患した時のことはあまり覚えて居ない。


目が覚めたら、両親は消えて葬式をしていた。


だから、アリスについて詳しいとは言いきれない。


そのため女性の話は結紀に興味深く映った。


結紀は女性の言葉を待つ。



「アリス世界の住民の視界に入った瞬間、

が正解だ」



結紀は先程自分が居た場所のことを思い出す。



生徒と目が合っていたどころか、声も掛けてしまったがアリスは来なかった。


女性の言う通りならば、その段階で結紀はアリスに排除されている。



しかしアリスを見たのは校舎裏が初めてだ。



女性の言うことと、自分に起きたことが一致しなくて結紀は首を傾げる。


その様子を見ていた女性は、結紀に指をさして言葉を続ける。



「それだよ。


君の不思議の国としての能力、

アリスに認識されても住民として

受け入れられる。


私の言うことが信じられないなら、

シュミレーションもやってみようじゃないか」


「いえ……自分でも思うことはあるので、


大丈夫です。信じます」


「まあ、どの道シュミレーションはやるんだがな」



じゃあ聞くなよと言いかけた口を閉ざして、結紀は女性を見た。


女性の言葉に青年が一瞬たじろいだ気がしたが、次に見た時には先程と変わらず黙々と何かを記入している姿が見える。



「君が、不思議の国であることがハッキリしたらまた話しをしようじゃないか。


遥日、準備は出来ているな?」



「はい、総員配置に着いてます。

何時でもいけます」


「なら、よろしく頼むよ」



青年は青いボードを抱えたまま結紀の側に近づいて、結紀の隣に立った。


女性はゆっくりと笑うと、思い出したかのように手を叩いて話しを続ける。



「あとのことは、遥日に聞いてくれ。

ああ、そうだった。自己紹介がまだだったな」



女性は顎の下で手を組むと言葉を続ける。



「私は姫宮茜ひめみやあかね


アリスケース東支部の支部長で、近い未来君の直属の上司になる。


覚えておいてくれたまえ」




女性ーー茜はそう言うと椅子を回して結紀に背中を向けた。


結紀は軽くお辞儀をしてから、青年に促されるまま会議室から出る。


威圧感からやっと解放された結紀は、廊下に出て始めてゆっくり息を吐いた。



「……疲れた? あ、ごめんね。


僕も自己紹介がまだだったね」



青年から差し出されたオレンジ色の小包紙に包まれた飴を受け取る。



茜の威圧感はなかなかのもので、外に出た瞬間に空気が和らいだのを肌で感じた。




「僕は、王戸遥日おうとはるひ


君の教育は僕が全部やることになっているから、よろしくね」


「……緋東結紀です。


俺ってここに入るのは確定何ですか?」


「不思議の国の疑いのあるものは全員アリスケースに属する決まりがあるからね」


「まるで囚人みたいな」



そうだよ、と青年ーー遥日はなんでもない事のように言った。


遥日の後を追って歩きながら、話しを続ける。


遥日は結紀が隣に来れるように歩調を緩めているようだった。



「えっと、王戸遥日さん?


シミュレーションって何ですか?」


「遥日でいいよ。


シミュレーションは、不思議の国の特訓場所だね。


擬似アリス世界をバーチャルで作りだして特訓する。


擬似世界とはいえ、実際にあったことを再現しているから、気を抜いたら危ないよ」


「……つまり、実践訓練ってことですか?」


「そうそう。


茜さん以外の人は大抵そうやって呼ぶね」



遥日の隣を歩きながら、疑問に思ったことや不思議の国のことを考える。


くだらないと思えるような質問でも遥日は何も言わずに答えてくれた。


その結果わかったことは、不思議の国は一度発見されるとアリスケースで働く以外の道を失う。


しかし、アリスケースは副業可能な職場なので、他にも様々な仕事をしている人がいるらしい。


そういう特別な対応を受けているのがアリスケースである。


それだけ不思議の国の力は珍しく、追いつけない程にアリスは発症されているということだ。



ついでに遥日は二十四歳らしい。



結紀と殆ど背丈が変わず、童顔なので高校生ぐらいだと思っていたが違ったようだ。


男にしては細身の遥日と、先程会った茜の印象が真逆でまるで飴と鞭だと思った。


茜は、茶髪に髪を巻いていていかにも仕事の出来るキャリアウーマンという見た目だ。


そして威圧感がある。


逆に遥日はどこか頼りなさそうに見えるが、安心感のある雰囲気を感じる。


丁度いいバランスなのだろうと思った。



「……結紀くん、東の人は基本的に皆いい人なんだけどね。


他の拠点に気をつけて欲しい人がいる」


「気をつけて欲しい人?」


「そいつに常識は通じない。


まあ、ここには滅多に来ないんだけど……」



遥日は一拍置いてから言葉を続けた。



王戸おうといずみ



それは一体誰なのかと問いかけようとして言葉を止める。


遥日は踏み入れられたくなさそうに笑うと、目の前に会った白いドアを開けた。

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