緋東結紀と異質のアリス②

目を覚ました時クリーム色の天井が見えた。


下を見ると白いシーツ。


そして周りにはピンクのカーテンが引かれて周りから見えないように塞がれていた。


まるで病院のベッドの上にいるようだった。



「おかえりなさい」


「……ただいま」



突然凛とした声に導かれて思わずそう返す。


首を声のした方向へ向けると青いバインダーをもって、ベッドの隣に置いてある丸椅子に座っている青年が居た。


結紀は初めて見る顔なのでこの人が誰だか分からないが、悪い人では無いような雰囲気を感じる。


こういう訳が分からない時は自分の直感を信じるべきだと結紀は思う。



そして、結紀は青年のことをよく見た。



白いワイシャツに青いネクタイを閉めた青年は、どう見ても結紀よりも年上だ。


顔立ちは整っている方で、どこか気品がある。


もしかしてお金持ちか何かだろうか。


青年のことを観察していると、カーテンの向こうから足音が聞こえた。



青年もそれに気がつくと声を掛ける。



「じゃあ、一旦後のことは任せるね」


「はい、遥日はるひさん」



丸椅子から立ち上がった青年は、そう言ってカーテンの向こう側の人物に笑いかけると、部屋から出て行った。


それとほぼ同時にカーテンが開けられて、急に入ってきた光に目を凝らす。


どかっと大きな音を立てて青年が座っていた椅子に座った人物に見覚えがあった。



「ゆきぃ、お前これから大変だぞ」


「リッキー」



呼び慣れたあだ名で名を呼ぶと、彼は驚いたような顔をしていた。



「お? なんだよそんな不思議そうな顔をして。


お前のことはうさぎちゃんが迎えに行っただろ?


その時に話しは聞いてるよな」


「何も聞いてないけど」



スポーツ万能そうに見えるが一般的な容姿をしている彼は帽塔力ぼうとうりき、結紀の幼なじみだ。


スポーツ万能そうに見えるが意外にもスポーツが苦手という弱点を持っていてスポーツとは無縁だ。


よく周りから力はスポーツ出来そうなのにねと言われているのを耳にする。


結紀の表情を見ていた力は頭を抱える。


そして何かを覚悟したような顔をして、後であのうさぎしばくと呟いた。


何を言っているのか分からずに力を見ていると、力は一回咳払いをしてから結紀に向き直した。


あのうさぎと呼ばれているのは透のことだろうか。


力とは仲が悪くて、ここまでボロクソに言われるのは透ぐらいだろう。


確かに透は赤い瞳をしていてうさぎっぽいが、そこまでボロクソに言われるほど悪いことをしたのだろうか。


疑問を浮かべながら力の言葉を待っていると、力は思いついたように手を叩いた。



「ああ、そうだ。さっきの人のことお前知らないだろ? あの人は遥日さん。


王戸遥日おうとはるひ


王戸の名前なら聞いたことがあるだろ?」


「大富豪じゃん! え、あの人が?」


「まあ、遥日さんは他の王戸とは毛色が違うからなんとも言えないけどな」



力が言う王戸とは、アリス治療の第一人者でアリスと言えば王戸と言われるほどの有名な家系だ。


アリスケースを作ったのも王戸家だが、他にも様々な事業を成功させている。


現代人でその名を知らない人は居ないと言われるほど有名な家系だ。


その家系と青年が同じ遺伝子を持っていることがどうにも繋がらない。


テレビやメディアに出てくる王戸家の人間はもっと威圧的で自信に満ち溢れている。


王戸の人間は皆、富豪として当たり前の自信に満ちた雰囲気を持っているのものだと思っていた。


そんな雰囲気からは程遠い青年の印象から王戸家の人間であることを括り付けられない。


それでも力が言うからには間違いないのだろう。


力は滅多なことでは嘘を言わない正直人間だ。


嘘も下手だし、隠し事に向かない。


だからこそ、青年が王戸家の人間であるということに驚きが隠せない。


自分の中でのイメージというものが全て打ち砕かれた気がした。



「それでもって、ここ東支部ひがししぶの総責任者だな」


「……東支部?」


「何。それも聞いてねえの?」



やっぱりあのうさちゃん役に立たねえとため息をついて力は言葉を続ける。



「アリスケース、東支部。


これからお前が所属することになるアリス専門の治療機関だよ」


「俺が?」


「そう。

お前は、この度不思議の国の異質いしつのアリスとして認定されました。


ご愁傷さまです、もうここで生きていくしかないな」




アリスケース、東支部。異質のアリス。



言葉を頭の中で転がして何も分からない。


何一つとして呑み込めていないままとりあえず頷いておく。


そして、馬鹿にしているとしか取れない拍手を繰り返す力のことは殴ってやりたかったがそれは耐える。



知らない場所で暴力沙汰は良くない。



「細かい説明は、後でうちの支部長から聞いてもらうとして……俺的にはおめでとうと言いたいぜ」


「……なんで?」



あんなに馬鹿にした拍手をしていたのに、急におめでとうと言われても意味が分からない。



そもそも何がおめでとうなのか。



不思議の国として目覚めたことなのか。



何が何だか分からないと首を傾げて、冷めた目で見ていると力は話を再開した。




「結紀の家系は不思議の国の家系だろ。


実際うちの支部は結樹さんも居るしな」


「結樹がここに?」




力の言う結樹は緋東結樹ひとうゆうきのことだ。


結紀の兄で結紀とは一文字違いの紛らわしい男だ。


結紀が後に生まれたので紛らわしいと言われるのは結紀の方なのだが、本人が思うのは自由だ。


最近はよく家に帰ってくると思っていたが、こんな近くで働いていたとは思わなかった。



結樹ももう二十六歳。



何かの仕事をしているのは知っていたが、まさかこんな近くで働いていたとは。



「まあ、ここにいれば大抵のことは分かると思うけどな」


「ここに居るのは確定なんだ」


「当たり前だろ?


不思議の国は、アリスケースに属する。


逆に言えば、アリスケース以外に居場所はないんだよ」



世界中にまん延するアリスシンドロームを唯一治せる存在が、不思議の国。


確かにその事は知っているが、そこまで言われるほど拘束されるものだとは思っていなかった。


流石にこの件は力も大袈裟に言っているのだろうから、実際はそうでも無いのだろうと思うことにした。



「まあ、俺達はまだいい方だよ。


……そろそろ、行くか」


「行くってどこに?」


「どこって、うちの支部長のとこだよ」

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