第18話

 芦原はメインモニターに小さく映る、大空を舞う四機のハルクキャスターを確認した。第二世代型のSCM―400〈ハイドラ〉三機と、その三機に挟まれるように飛行する第三世代型のSCM―2400〈エリダヌス〉が一機。情報によれば、第三世代型は指揮官機であることが多いらしい。ならば、あの中央の機体が指揮官機と見て間違いない。

 〈ハイドラ〉は現在のイグドラシル連合の主力機である。

 余計なものが付いていない、実に簡素な機体で、機体色はほぼ白一色。左側頭部にヘッドギアのような小さなアンテナパーツを持つ、ゴーグル状のカメラ。スリムなフォルムは〈ペルセウス〉と同じ印象を与える。〈ペルセウス〉よりもやや丸みのある印象を受ける装甲形状で、腰部装甲も側部に三角形のものがついているのみで、よく見ると股間関節がむき出しである。

 一方、〈エリダヌス〉の方はというと、〈ハイドラ〉とは違い、全体的に青い装甲が目立つ。額には〈ハイドラ〉と違い、〈ペルセウス〉のように一本の角のようなアンテナユニットが付いている。腰部には外套のように靡いている、どんな材質を使っているのかわからない装甲(?)を着けている。

 どの機体にも共通の特徴として、武装らしい武装を積んでいないことと、飛行のためのユニットを装備していないことが挙げられる。

 それもそのはず。彼らは増幅された魔法を攻撃手段とし、飛行魔法を使って一〇メートルの巨体を飛翔させている。まさに、巨大な金属の魔法使いと呼べるものだった。

 現在の〈ペルセウス〉の装備は右手に持つ四〇ミリアサルトライフル、両腕に内蔵した展開式の高周波振動ブレード、手の甲に仕込まれたワイヤーアンカーガンに、防御用として長方形の一辺を正三角形に切り落としたような形状の、高高度綱と炭素繊維を組み合わせたシールド。背中の四基のプラズマジェットスラスターは二基が固定、二基がフレキシブルスラスターとほぼ同一のものであり、短時間ならばホバリングも可能である。肩には左右三基ずつの小型偏向スラスターが装備され、急な軌道変更の補助を行ってくれる。

 正面ウィンドウの端に、RF-6が基地から発進するとの報告が表示された。

「悪いな」

 芦原は唇の端を吊り上げて、聞こえるはずがない、基地を発進しようとしているパイロットへと告げた。

「獲物は全部頂く」

 敵機が射程に入ろうとしている。距離四〇〇〇メートルを切った。

 ファイアリングロックの解除を確認。ライフルなど、牽制にでもなればいい。どうせ有効射程後半くらいの距離では敵フィールドに阻まれるので、高周波振動ブレードの方が有効な武器だと思っている。航空機の対空ミサイルも、機械の魔導師ハルクキャスター相手では(無防備な状態で当てないと)有効打にならない。

 だから、自分ペルセウス最前衛ポイントマンでありトドメ役ジョーカーを務めねばならない。

 前方の二機が左右に散開し、二機が徐々に上下に広がりながら、〈ペルセウス〉へと距離を縮めていった。

 敵機が散開し、攻撃態勢に入ろうとしているその矢先、

 〈ペルセウス〉の左に展開しようとしていた一機の〈ハイドラ〉が、何かに反応して赤い湾曲した光のバリアを展開した。しかし、展開したバリアごと、その胸部を幾条かの光に貫かれ、爆散した。



 グリップを握る手が、少しだけ緩んだ。

「当たっ……た……?」

 ヘッドレスト脇から迫り出したスコープ越しに、僕は閃光を見た。同時にレーダーに映る光点が一つ減ったことに気づき、やっと結果を認識することができた。

 今、〈アルフェラッツ〉は身の丈ほどある長い砲身を四つ、両肩から二門、腰の両脇から二門を展開している。砲戦モジュールであるエクサクトレイダー、その主兵装である、バックパックから展開される四つの砲身はJA02-200R メテオリート電磁加速砲である。普段はバックパックに三つ折りの状態で、下部砲身は上に、上部砲身は下に折り曲げられて収納される。格納庫でH字に見えたのは、この四つの砲身だった。

 バックパックには分子反応炉モレキュールリアクターの一世代前の大型ジェネレータを搭載している。体積は分子反応炉モレキュールリアクターの一〇倍以上なのに、出力は八倍しかない。普通に分子反応炉モレキュールリアクターを八基積まないのは、各反応炉の制御が難しく、各炉の同期や平行制御が困難なためである。試作品は好きじゃない、なんて言っている僕だが、コイツに関しては充分なデータを取った上での使用のため不安は少ない。むしろ分子反応炉モレキュールリアクターよりも安定した、信頼性の高い動力であると言える。むしろ僕としては戦闘中に分子反応炉モレキュールリアクターの核融合が停止しないかが心配だ。仕様書によるとどちらも戦闘で予想される衝撃や振動等の影響ではまず停止はあり得ないとあるが、実際の実験をしようという時にこうして出撃になってしまったのだから、後は運を天に任せるしかない。

 僕は再びスコープに意識を注ぎ、標的を狙う。

 このメテオリート電磁加速砲は、四砲身を備えるレールガンである。つい半世紀前までは戦艦搭載クラスだったものの、今では二.五メガワットの出力で、二〇キロの砲弾を初速四.一キロメートル毎秒(標準大気中でおよそマッハ一二)で撃ち出すことが可能になっている。ただ、冷却とエネルギーチャージサイクルの関係で、同一砲身の連射までに約五秒を要するのが欠点と呼べる。

 僕はさっき、一度に四発を同一の敵機に向けて撃ち出したところ、四発中二発が命中し、敵機が爆散した。流石に対象まで八キロ以上あるので、発射から着弾までのタイムラグも大きい。さっきの命中は完全に不意打ちによるもので、次に当たってくれる保証はない。

 これでは本当にただの援護しかできない。それどころか、敵の気を一瞬だけ削ぐ程度の、簡易な牽制にしかならないだろう。

(それでも、僕は……!)

 僕はトリガーを引いた。ただし、今度は四発同時ではなく、上下に散開した敵の一機と、横に移動したもう一機に対して、上部砲二発、下部砲二発をそれぞれ時間差で撃ち込む。

 発射されるのは砲弾なので、誘導なんてしてくれない。彼らは一秒たりとも同じ場所に留まることなどない。FCSの軌道計算によって射線に補正が加わるも、敵もさっきの一撃で警戒しているのか、うまく軌道変更して射線から回避している。

 僕はチャージサイクルを考えながら、一発ずつ超音速の砲弾を放ち、敵機の自由を少しでも奪うためにトリガーを引き続けた。



 静まりかえった街を、少女は長い黒髪を夏の熱気に嬲られながら歩く。別段急ぐでもなく、だからといってのんびりとブラブラ歩いているような歩調でもない。

 公共機関は完全にストップし、せめてタクシーでもあればいいが、付近は乗り捨てられた車があるだけで、走っている車は皆無だった。車を盗むという選択肢もあったが、やめた。そもそも運転したことがないので、身の安全のためにも控えた。

 そうして遠くからの警報らしき音がしてから外出して五分、少女は炎天下の外出により汗でシャツが張りつく不快感を覚え、足を止めたくなった。

(ここまでする意味があるのかどうか…)

 自分の取った行動に溜息をつきながら、足だけはアスファルトを蹴り続けた。

 海岸まで、まだまだ距離がある。マンションから見た時はそう距離があるようには見えなかったが、あと一〇分や二〇分歩いても、恐らく目的地までは到着できないと予想する。

 演算機がないので大した魔法が使えない。

 しかし、試しに脚力強化くらいはできないかと思案する。

 大気中の魔力子から魔力素を作り出す。それを足裏に集めて地面を蹴る動きに合わせて一方向に放射する。ロケットのような原理だと思えばいい。流石に微妙に拡散するベクトルの向きを一方向に偏向することはできなかったが、これで大分楽になった。

 歩く速さが倍近く跳ね上がった。

 ついでにこの暑さをどうにかしたいとも思ったが、体表面をフィールドで覆って定着させたり温度場に干渉させたりするには演算機の力が必要になる。

 その加速された足は、海岸へ、正確にはMUF横須賀基地へと向かっていた。

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