第17話

 現在、〈ペルセウス〉と〈アルフェラッツ〉は装備の換装作業を行っている。

 〈ペルセウス〉は空戦・高機動用モジュールである、プラズマジェットスラスター四基と二枚の翼がついたバックパック、それに可変偏向スラスターを搭載したモジュールを肩部装甲に装備するシュネルレイダー。

 〈アルフェラッツ〉はH字の長い突起を背負ったようなシルエットのバックパックと、左右の肩にそれぞれ細長い箱状の六連装対空ミサイルポッドを装備した砲戦用モジュール、エクサクトレイダーを装備している。

 これは高遠司令の指示で、外では郷田さんたちが、コックピットでは僕と芦原大尉が、それぞれ機体に装備する武装を取り付けていた。

 警報は、敵機が当基地の方角へ北上しているというものだった。付近を警戒していた米軍艦隊を突破し、自衛隊の艦もすでに二隻撃沈されたとのこと。現在八丈島沖を通過し、横須賀基地への接触まであと一五分を切っている。敵機の数は不明。現在RF-6四機を先行させている。万一の事態に備えて、ハルクレイダー各機は戦闘用モジュールを装備し、迎撃に参加せよ。

 そういう内容だった。

火器管制FCS、〝メテオリート〟とアジャスト。バックパックユニットからの電力供給確認」

 僕はキーボードを取り出し、バックパックの武装と〈アルフェラッツ〉の火器管制システムを同期させた。確認した、という郷田さんの声も外部マイク経由で伝わった。

《プラズマアクチュエータ、作動確認。いけるぞ》

 同じように、芦原大尉も換装作業が終了したことを告げた。

 司令は万一に備えて、と言っていたが、多分、いや絶対に出撃になる。こちらに向かっているという敵機の数はわからないが、もしハルクキャスター三機でも、RF-6六機ではほんの数分で撃墜されてしまうだろう。勝負にならない。せめて生きて帰ってくることを願うばかりだ。それすらも困難だと知りながらも、思わずにはいられない。

 駐機場エプロンには更に八機のRF-6が発進準備を進めており、後詰の迎撃機パイロットがブリーフィング中だそうだ。対空迎撃システムも起動し、各所にミサイルケースを展開中の車両が配置を終えようとしていた。

 僕の手が—―自然とグリップに力が入る。いや、それを通り越して、震えていた。

 初めての実戦になる。僕は誰かを殺すだろうか。それとも誰かに殺されるのか。

 口の中が乾く。呼吸が小刻みになり、心臓の鼓動がやたらとうるさい。

《相模、緊張してるか?》

 そんな僕を見透かすように、小さなウィンドウに芦原大尉の顔が映った。

 大尉は笑っている。いや、笑いかけているというのが正しいか。

「それなりに」

 僕はあまり長く話せない。話していると、そのまま胃の中の物をぶちまけてしまいそうだ。何度深呼吸しても、落ち着くことなどできない。

《落ち着け、お前はバックアップだ。敵の射程圏外から俺を援護してくれればいい》

 そう、そのための砲戦モジュールを装備しているのだが、だからといって簡単に緊張が解れるかというと、決してそうではない。

 大尉はそれでも僕に語りかける。

《大丈夫だ。こいつのスペック見ただろ?運動性も格段に上がった。特にお前は地上からの砲撃だ。空の敵は俺が引き受けるし、どうせ来るのは流れ弾程度。それくらいなら問題ないだろ?》

 少しでも不安要素を取り除こうという気は伝わっている。確かに、僕は地上からの援護になる。危険がないとは言えないが、少なくとも今飛んでいるはずのRF-6のパイロットたちや芦原大尉よりも随分安全な位置にいると言える。

《俺たちでやろうぜ。この基地、この街、この国、この世界。守れるもんは全部守っちまおうぜ》

 親指を立てる大尉は、自信に満ちた笑みを僕に向け続けた。

(僕が……守る……)

 大尉の言葉を、僕は口内で何度も呟き、反芻する。

 何のために軍に入った?

 軍に入って何がしたかった?

 なぜパイロットになろうと思った?

 この手は何をするためについている?

 この手で何をしたい?

 この手で何を守りたい?


「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――――――っ!!」


 心の中にある、淀んだ感情を全て吐き出すように、僕は叫んだ。

 画面の向こうで芦原大尉が画面の向こうでビクッと跳ねた。外部マイクも入っていたので、格納庫の中で作業をしている人たちも、呆気にとられて動きが止まった。

《お、おい……?》

 突然の咆吼に面食らう人たちを尻目に、僕は一度ヘルメットを脱いだ。コックピット内温度はそこまで高くないはずなのに、顔も髪も汗で濡れていた。

 バチンッ――

 両手で頬を引っぱたいた。

 痛い。

 だけど、ヒリヒリする頬の感覚が、いい刺激になった。心地よいとすら思う。

 あ、言っておくけど僕はマゾじゃないぞ?何度も言ってると思うけど。

 大きく空気を吸い込み、肺を満たす。じっくりと時間をかけて吸い込んだものを、モヤモヤする気持ちと共に、ゆっくりと吐き出す。

「大丈夫です、いけます」

 自分でもビックリするくらい落ち着いた声だった。

 しかし、完全に緊張が解けたわけではない。適度な緊張状態と言うにはまだまだ体は堅いし、小刻みに震えているのも確かだ。でも、冗談を口にするくらいの余裕はある。

 後は、戦闘に入ってそこに集中するしかないだろう。怖じ気づいて身動き取れなくなるという事態に陥らないことを願う。

HQヘッドクオーターより芦原アウル1へ》

 そこへ、ウィンドウが開かれ、発令所の高遠司令の、普段あまり見せない引き締まった表情が告げる。

《どうも雲行きが怪しい。君たちにも出てもらうことになった。〈ペルセウス〉、〈アルフェラッツ〉、両機とも準備はいいな?》

 愚問だとばかりに、大尉と僕は

《いつでも出られる》

「準備完了です」

 自信を滲ませる声と顔を、司令官へと返した。

 高遠司令に続き、父さん――相模副司令の顔も映し出された。

《先行したRF-6は四機が撃墜された。こちらからは距離を取って牽制に徹するよう伝えてある。敵機は一機が撃墜され、現在は四機だ》

 副司令からの状況説明に、僕は息を呑む。ハルクキャスターを一機だけでも墜とせたのなら上出来だろう。撃墜された四機のパイロットの生死は不明だが、彼らが命をかけて成そうとしたことを、僕は受け継ぎ、叶えなければならない。四機という数に気圧されるが、モニターの向こうの芦原大尉はそんな様子など微塵も見せていない。

 副司令は続ける。

芦原大尉アウル1は前線で敵機と交戦。相模少尉アウル2は遠距離砲撃で大尉01を援護。第二飛行隊RF-6も援護に回る。くれぐれも友軍に当てるなよ、少尉02

「はい」

《すぐに後詰も送る。頼んだぞ、芦原大尉アウル1

 『了解』の声を受け取ると、ウィンドウが閉じ、

《………相模少尉アウル2

 閉じる前に、副司令が何かを言い淀んだ。さっきまでの堅苦しい表情が、いくらか和らいでいるように見える。表情筋が細かく動き、何かを喋ろうとしているようにも、何かに耐えようとしているようにも見える。

「……なんでしょうか、副司令」

 僕が応えると、画面の向こうの顔は何かに反応したように、本当に僅かではあるが、頬がピクリと動いた……気がする。

 ゴホン、と小さな咳をした後、

《後方での援護とはいえ、危険な相手ではある。くれぐれも、用心するように》

 念を押すように、中年の枯れた声が言った。

 その時、スピーカーに誰かの含み笑いが聞こえた気がしたが、多分僕の気のせいだろう。というか、どうでもいい。今は目の前の戦闘に集中しなければならないのだから。

「了解」

 僕は短く答え、〈アルフェラッツ〉を格納庫から動かした。

《じゃ、援護任せたぜ。死ぬなよ》

 先に出ていた〈ペルセウス〉を確認した時、芦原大尉が言った。

「はい。大尉もお気をつけて」

《ああ。三崎さんとの週末のデート、キャンセルするつもりはないぜ》

 〈ペルセウス〉は背中のスラスターに点火し、二枚の翼から一枚ずつ垂直尾翼が起き上がる。やがて翼前縁が紫色に光り、機体が駆けだした。

 ここにカタパルトはない。しかし、数十メートル走って助走をつけたと思ったら、青い光りを放ちながら、〈ペルセウス〉は大空へと飛び立っていった。

「……よし!」

 僕は〈ペルセウス〉の飛翔を見送ると、基地の南南東、埋め立て滑走路の端へと移動を開始した。

 

 ちなみに、三崎さんというのは発令所に座る通信士(中尉・二七歳・独身)である。

 事務の浅川准尉を始め、改めて芦原大尉と関係のある女性陣が哀れに思えてくる。

 僕は絶対に一途に生きていこうと、今ここに誓ったのであった。

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