第三章

第14話

 テストパイロットに任命されてから、五日が経った。第三世代型人型機動兵器ハルクレイダー、その試作機である〈ペルセウス〉と〈アルフェラッツ〉はソフトもハード面もほぼ完成した。一日か二日で終わらせると意気込んでいた郷田さんはがっくりと項垂れ「面目ねぇ」と言っていたが、そもそもこんな短時間で仕上がったことが神業なので、誰が責めるわけでもない。一応の完成は見せたので、今後は実際に動かしてみて、随時調整していくという予定になる。

 僕は重苦しく沈んだ表情で通路を歩いていた。

 〈アルフェラッツ〉の起動試験を午後に控えているのも理由に含まれるが、それは理由の二割程度でしかない。一応人型兵器の操縦方法や実地は入隊時のカリキュラムで基本だけは経験済みだし、数ヶ月のブランク(言うほどの腕でもないが)はここ二日ばかりのシミュレータで埋まりつつある。結果は総合でB+ランク、反射対応能力だけはAランクという結果が出た。実はかなり凄いらしく、裏では感嘆の声も出たと言うが、所詮はシミュレータ上の話だ。仮想現実くんれんから現実じっせんに変わってから落ちぶれるパイロットも少なくないので、油断はできない。それを示唆する声も、感嘆と同じくらい出ていた。

 だが、そんなことはどうでもいいのだ。

 問題は、高遠さんのことだ。

 五日前に、僕は高遠さんのお誘いを断る際、焦りに焦っていたせいであろうことか「女だらけの水泳大会始まっちゃう」と、前々世紀の遺物みたいな番組を引き合いに出して逃げ出してしまった。本来ならそんな番組ないだろ、で終わるはずなのだが、なぜかあれ以降、高遠さんが僕と目を合わせた瞬間、顔を赤くして逃げてしまうのだ。

 そんなことが、すでに四日間続いており、今日で五日目になる。今日も目を合わせた瞬間に逃げてしまうのだろうか。

 と、そんなことを思っていると、

「「あ……」」

 通路の曲がり角から、高遠さんが現れた。チェックボードを抱えている手にギュッと力が入っているのが遠目に見てもわかる。すごく気まずかったが、意外にも高遠さんの方から僕に近づいてきた。

「これ、昨日の調整から変わったところ、纏めてあるから、起動試験前にチェックしておくようにって、班長から」

「あ、うん……。ありがとう」

 渡されたのは、〈アルフェラッツ〉のチェックボードで、A4サイズのディスプレイには機体の概略図と各部に伸びる補助線、各種数値が記載されていた。

「設置圧が二.一パーセント増えて、VIMFの電圧も総じて三から四パーセントの領域まで上げたから、シミュレーションよりも気持ち反応が早くなるはずだって」

「そ、そう……」

 僕は説明を受けながらも、心は動揺していた。高遠さんも饒舌に語っているようだが、むしろ仕事の話に集中することで気を紛らわそうとしているようにも見える。

「そ、それじゃぁね」

 高遠さんは伝えることは終わったと、その場を去ろうと踵を返す。が、僕はこのままの状態でいるのは嫌だ。今、彼女は目の前にいる。だったら、今こそ話をするチャンスのはずだ。これを逃せば、きっと徐々に互いの距離が開き、事務的な会話しかできない仲になってしまう。僕は去っていく高遠さんに縋るように手を伸ばし、

「待って!」

 思わず叫んでしまった。通路には人か皆無だった。それがせめてもの救いだ。

 僕の声に、高遠さんの足が止まる。

「この前、あの、スーパーでのことなんだけどさ…」

 思い切って話を切り出すと、彼女はビクリと震え、ゆっくりと振り返る。その目が泳いでいるのがわかる。僕も同じはずだ。互いに互いの目どころか顔すら見られない状態で、それでも声を絞り出した。

「ごめん、ちょっと事情があって、それでどうしても無理があって、でもどうやって断るべきか迷ってて、でも、高遠さんの提案はすごく嬉しかったんだよ?それはホント。なんていうか、ちょっとあんまり人に言えない事情があって、それで……」

 かなり混乱しているってことくらいわかる。理路整然と話す事なんてできないし、そもそも勢いに任せて喋っているので、虫食いだらけの意味の通らない言葉の羅列になってしまっている。

「わたしの方も、ごめん、ね」

 だから、そんな彼女の返事が、意外だった。

「ちょっとビックリしてて、それから勝手に色々と考えちゃって。でも、思ったの。わたしの身勝手な主観で見ちゃいけないんだなって」

 どうやら高遠さんも自身について思うところがあるらしい。そんなに悩まなくてもいいよ、悪いのは僕なんだから。

「龍斗君だって、男の子だもんね。そういうのが好きなのって普通だし」

 あれ?なんかおかしい方向に話がシフトしてない?

「特に十代の子なんて、そういう盛りっていうか、そういう好奇心って強いと思うし」

 なんか発情したサルみたいに言われているのは気のせいだろうか?確かに僕みたいな年頃ってそういう異性へんぼ興味って沸きやすいとは思うけど、純粋な高遠さんにはかなり偏った印象が植え付けられてる気がする。

「だから、龍斗君がエッチな本とか映像見るのも、お年頃だもんね?」

 いや、ね?とか言われても。「お年頃だからしょうがないよね?」ってエロ本容認されるのって結構辛かったりする。僕はこれまでそういうことを言われた経験ないからわからなかったけど、今その辛さがわかった。なんか最近女の子から精神的ダメージを受けまくりな気がする。

 僕たちはほんの数分会話を交わした後、別れた。

 高遠さんはなんだかすっきりしたと言わんばかりのいつも通りの笑顔を見せていたが、僕は苦笑いというか、なんだかモヤモヤした感情が追加されてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る