シミュレーションのアリス世界へ

緋東結紀と異質のアリス④

「着いたよ。


ごめんね、皆急に集まってもらって」


「いえ、気にしてないっすよ」



遥日に続いて中へと入ると、そこには五人の男性が居た。


知っている顔は、透と力の二人に兄である結樹だけだ。


そして見知らぬ顔の人物は二人いる。



眠たげに目を擦っている方と、今にも筋肉美に着いて語りそうな雰囲気を出している方だ。


でも決してマッチョではない。


人の顔を一通り目に入れたあと、部屋の中に視線を移す。


部屋の中はソファや机が置かれていて過ごしやすい環境のようになっているが、ガラス戸が中央に置かれ部屋の中が分けられていた。


ガラス戸の奥の部屋は物が何も置かれていなく、白い壁と床で囲まれていてソファの置かれている方と同じぐらいの広さに見える。



結紀達のいる方は薄茶色の明るい色で作られているが、ガラス戸の奥は真っ白で何も無い。


対象的な部屋は、何かの実験や研究をしているように感じた。



「これが、新しいやつ?」


「……卯宝うたか



筋肉美について語りそうな方が結紀を指さしてそう言ったのを咎めるように遥日が言う。


しかし、それを無視して男は結紀に近付いてきた。


結紀は少し後ずさりする。


それと同時にあまり関わりたくないタイプだと思った。


助けを求めるように周りを見ると遥日と目が合ったが、遥日は困ったように笑うとこの脳筋がと呟いただけで助けてはくれなかった。



「俺は高里卯宝たかさとうたか


遥日の幼なじみだよ」


「えっと、緋東結紀です。どうも」



自信満々に自分のことを指さしてそう言った男ーー卯宝は結紀の肩を叩いてよろしくなと言った。


思った通り暑苦しいが、そこまで悪い人では無いのかもしれない。



「緋東? 緋東結樹の弟? どんな漢字書くの?」


「結ぶ《むすぶ》に、紀元の紀で、結紀です」



卯宝は首を傾げて何かを悩んだ後、部屋の隅の方で隠れるようにこちらを見ていた結樹を指さして、何度も視界を彷徨わせる。


やがて何かにたどり着いたようでぽんと手を叩いた。



「一文字違い!?


平仮名じゃなきゃ分かりずれえな!」


「よく言われます……」



あれだけ悩んで出てきたのはそれだけかと呆れているが、卯宝は気が付いていないようだった。


そして結樹とは子どもの頃から顔も似てるし、名前も似てるし、違うのは性格だけねと近所の人によく言われていた。


似た名前は兄弟だから仕方ないとしても、顔は結樹は母親、結紀は父親に似ている。



顔は似ていない。



顔だけはと主張するが、誰も相手にはしてくれなかった。



せめて顔だけは違うと言ってくれ。



言って貰えなければ、結樹と瓜二つ過ぎて見分けさえつかなくなるじゃないか。



双子じゃあるまいし。



「……お前もチェシャ猫?」


「チェシャ猫?」


「……遥日説明したのか?」



結紀がよく分からないと首を傾げると、卯宝は遥日の方へ振り返る。


今からだよと遥日は言って白い部屋を背景にガラス戸の前に立った。


結紀は遥日に手招きされて遥日の隣に立つ。遥日は結紀に対して話をする。



「彼らは東支部の不思議の国。


全員がアリスに対抗するための能力を持っている。


ここには居ないけど、さっき会った茜さんもそうだよ。


それぞれの能力はそれぞれに聞いてもらうのが一番なんだけど、そんな余裕はなさそうだからのちのち聞いてもらうとして」



一度言葉を区切った遥日は部屋の中に居る全員に向けて言葉を続ける。



「今回は僕が細かいことを説明しながらシミュレーションを行います」



遥日はそう言うと結樹を見る。


結樹は遥日に見られていることに気がついたようで、一度視線を合わせてから外へと出ていく。


結樹が出て行くのを見届けた後、卯宝ともう一人の見知らぬ男性も出て行った。


部屋の中に残されたのは結紀と遥日、力と透だけだ。



「さて、と。何はともあれ実践あるのみだね。


白うさぎ、帽子屋ぼうしや準備はいいかい?」



遥日の問いかけに力と透は頷いてガラス戸の前に立った。


結紀はそう言えばガラス戸の方には扉が付いていないがどうやって入るのだろうかと疑問に思った。



「じゃあ始めようか。


そっちもいいかい?


うん。


じゃあ、いつも通りよろしくお願いします」


「はーい」



力が返事をして結紀を見る。



透は結紀の隣に立つと、結紀を挟んで力を見た。


そして力に対して挑発するように、にやりと笑って話しを始める。



「結紀。


アリス世界って、アリスに触れたら入れるけど自力で出られないだろ?


どうやってお前を迎えに行ったと思う?」


「え? 言われてみればそうだね」



一気に色々なことが起こりすぎて忘れていたが、よく考えて見るとアリス世界は一度入ると自力では出られなくなる。


透はどうやって結紀を迎えに来たのだろうか。


そもそも不思議の国はどうやって治療をしているのだろうか。


そこまで考えた所で不思議の国の能力はそれぞれに聞いた方がいいと言っていたことを思い出す。



結紀の予想通りならそれが能力なのだろう。



「……それが俺の白うさぎの能力だ」


「うさちゃんはいつも言葉が足りないねえ」


「うさちゃんやめろ、力」


「だってそれじゃあ何にもわかんないでしょ。


不思議の国の中で大まかに分類される能力の一つみたいなもんだよ。


不思議の国と言っても様々な能力があるかんね」



力は結紀の肩に手を乗せて透に対して言ってやったとばかりにドヤ顔をしている。


どうやら結紀に説明している訳ではなく、透に対抗しているだけのようだった。



「俺の能力がなかったらお前ら治療すら出来ないくせに」


「はーー?


俺たちがいなければなんも出来ないくせにそういうこと言うんだ?」



結紀の知らない話がどんどん進んでいて何が何だか分からないが、とりあえず適当に納得しておくことにした。



するとその様子を見ていた遥日が同情を濃くした顔色で結紀に声を掛ける。



「……結紀くん。


分からないことは分からないでいいと思うよ」


「そうですね……」


適当に納得しようとしていた所で、遥日に助け舟を出され結紀はそう言った。


すると思い出したかのように力が、手を叩いて透のことを見る。


透はため息をついてから悪いと結紀に対して謝って話を始める。



「俺の不思議の国の能力は白うさぎ。


アリスの世界と現実の世界を行き来するゲートを作り出す能力だ」


「ゲートを作るだけだから実践には参加しない、非戦闘要員ってやつ」


「でもゲートがなければ、治療も救出も出来ない」



透が言っていることが確かなら白うさぎの力でアリス世界に入ってきて、透が迎えに来たのだということなのだろつ。


一度入ったら出られないアリス世界でどうして治療が出来ているのか納得が行く。



しかし、非戦闘要員とは何なんだろうか。



アリス世界の治療をするだけでなく戦うこともあるのだろうか。



思わず戦うのと呟くと遥日がその言葉を拾って回答をくれる。



「戦闘にならざるを得ない状況もあるんだよ、結紀くん」


「今声に出てました?」


「うん。


アリス世界を破壊するのが僕たちの治療だから、世界を破壊されたくないアリスは勿論抗うだろ?


それに、アリスには現実世界の身体に直接ダメージを与えるブラッディと呼ばれるのもいて……」


「……色々あるんですね」



話が長くなりそうだと思いそう返す。



話が終わってすぐに遥日は耳に手を当ててゆっくり頷いた。



「向こうのセットもできたみたいだよ。


そろそろ行こうか」



遥日は結紀の手を掴んで、離れないでと小さな声で言う。


結紀は急に静かになった力と透に目線を向けながら、これから何が起こるのか少しだけの期待と大きな不安で包まれて言葉を出す暇もなかった。なのでとりあえず頷いておく。



「……いそがなきゃ、いそがなきゃ。


約束の時間におくれちゃう。


いそがなきゃ、いそがなきゃ、アリス世界へいそがなきゃ」



透はゆっくり目を閉じて手を前に出してからそう呟いた。


透の言葉に応じるように黒い穴が出現して、辺りが静かになる。



この穴を結紀は見たことがある。



透が結紀を迎えに来てくれた時にも同じ穴を見た。


そして数秒経ってから透が目を開けて口を開く。



「扉が開いた」



力と遥日はその言葉に導かれるように穴へと向かう。


結紀は半分引きずられるように着いて行った。


今度は目を開けたまま黒い穴へと入る。


穴の中は黒い空間で出来ていて遠くの方に一筋の光が見えた。



一筋の光を追って黒い空間を歩いていると、急に眩い光に照らされて目を閉じた。

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