第16話

 午後二時、僕は胸部ハッチより〈アルフェラッツ〉のコックピットに座り、両肩からシートベルトを着用し、機体の立ち上げを行っている。

 ここ第七格納庫では、メンテナンスベッドに横たわる二機の第三世代型人型機動兵器ハルクレイダーに、僕と芦原大尉が乗り、外では少し離れたところで端末を操作している技術・整備班の面々が、起動のサポート及びデータ取得のために額に汗している。

 コックピットは〈アルフェラッツ〉のものだけは複座式で、〈ペルセウス〉は単座らしい。この機体が複座になっているのは、元の機体(フィオナ曰く〈ベラトリクス〉という名前)がそういう設計であり、一応機構をそのままにしてあるだけだという。特に運用してみて必要ないと判断されれば、コックピットブロックを換装予定だそうだ。

 僕はどうもこのパイロットスーツが慣れない。青と白のライダースーツみたいにピッタリしたもので、緩衝と耐熱性に優れているらしい。同様の理由でヘルメットも被っているが、これが一番辛い。バイクのヘルメットや剣道の面をつけたことのある人ならわかるかもしれないが、視界が狭い。しかも内側のクッションがウザイ。バイザーは透明で、吐息で曇らないようになっているのがせめてもの救いだった。通常、ヘルメットなど被らない。パイロットコンディション確認用の機器と、試作機・実験機に乗せる上での保護を目的に装着している。

 お昼頃に基地内で第三種戦闘配置が発令されたが、起動テストはそのまま予定通り行うらしい。なんでもオーストラリア周辺で連合の部隊が展開中とのことだが、僕にはなぜそこで横須賀の基地が第三種とはいえ戦闘配置につくのかがわからなかった。とりあえず、今日が非番じゃなくてよかった。休日の呼び出しってなんか気が萎えるし。

《では、起動開始》

 司令室と通話回線が繋がっているので、基本的に試験はその監督下で行われる。今の司令の号令で、補助電源だけを入れた状態の機体を立ち上げるため、僕はスイッチ類を操作した。

 分子反応炉モレキュールリアクター点火。出力、規定値まで上昇。VIMF、電荷正常。ハイドロ、ハッチ及びウェポンラック部正常値を確認。スタビライザー、ジャイロ、正常稼働。全補助サーボモーター応答。応答速度、規定値内。

 機体の内外から、次々と立ち上げ作業が進められる。僕の正面に展開される光学スクリーンや計器にも光が灯り、緩衝されているはずのコックピットに座っていても、細かな振動が伝わっている気がする。

《固定用ロック解除。治具、解放》

 頭部カメラからの映像が入り、起動に尽力する作業員たちの姿がディスプレイに映し出された。ディスプレイは正面とその斜め横、真横の五面に配置され、さらに上下二面、計八面のディスプレイが、光学センサからの映像を、さも人の視界のように映し出してくれる。

 各関節ロック解除。モードを低出力機動トランスファに設定。

 初起動で緊張するが、シミュレーション通りにやればいいと自分に言い聞かせながら、出力レバーを徐々に押し、それに合わせて機体がゆっくりと上体を起こし、膝を曲げ、そしてとうとう二本足で立ち上がった。格納庫の高さが一三メートルで、〈アルフェラッツ〉の全高が一〇.五メートルなので、左右側頭部から伸びるブレード状のアンテナがぶつかりそうになる。

《どうだ、相模?》

 サブウィンドウに現れた、ヘルメット越しの芦原大尉の顔は歓喜に緩んでいた。かくいう僕も、散々馬鹿にしていた割には結構気分が良かったりする。

《いいかんじです》

 そう答えつつも、しかし気は抜けない。バランスはコンピュータ任せで、歩くだけなら楽勝なのだが、飛んだり跳ねたり、対象の保持、微少で精密な動きを取るとなると、各操縦系統へのシフトと同時操作が要求されるため、こんなお喋りできる精神的余裕はない。前後スライド式のレバー二つとシフトトランスレバー、グリップには左右に五つずつのホイールと火器用ボタンが二つずつ、フットペダルは五つある。他にも計器や通信装置等、ボタンの数だけなら旧式の旅客機並にある。それに、右側には収納式のキーボードまである。よく操縦できるよな、と僕自身不思議なくらいだ。

 予定では、この後運動性試験とターゲットシューティングを行うらしい。もしシミュレーション通りなら、ほぼ人間と同じ反射速度で機動が可能。単純なパワーは第二世代後期型に若干劣るが、装甲強度はビッカーズ硬さで従来装甲の六パーセント増、という結果が出ている。これはこの〈アルフェラッツ〉の装甲を元に(つまり〈ベラトリクス〉の装甲)〈ペルセウス〉にも応用されている。つまり、これまでとは一線を画す性能の機体だということだ。

《X1、X1SC両機とも、正常起動を確認》

 司令室の女性士官が告げるのを、僕と芦原大尉、それに技術・整備班の面々も耳にする。

《試験第一段階、まずは試験場への移動を行―――》

 その声が、途中で絶ち切られた。

 ブゥォォォォォォォォォ―――――――――――――――――――――――ン

 頭を揺さぶるような大音量が、基地中の人間の意識を叩き起こす。

 緊急警報。

 この横須賀基地ではまず聞くことのないものであり、

 しかし、訓練であることを示すアナウンスなど、いくら待っても聞こえはしなかった。



 つい数時間前、外がやけに騒がしいと思った矢先、「MUFより避難勧告です」というアナウンスがどこからともなく響いてきた。恐らく近くにスピーカーでも設置されているのだろう。

 フィオナはそれでも部屋から動かなかった。龍斗が朝用意してくれた昼食のサンドイッチを食べ終わって、さて次は何の映画でも見るかと思い、そんな放送に意識を寄せていなかった。

 そして二時を回った頃、今度は彼方から低いんだか高いんだかわからない間延びした音が聞こえたと思って外を確認すると、視界の端で離陸する四機の戦闘機が見えた。偵察の分隊編成ではなく、飛行小隊での発進。

「まさか……」

 たったそれだけのことで、フィオナはある結論に思い至った。

「日数的にも、場所を特定するには充分、か。コースと潮流を考えれば、わからなくもないだろうからな」

 少女は呟き、昨日龍斗が洩らしていた言葉を思い出す。

――「三日前に付近の海域で新型と思われるハルクキャスターを回収したって……」

 確信があった。その回収した機体は、ほぼ間違いなく〈ベラトリクス〉。第四世代ハルクキャスター、その実験機。もしその機体が鹵獲されており、この短時間で動かせるレベルまで改修されているならば、損傷はそこまでではない—―原型を留めている可能性がある。それを使えば、『この状況』を打開できるだろう。

 長い黒髪を振り、フィオナは玄関から飛び出した。

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