第3話 魔法の訓練


 それからしばらくの間、俺は大人しく過ごした。強いて言うなら騎士団の稽古を見にいくようになった事が変化だ。


 これは後々、身体能力を鍛える事を見越して今のうちから訓練を目に焼き付けておこうと思ったからだ。さらに普段から騎士団の訓練に顔を出しておく事で武術に興味ありますアピールにもなる。


 そしてとうとう魔法を学ぶ日がやってきた。俺はワクワクして日の出前から起きていた。というより毎日暇すぎて疲れる事もないから眠くないだけなのだが。


「今日からゼイド様に魔法を教えさせていただくノーマンと申します。よろしくお願いします」


 魔法の講師としてやってきたのは60代くらいの男性だ。人畜無害な父親の知り合いという事で同じくらい人畜無害そうな雰囲気だ。


「よろしくお願いします!」


 俺はノーマン先生に頭を下げる。これからこの世界を生き抜くためには魔法は必須だ。しっかりと教わらなければならない。


「まずは魔力を身体で感じる所から始めましょう。私の手に触ってみてください」


 ノーマン先生が差し出してきた手を俺は握る。するとそこから何やら温かいものが出てくるのを感じる。


「どうですか? 私は今、手に魔力を纏っています。感じ取れますか?」


「何となく分かります」


 俺の言葉を聞いたノーマン先生はにこりと微笑んでから手から魔力を移動させる。


「どうですか?」


「感じていたものが動いてどこかにいきました」


「その通りです。はい、手を離して下さい」


 俺はノーマン先生から手を離して自分の手のひらを見つめる。先ほど感じた魔力を忘れないようにするためだ。


「ゼイド様には魔力が動く流れを感じて貰いました。では次に自分の中にある魔力を取り出してみましょう」


「はい!」


 勢いよく返事をする。俺は昔から返事だけは一人前なのだ。


「目を瞑って、先ほど感じたものを自らの中から取り出す事をイメージして下さい」


 言われた通りに目を瞑る。しかし身体の中からといっても何処から魔力を取り出せば良いのか分からない。


 脳なのか、心臓なのか、丹田なのか、股間なのか。そういった具体的な指示をして欲しいところだが、口には出さない。口に出したらまるで才能が無いように見えてしまうからだ。見栄っ張りの俺としては我慢ならない。


 こうしてしばらくの間、色々な所から魔力を取り出すイメージをするが成功しない。何となくイメージがピンと来ないのだ。


「ゼイド様、焦る事はありませんよ。魔力を操るのは初歩的な事ですが、だからこそ難しいのです。ゆっくりやっていって下さい」


 一向に成功しない俺にノーマン先生が優しくそう告げた。非常に悔しいが、なかなか魔力を取り出す事が出来ない。もし原作のゼイドなら欠伸をしながら成功する場面だ。


 もしここが地球だったのならスマホでコツや裏ワザを検索するのに。


 そう思った瞬間に左手に魔力が宿る。


「え……?」


「おぉ! やりましたね、ゼイド様。魔力を取り出すことに成功しましたよ。それにしてもいきなり左手に魔力を宿すなんて珍しいですね」


 ノーマン先生が俺を褒める。だが成功した当の本人である俺は何が起きたかよく分かっていないので頭を整理する。


 俺は魔力が取り出し方が分からなかった。そこでスマホで検索したいと考えた。すると魔力が左手に宿った。


 俺にとって「取り出す」というイメージで最も印象が強いのが「スマホを取り出す」という動作だった。そのイメージに引っ張られて「魔力を取り出す」の方もスマホと同じポケットから出てきたのだ。そして左手に宿った。


「(恐るべし、現代若者のスマホ依存……)」


 正直、心臓から魔力を取り出すとか、丹田から魔力を取り出すとかしてみたかった。ポケットから魔力を取り出すというのはショボい気がする。とはいえ成功は成功だ。喜ぶこととしよう。


「魔力が取り出せたので次へ進みましょう。次は無属性魔法です」


「無属性魔法……」


「無属性魔法は誰にでも使う事ができます。生活魔法や身体強化、魔法障壁などがそれに当たりますね」


 無属性魔法は誰もが使えるのでステータスの魔法欄にも載らない。ちなみに原作ゼイドは魔法障壁を一瞬で数十枚出すなどしていた。


「その中でまずは魔法障壁を覚えましょう」


「どうして魔法障壁が最初なんですか?」


「魔法障壁が一番安全に訓練できるからですよ」


 ノーマン先生によると下手に身体強化をすれば逆に身体を痛める可能性があるとの事。また強化具合を確かめる時に加減がわからない最初のうちは事故が起きやすいらしい。


 生活魔法は無属性と言いながらも火を使ったり水を使ったりするので最初に覚えるのには向いていない。


 魔法障壁なら展開した後に手で触ってみて障壁が出来てるか確認するだけで済む。


「なるほど! ありがとうございます」


「ではまずお手本を見せます。いきますよ、魔法障壁!」


 ノーマン先生は両手を前に出して魔法名を叫ぶ。しかし一見しても何が起きたか分からない。


「ゼイド様、私に正面から触ろうとして下さい」


 俺は言われた通りにノーマン先生に向かって手を伸ばす。すると透明な何かにぶつかる。俺はその壁のようなものをペタペタと触ってみる。


「これが魔法障壁ですか?」


「はい。魔法障壁は透明なので目には見えないんです」


 俺はその壁がどこまで続いているか調べるために色々な所を触っていく。すると横側はノーマン先生の身体をはみ出たくらいで途切れる。


「魔法障壁はどのくらい大きさか使っている本人は分かるんですか?」


「ええ、術者には感覚的に障壁のサイズが分かりますよ」


「なら形を変える事も出来るんですか?」


 俺がそう聞くとノーマン先生は僅かに目を見開く。


「ゼイド様はなかなか賢いですね。そうです、魔法障壁は術者のイメージにより形を変える事ができます」


 ゼイド先生の説明によるとまず魔法障壁の形は自由に変える事が出来る。ただしあまり大きくし過ぎると魔力の消費もその分大きくなるらしい。そのため全身を覆うような形はおすすめしないとの事だった。


 また形が変えられるといっても、ある程度使い慣れたら作りやすい形というのが出てくるらしい。そのためほとんどの魔法使いは障壁を固定の形で使う事が多いのだとか。


「敵が攻撃してきた時に咄嗟に魔法障壁を出すのに形を考えてからでは遅いでしょう?」


「なるほど! じゃあノーマン先生にとって使いやすいのはこの四角い形なんですね」


「そうなりますね。ではゼイド様も試してみましょう」


「はい!」


 俺はノーマン先生に言われた通り、魔法の準備に入る。この世界では複雑な魔法には呪文を使う事があるが、シンプルな魔法は魔法名だけで出せる。


「魔法障壁!」


 俺は今見たばかりの魔法障壁をイメージして魔法名を唱える。すると左手から魔力が動く気配がする。しかし何も起こらなかった。


「……でない」


「ふふふ、初めはそういうものですよ。練習していくうちにできる様になりますから」


 俺は先生に言われた通りに何度も魔法名を唱えながら魔法障壁を出そうとする。


「魔法障壁!」


 しかし思う様に魔法が出てこない。ただ自分が天才ではない事を自覚しているので問題はない。これからたくさん練習してマスターすれば良い。


「まほーしょーへきー!」


 それから数時間ほどひたすら魔法障壁と唱え続けた。そして日が沈み始めた頃にようやく魔法を出すことに成功する。


「で、でた……!」


「おめでとうございます。初日でここまで出来れば十分ですよ。今日はもう遅いからここまでにしましょう」


「はい、ありがとうございました!」


 俺は喜びで小躍りしたい所だったが、ノーマン先生の前で変な事をする訳にはいかない。お礼を言って丁重に彼を見送る。


 そして一人になって自室へと戻る。疲れたので今日は早く寝れそうだった。出した魔法障壁の形はノーマン先生と同じ四角形のものだった。大きさは彼の半分くらいのサイズだったのだが、最初だからこんなものだろう。


 まずは魔法を学ぶという最初の目標を叶える事が出来た。ここからしっかりと鍛えていきたい。そう思ってその日は就寝するのだった。

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