第2話 才能とか欲しいよねぇ
俺が異世界で目覚めてから数日。それまで部屋で大人しく過ごしていたが、それに飽きたため父親に外出許可をとる事にした。
「父上、外に出たいです」
「ダメだ」
「はーい」
健闘虚しく交渉は失敗に終わった。延長線の末、PKまでいったかのような闘いだったが俺の力はギリギリ及ばなかった。
大人しく部屋へと戻る。するとそこにサリーがやってくる。
「ぼっちゃま、お外に出たいんですか?」
「出たいんです」
これはサリーが外に連れ出してくれる流れかもと思い必死に頷く。それを見てサリーが考え込む。
「確かにずっと室内にいるのも良くないですよね。私の方から旦那さまに確認して参りますね」
サリーは俺の願いを汲み取って父親へ交渉に行ってくれた。持つべきものは専属のメイドだ。俺の家にあったお掃除ロボットとは比較にならない程の有能さだ。
その間に俺は今後のプランについて考える。とりあえず原作が始まるのは五年後だ。それまでにある程度、鍛えておかなければならない。
残念ながら俺に魔法の才能はほとんど無い。そのため唯一持っている次元魔法とやらを集中して鍛えるしかない。俺の中身は凡人である。もし原作ゼイドの様にあらゆる属性を持っていたら器用貧乏になる可能性もある。そのため魔法の才能が一つだけというのは不幸中の幸いなのかもしれない。
またスキルの方は成長促進こそ持っていないものの剣術と体術は持っている。これを鍛えればそれなりの戦力は目指せるだろう。
「あとはレベル上げだな」
この世界にはダンジョンというものが存在している。そこでレベルを上げるか、森などにいるモンスターを狩ってレベルを上げるかの二択だろう。人を殺すというのでもレベルは上がるがハードルが高すぎる。むしろこっちが殺されそうだ。
「ぼっちゃま、ただいま戻りました。旦那さまから私が一緒であれば、庭に出る事をお許し下さいました」
父親から見事、勝利をもぎ取ったサリーが戻って来た。俺が父親の体力を削っていたお陰だあろ。本当は街に行きたかったが、庭でも良い。ずっと部屋にいるよりはマシだ。
「ありがとう、サリー。それじゃあ一緒に行こう」
俺はとりあえずサリーについて庭に向かう。屋敷を出るとそこは綺麗な庭が広がっていた。まるでテレビで見る様な西洋の庭園だ。
庭の構造はきちんとシンメトリーになっている。振り返って屋敷の外観を見てみても同様だった。手入れがきちんと行き届いており、視線の先には複数のメイドや庭師などが何やら作業をしていた。
「どうですか、久しぶりのお外の空気は?」
「うん、なんだかすごく気持ち良いよ」
「ふふふ、なら良かったです。ぼっちゃまがいきなり頭を押さえて倒れた時は本当にどうなる事かと思ったんですよ?」
サリーは俺が倒れた時の事を思い出して不安そうな顔をする。どうやら俺は屋敷の中で急に頭を押さえて苦しみ出して倒れたらしい。それから五日ほど眠っていたのだとか。
倒れる以前の事は残念ながら思い出せない。それに関しては家族やサリーに申し訳なく思うが仕方ない。
「そういえばサリーって魔法は使えるの?」
俺は転生して気になっているランキング一位の魔法について尋ねる。するとサリーはあっさりと答える。
「簡単な水魔法程度でしたら使えますよ」
「おぉ! 見てみたい!」
「やっぱりぼっちゃまもお年頃ですね。魔法に興味が出てくるなんて。私の魔法で良ければ見せて差し上げますよ?」
サリーは俺の態度に微笑みながら答える。彼女はお年頃だからと言うが、何歳になっても魔法とは気になるものだ。
「ウォーターボール!」
サリーが呪文を唱えると手のひらに小さな水球が出来上がる。それに俺は興奮する。
「すごい! 魔法みたいだ!」
俺はテンションが上がってアホみたいな感想を言ってしまう。それにサリーは苦笑いする。
「もちろん、魔法ですから。それにぼっちゃまももうじき魔法を習えますよ」
「そうなの?」
「はい。貴族の子供は十歳になると魔法を習い始めるのが慣例なんです。ぼっちゃまも体力が回復すれば近いうちに魔法の授業が始まりますよ」
「やったー!」
俺は思わぬ報告に喜ぶ。これでとりあえず魔法を学ぶ目処はついた。あとは剣術などを学ぶ機会が欲しいのだが、焦りすぎも良く無いだろう。
魔法を学んだ自分の事を想像してワクワクする。きっと次元魔法は空間魔法の上位互換なので、マスターすれば転移とかであちこちに遊びに行けるだろう。夢が膨らむ。
「ぼっちゃま、なんだか目覚めてから少し変わられましたね」
「いっ⁉︎」
サリーの思わぬ一言に俺は固まってしまう。そういえば以前のゼイドがどうだったかなど全く気にしていなかった。そもそも記憶を失っているのだから気にしてもしょうがないと思っていたのだ。
「そ、そうかな?」
「はい。以前のぼっちゃまはあまり物事に関心の無いような雰囲気でしたから。今みたいに感情を表に出すのも稀でしたし」
原作ゼイドは才能溢れすぎる系男子だ。何でも出来てしまうので、物事への執着というのが薄いという特徴があった。彼は幼い頃からそうだったのだろう。
「記憶を失う前の事は覚えてないや……ごめん」
とりあえず罪悪感が掻き立てられそうな表情をして誤魔化す。すると案の定、サリーが慌てる。
「い、いえ……! 決して今のぼっちゃまを悪く言っている訳ではありません! むしろ今のぼっちゃまの方が子供らしくて可愛らしいです!」
悲報。俺氏、二十歳を超えているのに十歳だったゼイドよりも子供っぽいと言われる。
「ありがとう!」
自らの精神年齢の幼さを指摘され恥ずかしかったが、きちんとサリーにお礼をいう。悪役にならないためにはこういった細かい積み重ねが大切なのだ。
首チョンパは嫌なのである。せめて服チョンパくらいにして欲しい。まぁそれはそれで公然猥褻罪で捕まりそうなのだが。
「さて、そろそろお屋敷に戻りましょう。あまり長居して風邪を引いてもいけないですし」
「はーい」
こうしてお庭での寛ぎタイムが終わり、自分の部屋へと帰る。そしてサリーは仕事のため俺の部屋から出ていく。一人になった俺はさっそく先ほど見た魔法について考える。
「うーん、魔法を習う前にまず転生者らしく魔力を感じる訓練でもしてみるか」
サリーからはもうじき習えると聞いたが、俺はそれまで我慢できない。そこで多くの転生者たちに習ってまず魔力を自覚するところから始める事にする。これなら一人でも出来る。
俺はベッドの上で瞑想のようなポーズをして集中する。漫画や小説であるように丹田を意識してみる。するとそこに温かい何かを感じたような気がしないでもない。でもない。
いくら中身が俺になっているとは言え、身体は天才ゼイドのものだのだ。魔力を感じるくらい簡単に出来るはずだ。そう思って俺は更に集中する。
「………………」
そして気付いたら数時間ほど寝ていた。やはり憑依だか転生だか分からないような半端者の俺では魔力を自ら感じるなど不可能だったようだ。
「ちょっと俺の要素が強すぎないか……? もう少し原作ゼイド要素入れてくれよ」
チートの無くなった悪役などただの脇役である。残念なスペックとなっている自分の身体を恨めしく思う。
「まぁイケメンだから許すか……」
顔面は原作ゼイドと同じなのでイケメンである。濃い紫色の髪がイカしている。若干、眼が原作ゼイドよりも覇気が無い気がするが許容範囲内だ。
そしてそんな顔面だけ野郎でも公爵家の令息なので、ご飯には困らない。良い環境である。むしろこのままぐーたらして一生を過ごしたい気分だ。母親は俺を溺愛してるからいける気がするのである。
そこまで考えてサリーの事を思い出す。彼女は精一杯俺に支えようとしてくれている。それなのに俺がヒキニートになったら彼女も悲しむだろう。
という訳でまずは彼女に褒められるために頑張る事にする。モチベーションは近いところにあった方が頑張れるものだ。断罪なんて先の話を気にしていてもしょうがない。というより忘れておかないと凡人の俺には耐えられない。
こうして俺は一日中、魔力を感じる訓練をするのであった。ただし何の成果も得られなかった。
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