第4話 こんやくしゃ?


 初めての魔法訓練から数日、俺はひたすら魔法の練習をしていた。幸いな事に魔法障壁は目立つ魔法では無いし、危険性もほとんど無いので練習には困らなかった。


 最初に意識したのはスムーズに魔法障壁を出せる様にする事だ。ひたすら出して消してを繰り返していく。


 何回かやっていると魔力切れで気持ち悪くなってくる。しかし回復したらすぐにまた魔法を練習する。その繰り返しを行なっていく。


 そうしているうちにある程度の形なら自由に出せる様になった。今の俺ならハート型だろうが、パイナップル型だろうが容易いぜ。


 そんな優雅な魔法ライフを送っていると父親に呼び出された。俺は使用人に付き添われながら父親の書斎へと足を運ぶ。


「父上、お待たせしまた」


「よく来た。ノーマンから聞いてるよ。彼はゼイドには才能があると誉めていた。父親として鼻が高いことだ。それに使用人たちからも連日、魔法の訓練をしていると聞いている」


 どうやら父親は俺の魔法の進み具合を確認したらしい。ノーマン先生は父親に俺のことを才能があると言った様だが、信じられない。


 我が家は公爵家なのだ。その嫡男に向かって「コイツ、才能無いっすわ」とは言えないだろう。


 そんな訳でお世辞を魔に受けてはいけない。所詮、俺は凡人なのだ。肉体のスペックが高い事を加味しても精々、中の上くらいだろう。


「ありがとうございます」


「そこで今日は一つ話がある。本来ならもう少し後にしようかと思ったのだが、今回の事件があったからね。少し時期を早めたんだ」


 今回の事件というのは俺の記憶消失のことだろう。本当は記憶どころか人格がチェンジしてしまっているのだが、それは言えない。


「何でしょうか?」


「うむ、ゼイドに婚約者が出来た」


「こんやくしゃ?」


 俺は父親の言った言葉の意味が理解できなかった。思わずそのまま返してしまう。きっと気のせいだ。まさかこの俺に婚約者なんて出来るはずがない。


「そうだ、婚約者だ。なかなか可愛い子だぞ」


「…………」


 最悪だ。俺に婚約者が出来るなんて。結婚は人生の墓場だと従兄弟の兄ちゃんが言っていた。一度死んで、これから断罪の可能性がある俺をさらに墓場に押し込もうとするこの所業。人とは思えぬ。


「えーと……父上、私に婚約者はまだ早いかと……具体的には三十年くらい」


「ははは! ゼイドは前より少し面白くなったね。でも婚約者は家同士の決め事でもある。一度決めたらそう簡単には覆せないのさ」


 なんてこった。公爵家のスネを齧ろうとしていた俺のスネを齧ろうとする存在が現れるなんて。そもそも原作ゼイドには婚約者なんていなかったじゃないか。


 いやもしかしたら原作にもいたのかもしれない。そこは語られていないだけという可能性もある。設定だけはされてたパターンだ。


「そうですか……」


「来月の頭に両家の顔合わせがある。それまでにきちんと準備をしておきなさい」


「はい……」


 流石に父親に逆らえる訳もなく静かに頷く。貴族の家系という以上、結婚というのは仕方ない。これは転生した時から何となく分かっていた事ではある。がっつり目を逸らそうとしていたが。


 逆に考えよう。むしろ俺と婚約させられる令嬢が哀れだと。原作から大幅に劣化したゼイドと婚約させられるのだ。俺ならゴメン被るね。


 父親の書斎から出て自分の部屋へと戻る。顔合わせは来月だ。それまでに魔法の腕を磨いてこう。最低限、婚約者の前でカッコつけられる様にしておかなければ。


「ぷ、公爵家の嫡男のくせにその程度の魔法しか使えないなんてゴミクズじゃーん」


 とか言われる可能性もある。もしかしたら公爵家の嫡男は無能なんて噂をばら撒かれるかもしれない。そうなったらニートになるしかない。


「ぼっちゃま、何のお話だったんですか?」


 部屋に戻るとそこにはサリーがいた。どうやら俺の部屋で簡単な掃除をしていたみたいだ。


「俺に婚約者ができたって話」


「まぁ! それはおめでとうございます。どこのお家のご令嬢なんですか?」


「いやそれは知らん」


「えぇ……そこは普通、気になるところなんじゃ無いですか?」


 サリーは俺の婚約決定に喜びの声を上げる。そしてどこの家の令嬢と結婚する聞いてくるが、俺は何も知らない。


「全然気にならない!」


 ちなみにサリーの前ではわりと素で喋るようになった。それは取り繕うのが面倒になったからだ。俺の身体はまだ十歳。口調を変えても怪しまれる事は少ないと考えた。


「ぼ、ぼっちゃま……ご自分の婚約者の事なんですから少しは興味持ちましょうよ……」


「わざわざ調べなくてもそのうち教えて貰えるだろうしね。だから聞く必要はないのさ。それよりも騎士団の所、行ってくる!」


「はぁ……まさに姫より剣、ですね」


 全然知らない言葉だが、恐らく花より団子的な事なのだろう。しかしそれよりも俺は騎士団の訓練を見たいので足早に部屋から出る。そして騎士団の訓練所を目指す。


 庭に出て、訓練所の方へ近づいていくと声が聞こえてくる。


「そこ! 素振りが甘い! 脇をもっと締めろ!」


「「「はい!」」」


 訓練所に着くとそこでは団員たちがひたすら素振りをしていた。指導しているのは副団長のダントーだ。短い金髪に鍛えられた身体。身長も高く、見る者に威圧感を与える姿だ。


「む、ぼっちゃん。また来たんですかい?」


 しかし仕えるべき主人の息子には甘いらしく、俺が騎士団の訓練に顔を出すのを嫌がる素振りはない。


「うん。そういえば僕にも婚約者ができたんだってさ」


「おおう、それはおめでとうございます! それならぼっちゃんも婚約者を守れるように強くならないとですな」


 婚約者が出来たという報告をすると副団長の方から俺の望んでいた言葉をくれた。こちらとしては何とか鍛える口実が欲しかったのでありがたい。


「確かにそうかも。僕もここで一緒に訓練しても良い?」


「大歓迎でさぁ! ぼっちゃんがいると団員たちも引き締まりますしね。おーい、誰かぼっちゃんの分の木刀を持ってきてくれ!」


  騎士団としては守るべき対象がそばに入れば訓練にも身が入りやすい。公爵自身が来たら恐れ多いが、まだ子供である俺なら丁度良いのだろう。


 そして団員から手渡された木刀を握る。こんなものを振り回すのは小学生の頃、栃木に林間学校で行って以来だ。あの時はみんなお土産で木刀を買ったものだ。


「さぁ、ぼっちゃん。どこからでも掛かってきてください」


「僕、剣なんて持った事ないのにいきなり戦うの?」


「まずはぼっちゃんの動きを見て、どういった教えをしていけば良いか考えるんでさぁ」


 なるほど。まぁ俺としてもいきなり素振りを何百回もやらされるよりは良い。副団長なのでこちらが全力で挑んでも問題ないだろうし。


「とりゃー!」


 とりあえず全力で前へ飛び出る。すると自分が思っていたよりも速いスピードが出る。この辺りはゼイドの肉体スペックが高いからだろう。


 正面から木刀を振り下ろすものの、あっさりとダントーに受け止められる。今度は横から木刀を叩き込もうとするが、これも簡単に止められる。


「くぅっ……!」


「はい、ぼっちゃん、頑張って」


 このままで終わるのは悔しいので、色々な角度から攻撃していくもののどれも通る気配がない。ダントーは鼻歌でも歌いそうなレベルで余裕だ。


 そして結局は俺の体力切れで勝負が終わる。戦いが終わった後は疲れて地面へと座り込んでしまう。


「初めての割りには動けてましたね。身体能力が高い証拠です。ただ……」


 やはり肉体のスペックはゼイドのままの様で身体能力は高いみたいだ。そして後半は何故かダントーが言い淀む。


「才能は無い感じ?」


「うーん、何てお伝えしたら良いか……」


「はっきり言って良いよ」


「ぶっちゃけ、騎士の様な王道剣術は向いてないですね。どちらかと言うと蛇道な剣術の方が向いてるかと思いやす。言い淀んだのは公爵家の嫡男ともあろう方に蛇道な剣を勧めるのもと思った次第でさぁ」


 なるほど。ダントーが言い淀むのも分かる。いずれ公爵家を継ぐ俺の剣が蛇道なものであると貴族としての示しが付かないと考えたのだろう。


「強くなれるなら何でも良いよ。教えて」


 今の俺にとって大切なのは強くなる事だ。魅せる剣なんてものは後で覚えれば良い。そう考えて騎士団に剣の稽古をつけてもらう事となったのだった。

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