バイト・幕間

「で、車種によって給油口の左右が違うけど、うちの給油機はよほど大きい車じゃなければ工夫すれば反対まで届くから……」


アルバイトが始まり数日経ち、凛子がアキラから指導を受けていると青いセダンが来店してきた。

「ちょっとお客さん来たから対応するね!凛子ちゃんも近くで見てて。」

「はい、わかりました!」


「いらっしゃいませ〜。」

「ハイオク、10Lだけお願いします。」

アキラは車に給油ホースを差し込み、窓を拭きながら客の車を観察する。


外車は詳しくないけど、BMWと言えばベンツと並ぶ高級セダン、普通はおじさんやちょっとオラオラしたお兄さんが乗ってるのに、女の子が運転してるなんて!

それにこの車、運転席をのぞいたときに見えたけど多分マニュアル車よね。


10Lだけの給油はすぐに終わり、オートストッパーがガコン、と音を立てた。

「……ハイオク10L入りましたー、お支払いはカードですね。はい、こちらにサインお願いします。」

「これで。」

「はい、レシートのお渡しです、ありがとうございました〜っ」


    ◇


仕事が終わり、新しい仕事仲間を迎えたことでアキラは少し上機嫌で着替えている。

「うちもよ〜うやく下っ端卒業で仕事は減るし、なんなら新人指導でボーナスついちゃうかもね♪ 久々にちょっくらw走って、ラーメンでも食べて帰りますか笑」


アキラは走り屋を自称する程ではないが、86を買ってから今日のようにふらっと寄り道ドライブや仲間との夜遊びで地元の峠道は幾度となく走り慣れている。

今日も「気分がいい日」のペースで快走していると、前方の車にだんだん追いついていることに気がついた。その車は数時間前にスタンドで給油した青いセダン、型落ちのBMWだった。


アキラの中ではマニュアル変速=走り好き、それにしてはペースが遅い。

コーナーワークも思い切りが悪く、見ていて危なっかしい!

「やっぱりね。でも……この道、慣れてないの?」


そのBMWは振り切られるには遅く、追いつくには時間の掛かる、つまり中途半端なペースで走っていた。

「それなら、ちょっと上で、お話しようかな……と」


アキラはコーナーを抜けた先の長いストレートでアクセルを踏み切り、躊躇なくイエローラインを跨いでBMWの前に出た。

それから先はBMWの頭を抑え、支笏湖の湖畔まで上がっていった。湖畔に出たところでウインカーを出し、駐車帯に入ることを促したら、BMWは素直に従って後ろについてきた。

2台がエンジンを切ると深夜の湖畔は水音だけが聞こえ、冷たい風が吹き抜けた。


アキラは自分の86から降り、BMWのドライバーに向かって歩いていった。

アキラはにっこり笑って話しかけた。

「こんばんは!ちょっとお話ししたくて声をかけさせてもらったんだけど、いいかな?」


サイドウインドウが下がると思った通り、そこにはさっきスタンドで見たクールな表情の女が青い顔をして座っている。

「……ごめんなさい勘弁してください」

「ちょっ、いきなり謝らないでー!?変わった車乗ってるし、その割にあぶなっかしいから気にはなったけど!どうしたん?」

「カツアゲじゃないんですか?」

「あっはっは、いやいやカツアゲじゃないよ、そんなビビらないでよ笑笑」


女は美佳と名乗った。

美佳は少し困惑しながらも、アキラに向かって答えた。

「えっと、話、いいですけど……何か問題でも?」

「いやいや、問題じゃないよ!ただ、さっきの走りを見てて、ちょっとアドバイスしたほうがいいなって思ってね。」


美佳は内心恥ずかしく思いながらも、アキラの言葉に耳を傾けた。

「この道、初めて走るの?」

「そうですね……実は最近引っ越してきたばかりで。」

「やっぱり!だってちょっとあぶなっかしかったもんね。でも大丈夫、うちも最初はそうだったから。峠は慣れればすごく楽しいんだよ。あ、コーヒーでも飲む?」


アキラがコーヒーを渡すと美佳の顔が少しほころぶ。

「ありがとうございます!……今日何も食べてなかったから助かったあ。(ぼそっ)」

「ん?なんか言った?」

「いえ、なにも。」

美佳の顔に緊張が戻る。


アキラは美佳に自分の経験を話しながら、ブレーキングやコーナリングのコツなどのアドバイスをした。

美佳はアキラの話に興味津々で聞き入っていたが、同時に少し緊張もしていた。

「あと、今度うちらと一緒に走らない?楽しいよ、みんなで走ったり車停めてこうやって話するの。」


美佳はアキラの誘いに、少し悩んだ末に答えた。

「その、お誘いはとてもありがたいのですが……今回はちょっと断らせてください。でも、アドバイスは本当に助かりました。コーヒーもごちそうさまでした、ありがとうございます。」


アキラは少し残念そうな顔をしながらも、にっこり笑って答えた。

「そか、残念だけど仕方ないね。でも、またどこかで会ったら声かけてね!それじゃあ、お互い気をつけて帰ろっか。」

そう言って、アキラは美佳に手を振りながら自分の車に戻った。美佳もアキラに手を振り、車に戻ると、アキラのアドバイスを思い出しながら再び走り始めた。


「なんだ~、クダ巻いちゃったからラーメンもおごってあげようと思ったのにい。」

アキラの思惑を美佳は知る由もない。

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