第15話

 MUF横須賀基地司令部棟の発令所では、ある報告がなされていた。

「司令、オセアニア各地でハルクキャスターを確認したとの報告が第七艦隊司令部より入りました」

 最前列に座る女性通信士が、段上に座る童顔の司令官と、その横に立つ長身の副司令官へ告げた。

「周辺各国海軍及び第七艦隊、カール・ニコバル基地から迎撃部隊が出撃。ココス諸島及びマーシャル諸島沖で迎撃予定とのことです」

 別にこういった報告が入るのは珍しいことではない。一ヶ月に二、三度のペースでイグドラシル連合による周辺地域への攻撃が行われていて、その度にこうして世界各国の軍へ報告が入り、近隣国家には非常事態宣言が発せられる。それだけ『ハルクキャスター』という兵器が驚異的だということだ。

 確実なのは広域破壊兵器――例えるならば核兵器などの戦術もしくは戦略兵器の使用による殲滅だが、『戦争に核兵器を使用する』という事自体に難色を示す人間は多い。特に、現在の占領地区にはまだたくさんのオーストラリア人が生活している。少なくとも、連合の前線基地であるニューサウスウェールズ州のリッチモンド基地には周辺への影響を考えて、戦略兵器など使えない。だが、それも時間の問題だとも言える。

 もし戦局がさらに傾くような事態になれば、『やむなし』の一言で全て『消される』可能性だって充分ある。そうならないことを、多くの人々が願っていた。

 通信士からの報告を受け、高遠は顎に手を当てた。

「何か気になることでも?」

 隣に立つ相模は、何やら思考に耽る司令官に問いかけた。

「いや……」

 高遠は考えていた。彼らはこれまで戦力を小出しにして周辺地域を攻撃していた。しかし、それは一度に一ヶ所だけだ。同時多発的に攻撃したことなどなかったはずだ。しかも、今回の侵攻方向は東西に分かれている。

(この意味は何だ……?)

 しばらく思考した後、高遠は命じる。

「総員、第三種戦闘配置」

 司令官の発した言葉に、全員が疑問符を浮かべた。

「ただし、ハルクレイダー起動試験は予定通り実施。それから、周辺住民へのシェルター避難勧告を」

 続く言葉に、さらに怪訝な表情へと変わった。

「司令、それは……」

 相模が副司令として発した。第三種戦闘配置までならまだ理解できる。不測の事態を考慮してのことだろう。しかし、周辺住民のシェルター避難勧告など、行き過ぎだと思った。

 MUFの命令系統は国連にあり、その配置国家に帰属することはない。そういった背景もあり、『避難勧告』は出せても『避難命令』は出せない立場にある。強制力はない。しかし、住民からすれば、非常事態宣言による避難勧告もMUF司令官による避難勧告も変わらない。危険が迫る可能性があるという意味で、両者に決定的違いはないのだから。

 いくら平和ボケした国である日本でも、数十年続く世界戦争を楽観視し過ぎる人は激減している。三年前、オーストラリアが占領されたという事実を突きつけられ、対岸の火事として捉えるには些か無理を感じ始めているのだった。日本が直接戦場になることはなかったが、戦略的価値云々を考えるまでもなく、国内に新たな『基地』を要する事態だということは、基地周辺の人々には特に、その意味するところを感じている。

 つまり、街が大なり小なり混乱することは予想できるのだ。

「杞憂で済めばいい」

 高遠は唇を噛み、苦しげに言った。

「でも、万一ここが戦場になったとき、こうしておけば、なんて後悔はしたくない」

 予想戦場は南半球の諸島であり、こちらへ直接的な被害が出るとは考えられない。しかし、その可能性を考え、無視できないほどの理由に思い至った司令官の命令を、相模は捨て去ることなどできなかった。

「総員、第三種戦闘配置。周辺住民にレベルCの避難勧告。ただし、HRハルクレイダー起動試験は予定通り一四○○に行う」

 副司令の命令に、各員から復唱が返る。その様に、高遠はふぅっとホッとしたように息を吐き、

「理解ある副司令を持って僕は幸せだよ」

「これが杞憂であることを願うばかりです」

 相模は眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、答えた。

 これで何もなければ何て人騒がせな、という住民の怒りと日本政府、ないしは地方自治体から抗議でもされそうだが、それでも尚、高遠は最悪の状態を想定した。

 これまでと違う敵の動き。オーストラリアのを北上後、北西と北東に別れた部隊。まるで、わざわざ北部を開けたかのような配置に思えてならない。

 そんな胸騒ぎが、高遠の中に渦巻いていた。

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