第19話

 ローレンツ力により発射された極超音速の砲弾は、表面のアルミニウムを溶かして光りながら敵を貫こうと突き進むが、第一射以降、敵機を掠めることすらできない。

 僕は焦りを感じながらも、スコープ越しにターゲットを睨み、トリガーを引き絞る。

 すでにミサイルや機銃など、RF-6による〈ペルセウス〉の支援が行われているが、すでに二機が落とされている。僕は友軍への誤射も考えながら、射線に注意を払ってレールガンの照準を合わせた。

 メテオリート――隕石と訳せるこの四つのレールガンでも、発射から着弾まで二秒以上のタイムラグがある。せめて近づいてくれればそれだけ命中精度も上がるが、それは同時に〈アルフェラッツ〉の、僕の危険が極大に増すことと同義である。

 レールガンの発射速度は加える電流の量に比例する。その理屈ならば、四つの砲身ではなく一つの砲身に電流を集中させればもっと早く砲弾を発射できるはずだ。

 しかし、それはできない。理由は二つ。砲身及び砲弾強度、バランス制御である。

 速度表皮効果の制御も近年確立され、従来の艦船搭載型に対して、より効率化された小型高性能レールガンは実用化されつつある兵器である。

 それでも、携行できる電力、発射時の反動、極超音速での摩擦熱による砲弾のガス・プラズマ化、それによる運動エネルギーの減少、電力チャージタイム等、問題は解決しきっていない。

 それら各種のパラメータの上限値と、シミュレーションでの有効性、砲弾速度と射程距離、その最適値を評価関数で導き出した結果が、〝メテオリート〟なのである。砲身が四つなのも、一点に集中させた時の威力の高さもあるが、主たる目的は、次弾発射までのチャージタイムを稼ぐための、謂わば長篠の戦いにおける鉄砲の三弾撃ちと同じ考えの下で生まれた単純な発想によるものだった。

 もしここで一つの砲身に大電流を流して発射しても、砲身内のレールが融解・プラズマ化してしまう。砲弾も耐熱処理と衝撃波の刃から守るための形状をしているものの、工業的規格ではマッハ八が上限だ。折角の初速が活かしきれていない。

 だから、僕は現状のまま戦うしかない。

 と、僕は高速で格闘戦ドッグファイト中の友軍と敵機を見て、不審に思った。スコープを最大望遠にしてみる。

「あ……」

 僕は言葉を失った。

 これまで、〈ペルセウス〉とRF-6、そして敵機が入り交じって戦っているのをひたすら援護に徹していて意識していなかったが、望遠にしたスコープ越しに、〈ペルセウス〉の白い腕から何やらヒラヒラと紐のような物が靡いているのが見えた。

 それは、筋肉と同じように、ハルクレイダーの四肢を動かす特殊繊維である特定電圧型疑似筋肉繊維V I M Fだった。左腕が、肘の先からなくなっていたのだ。

 人型兵器と戦闘機以外に幾つもの色の幾つもの光点が、まるでUFOのように不規則な軌道を描いて飛んでいるのが見える。そして今、ちょうど紫色の光りに穿たれ、一機のRF-6が空中で爆散した。

 記録映像でしか見たことがないが、あれが連合の使う『魔法』なのだろう。フィオナの話と照らし合わせて予想するなら、あれは魔力素という粒子の塊で、それを操作しているのだろう……と思う。

 関節は構造上脆い部位だが、VIMFは繊維強化プラスチックF R Pのように高比強度・高靱性の素材である。装甲材に守られていなくても、機銃の一発程度なら無傷であるはずなのに、それをあっさりと破壊してしまった。あれを装甲の上から受けても、かなりのダメージを受けてしまうことは想像に難くない。

 僕は先ほどよりも焦燥感を持って敵機を狙い撃つ。

 と、一機のハルクキャスターの白い左足が、太股の中程から千切れ飛んだ。レールガンが一発命中したために。

 そこへ、〈ペルセウス〉が急加速してその機体を沈めようとするが、間に入った指揮官機に構えていたライフルを叩き落とされ、胸部にドロップキックの一撃を入れられ、空中でバランスを崩した。

 僕はそんな〈ペルセウス〉を援護すべく再びトリガーに力を入れるが、足を失った一機が、あろうことかこちらに迫ってきていた。

 むしろよく今までこちらに責めてこなかったなと思っていたくらいだ。恐らくこちらの存在を軽視していたか、背中を見せることで〈ペルセウス〉に隙を見せてしまうことを躊躇ったか。予想はしていても心中で慌てる僕の思考では彼らの考えはわからないが、一機がこちらに向かっているという事実は確かなのだ。

 僕はひたすらトリガーを引き続けた。接近してきたということはそれだけこちらの攻撃が当たりやすいということだ。とにかく撃ちまくった。

 だというのに、弾は当たらない。ローリングと左右旋回を繰り返す機動で、高速のまま突っ込んでくるハルクキャスター。

 僕は一度砲撃を止め、両肩のミサイルポッドを展開した。多連装ロケットM L R Sのケースのように小分けにされた格納ベイのハッチが開き、片側六基ずつ、全一二基の対空ミサイルが顔を覗かせる。

 これは中距離から近距離における防御用として使われるものである。装弾数は、一つのケースに一発ずつ、計一二発の装填だ。また、赤外線誘導とレーザー誘導を任意に切り替えて追尾するタイプである。

 両肩から計一二発のミサイルが、時間差で発射される。

 かなり距離を縮めていたハルクキャスター〈ハイドラ〉は、一度距離を取り、ミサイル群を引きつけた。急上昇して急後退、そして急降下。鋭角的な動きを見せる敵機に、ミサイルは緩やかな軌道で追っていく。急降下した〈ハイドラ〉は海面ギリギリでほぼ直角に軌道変更し、そのままこちらへ迫ってくる。敵機接近のアラートが耳に響く。

 先頭のミサイル群が、急な方向転換に対応できず、四基が海面に激突し、爆発した。しかし、残りのミサイルは事前に軌道を変更し、〈ハイドラ〉に追い縋った。

 僕はレールガンの照準を直進してくる敵機に合わせ、トリガーを引く。少しずつ軌道をずらして二発を放つが、トリガーの動きに合わせるようなタイミングでの急旋回によって回避され、そのうちの一発が後方から敵機を追うミサイルの一発に当たり、爆散した。

「くそっ」

 僕の中の焦りがどんどん大きくなる。

 未だに敵機の後ろには、まるで編隊を組んでいるように統率された動きをするミサイルが七基、得物を狙って後を追う蛇のように、執拗に追跡している。後方から当たればダメージは通ると思うし、防御に徹して無事だったとしても、動きが止まればレールガンで撃ち抜ける。

 そんな、焦燥の中で思い組み立てた希望は、すぐに打ち砕かれた。

 〈ハイドラ〉が空中で旋回する中、その周囲に直径一メートル弱の四つの光球が現れ、紫色の光を放ちながら後方に迫るミサイルへと向かっていった。ミサイルは障害物の接近に対応できない。そのまま光球へ衝突したミサイルは、光球と共に爆ぜた。さらに、同じく四つの光球を作り出し、残りのミサイルを全て撃ち落とした。

 しかも、それを空中で旋回しながらやってのけたのだ。僕はもちろんトリガーを絞り続けたが、敵機の動きが鈍った感じはしない。まるで生き物のように、光球はミサイルを撃墜させたのである。機体の機動など一切影響を与えず。

 再び警告音がした。ピーピーと鳴くその音は、接近警報。しかも、二次元レーダー上では自機と同一地点に反応がある。

「上っ!」

 咄嗟に危険を感じ、ほとんど滑り込むように機体をステップさせた。

 その、さっきまで〈アルフェラッツ〉が立っていた場所が、爆発した。地面が抉られ、滑走路のアスファルトが宙を舞い、機体にパラパラと降り注ぐ。普通、滑走路のアスファルトは航空機の着陸に耐えられるように道路のものよりも高強度に作られている。直撃すれば、装甲が凹む、くらいで済むはずがないことは容易に想像できた。

 ピーピーピーと、再び警告音が鳴り響く。

 今度は何だと機体を立て直すと、まるでトラックに刎ねられたかのような衝撃に襲われた。一瞬メインカメラからの映像がブラックアウトした。

 何も見えないが、なぜか状況が理解できた。

 敵機に体当たりされたのだ。

「くっ、こんのぉぉぉ!」

 僕は吹っ飛ばされまいと、〈アルフェラッツ〉の腕を操作し、敵機にしがみついた。

 その行動に、敵機は慌てた様子を見せた。

 〈アルフェラッツ〉はそのまま〈ハイドラ〉にしがみつき、振り払おうとする動きにも抵抗した。見る者がいれば、まるで落ちないようにしがみつく不格好な姿に見えることだろう。

 機体が運ばれていくのがわかる。基地の外、海岸方面。そこを越えれば、すぐ道路を挟んで住宅街に入ってしまう。避難はしているのだろうが、だからといって無暗に家屋を—―生活の基盤やその人の日常を壊したくはなかった。

 〈アルフェラッツ〉の右手で、〈ハイドラ〉の丸いシンプルな頭部に、アイアンクローのように掴みかかった。そして、左手を右腕へ持っていく。バランスが悪くなるが、同時に敵機の頭部が軋み始めた。首の付け根が過重によってもげそうになっている。

 右腕のウエポンラックから、高周波振動ナイフを取り出し、逆手で保持する。それを振り上げ、一気に肩口に突き立てる。

 しかし、そう簡単に刺されてはくれなかった。

 取り出したナイフに危機感を覚えたのか、敵機は強引に脚を折り畳み、両機の隙間に押し込んだ。そして、一気に力を解放するように、脚を伸ばしてしがみつく機体を蹴り飛ばそうとする。

 コックピットが再び大きく揺さぶられた。

 〈アルフェラッツ〉はそのまま地面への直撃コースに入った。それでも悪あがきにナイフを振り下ろしたところ、運良く敵機の右足に刺さった。最初はそれなりに抵抗を感じたが、すんなりと刃が入り、敵機の太股が引き裂かれた。

 しかし、結局重力に逆らうことができず、〈アルフェラッツ〉は眼下の小さな砂浜に叩きつけられた。バックパックの背部スラスターで勢いをある程度殺したが、それとパイロット保護機能である慣性制御装置イナーシャルキャンセラーをもってしても、体を襲う衝撃は肺の中の空気を全て吐き出させるほどのものだった。

 堤防に寄りかかるように、機体は倒れていた。コンクリートが砕かれ、機体が半ば埋まっている。

 敵機はすぐに仕掛けては来なかった。先ほど頭部を掴んだ際に頭部内の機器に異常が生じたが、掴んだ部位が部位なので、センサ類が破損したか。太股にナイフを刺したまま、敵機は大きな動きを見せなかった。

 チャンスだ。

 僕はスコープを展開させて覗き込み、トリガーに手をかけた。

 が、ちょうど両脚に挟まれる位置にあるディスプレイが、赤く点滅していた。

 それは、ダメージコントロール表示であった。

 機体のあちこちにイエローの軽傷を示す表示が出ているが、短時間戦闘ならば問題はないはずだ。しかし、胴体から伸びる補助線、その先に表示される赤い点滅が、重度の損傷を示していた。

『Molecule reactor stopped』

 顔から血の気が引いていくのがわかる。動力停止、自動車で言うエンストだが、原因は恐らく強い衝撃を受けたことでどこかが破損したか何かして、核融合が止まってしまったということだ。しかも、本体だけじゃなくてバックパック側のジェネレータも死んでいる。これではバックパックからのバイパスによって機体を稼働させることもできない。

「くそっ」

 泣きたくなった。しかし、そんなことをしても意味はない。ディスプレイにタッチし、プロパティを呼び出して、詳細な情報を表示させる。

「反応が完全に止まってる……。再起動は………、コイルの方も破損箇所あり?ああもう!これだから核融合って嫌いなんだ!」

 膨大な量のマニュアルを思い起こし、動力源緊急停止時の対応マニュアルを実行する。機体内センサの数値を確認し、エラー状況と組み合わせて対処法を決定・実行するが、動力停止による行動不能から復帰できない。

 冷静にならなければという理性が、焦燥によって憤慨へと押し流される。これで生き残ったら核融合炉の設計者か搭載を決めた連中に文句言ってやる、と思いながら、どうにかならないかと考え、しかしもう反応炉の再起動は不可能だと結論づけた。

 こうなると、機体内の補助バッテリくらいしかアテにならない。補助動力A P Uで機体を動かすには電力不足なので問題外だ。

 それでも、補助バッテリではレールガン発射までの電力を持っていない。せいぜい機体を数分動かせれば御の字という程度のものでしかない。元々こういった動力停止の事態を迎えた場合の緊急電源としての用途だが、最低限機体さえ動かせればいいくらいの容量しかないため、戦闘機動などできない。

 ミサイルは撃ち尽くした。レールガンも撃てない。敵は空中。武器は格闘戦用のものだけ。でも機体はなんとか少しだけ動くが気休め程度。

 司令部から指示を仰ごうとも思ったが、返るのは雑音のみ。敵による電子攻撃E C Mなのか落下による故障なのかはわからないが、完全に孤立してしまった不安感が込み上げてくる。

 逃げるか?

 その弱った心が、僕の中で囁いた。

 充分やっただろう?敵機を一機撃破し、一機を中破させた。軍に入って半年と経たない内に上げた戦果としては充分だ。これ以上何を求める?お前はよくやった。あとは他の奴らに任せればいい。そもそも僕はこれが初の実戦だ。だったら慣れてる奴らに任せればいい。もう僕は帰っていいはずだ。動力は停止し、もうろくに動けないのだから、帰投するには充分な理由があるだろう?敵前逃亡?司令部H Qとも芦原大尉上官とも通信途絶状態ならば、現場最先任士官である僕に指揮権がある。ここは機体を捨てて—――

 ダンッ――!!

 僕は壁を思い切り叩きつけた。

 逃げそうになる自分自身に怒りをぶつけるように、拳を振るった。

 恐い。ここにいるのも恐いけど、ここから逃げたことで起こること、友軍の戦死者や住宅地の破壊、バックグラウンドの人たちからの視線・冷評、それらを思うことも、恐い。

「動けよバカ!」

 今度はコンソールを叩きつけた。そして、何度もレバーを押したり引いたり、意味がないのはわかっているはずなのに、この状況を押すも引くも恐いのに、それでも何か変化が欲しくて、この状況が続くのが嫌で、ひたすら、とにかく何でもいいから動かした。

 まだ敵機はダメージからリカバリーしていないが、もう数秒先にはトドメを刺される自分の姿が、容易に想像できた。

「ふざけんなよ!」

 どこかのアニメならともかく、これで動くはずがない。これは最先端技術どころかある種オーバーテクノロジーとも言えるものではあるが、所詮は機械だ。そんな喚いたり感情を昂ぶらせるだけで機体が応じて動いてくれるなんてことにはならない。

(このままじゃ、敵機に…)

 破壊される様を再び想像してしまい、空中の敵機に視線が向く。

 と、そこに空と雲と敵機以外のものが、正面ディスプレイに映った。自然と、そのありえない状況に、焦りで混乱した思考は穏やかな波のように静まり、震える指は止まっていた。

 太陽のせいでいくらかシルエットになってしまっているが、それは人だった。人が堤防の上に立ち、そこに埋まる金属の巨人を見下ろしていた。

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