バイト

日高門別へのドライブから数日、真希とは教養科目のレジュメやノートの貸し借りをしたり、ランチを共にする仲となった。

二人は学食でランチを食べながら週末に迫った大型連休をどう過ごすか……ではなくこの先の学生生活をどう生き延びるかの話をしていた。


「で、大学生活を楽しむためには」

「お金がいる」

「そーよ!お金!ましてあたしたちみたいに車乗るとなったら、ガソリン代の確保は至上命題よ!」

「わたしも居候だから住むところと朝晩の食事には困らないけど、実家からの仕送りもないからランチ代はなんとかしないといけないよ〜〜」

「週末には連休なんて言ってるけど、車乗りの私たちは呑気なこと言っていられないわ、バイトよバイト!まず仕事を探すのよ!」

「真希はバイク直して売るので稼げないの?」

「いつも出物があるわけじゃないし、実家じゃないとできる作業も限りがあるから高校時代ほど数は捌けないわね。道具揃えてうちでできる作業も増やしたいし、そのためには安定した軍資金は必要だわ」

「確かに、わたしたちで安定して入れるとなるとなんだろう……?飲食とか?」

「そういうところよねー。あんまり夜遅くなるのはヤなんだけど……」

結論の出ない雑談で昼休みは過ぎ、二人は別の講義を受けにそれぞれの教室に向かった。


    ◇


【真希SIDE】

午後の講義が終わると、真希は簡単な買い物を済ませてそそくさと自宅に帰った。

「っはあ~~、聞いてはいたけど理系にとって大学は人生のモラトリアムなんて大ウソね。さて、いいバイトはあるかしらね……」


セイコーマートで買った総菜をつまみながらインターネットで求人情報を調べていたところ、一件のアルバイト募集が目に留まった。

「お、工具屋が募集してる。ここって前から札幌出たら行きたいと思ってたお店じゃない!」

真希は目を輝かせてそのアルバイトの応募ページを開き、数秒後に渋い顔になった。

工学部の真希は履修科目数が多く、シフトの都合をどう付けるかが目下の悩みなのだ。

「うう~~ん、平日はどう考えても2日しか夕方に時間作れないわね。」


「……ええい!ダメなら実家の手伝いでもするわ!」

真希は勇気を振り絞ってその高級工具ショップに電話を掛け、アルバイトに応募することにした。


翌日の講義後、真希はプジョーで自宅近くの工具ショップに向かった。

店内に入ると、目に飛び込んでくるのは整然と並べられた工具たち。ツールボックスやハンドツール、エアーツールなど、プロも使うような高品質の工具が並んでいた。

「あの、電話でアルバイトの応募をした者ですが……」


真希がレジの女性店員に声をかけると、奥から別の男性が現れた。

「こんにちは!あなたがアルバイト希望の方ですね、私は店長の久世といいます。じゃあ面接するのでそちらの席にお座りください。」


久世と名乗る男は30代くらいの背の高い男性で、年の割に若々しく感じるさわやかな笑顔が印象的だった。


彼は真希が女子でありながら幼い頃から機械いじりに親しんできたことに興味を持ち、真希と会話を始めた。

「ふむ……お父さんのバイク修理を手伝っていたとは、それは面白いですね!女性が機械いじりを趣味にしているのは珍しいですよ。それに、工学部の学生だということで、お客様へのアドバイスも的確にできそうですね。」


真希は緊張しながらも、自分の経験をアピールしていく。

「はい、小さい頃から父と一緒にバイクや家電を直してきたので、工具に関してはそれなりに詳しいと思います。」

「その時の工具はお父さまのものを借りていたんですか?」

「はい、今までは父のものを借りていて、実家を出たので自分のものを揃えたいと思っています。」

「それは素晴らしいですね、ご実家の工具も使い慣れたものだと思いますが、ご自分で選んだものとなればなおさら作業が楽しくなりますよ!」


久世は真希の言葉にうなずき、続けてシフトの問題について話題を振った。

「そうですね、私としてはぜひ真希さんにはうちで働いていただきたいのですが、どのようなシフトを希望していますか?」


触れたくないけど、触れざるを得ないトピックに真希は言葉を絞り出す。

「実は、講義が多くて平日に入れるシフトが限られているのですが、それでも大丈夫でしょうか?」


久世は顎に手を当ててしばし思案して真希の懸念を受け止めている。

「(ああ、これはやはりだめなのかな。)」

真希がそう思っていると、久世が提案を話し始めた。


「真希さん、実は3月に前のアルバイトが卒業してちょうど新しいスタッフを探していたんです。あなたの経験はとても貴重だと思うので、シフトについては柔軟に対応したいと思います。例えば、土日に入れる日があるなら、平日は少し短いシフトでも構わないし、逆に平日に入れる時間があれば、土日は休んでもらっても大丈夫です。どちらがよいでしょう?」


真希は久世の提案に感謝の気持ちでいっぱいになった。

「本当にそんなに柔軟に対応していただいて大丈夫なんですか?」


久世は笑顔でうなずいた。

「もちろんです。あなたのような経験を持ったアルバイトさんはなかなかいませんし、お客様にも喜ばれること間違いなしです。私たちも嬉しい限りですよ。」


真希は安心し、満面の笑みで店長にお礼を言った。

「ありがとうございます!本当に助かります。頑張りますので、よろしくお願いします!」


    ◇


【凛子SIDE】

真希がまだ講義を受けている頃、凛子はその日の講義を終えてキャンパス内の求人が掲載されている掲示板に向かった。

「うちの大学なら家庭教師の引き合いはあるはずだけど……これは3月の募集……もう決まっちゃってる。うわあ、これもか!早い者勝ちだから早めに動かないとダメだったかあ。仕方ない、今日は早めに家に戻ってネットでもいろいろ探してみるか。」


凛子は真希に「掲示板の家庭教師は全滅だった、今日は家でバイト探すから先に帰るよ」とメッセージを送り、ジェミニのエンジンを掛けた。札幌の市街地を抜け、ふと燃料計を見るとそろそろガソリンを補充する頃合いになっている。


凛子は毎日通学で横を通る、家の近くのスタンドに入った。

「いーらっしゃいまっせえー!」


元気のいい女性店員が駆け寄ってきて、油種を尋ねられた。

凛子はレギュラー満タンを頼み、車内の空き缶を捨てるため事務所へ向かった。


ふと、事務所の窓を見ると「アルバイト募集中」の張り紙が貼られている。

時給はお世辞にも高いとは言えない水準だが、そういった感覚に疎い凛子は家から近いからバイト終わったあと帰るのも楽かもと思い、給油しているスタッフの女性に声を掛けた。

「すみません、あそこのアルバイト募集中って張り紙が気になるんですけど。」

「おっ!?キミ歳はいくつ?18歳!てんちょー、バイト興味あるって子が来ましたよー!」


女性スタッフが元気よく声を張り上げると、奥から中肉中背で、髪は白髪混じりの短髪、マルティーニのロゴの入った派手なポロシャツを着た中年男性が出てきた。

「最近は車離れでバイトしに来る高校生も減っちゃってねえ、アキラくんが社員になって残ってくれたからなんとかなってるけど、夕方の時間に人手が欲しかったんだよ。」


比企と名乗る店長は事務所の前に停めた凛子の車を一瞥すると、鋭い目つきに変わった。

「表のジェミニは君の車?……この辺りだと万次郎の所で見てもらっているんだろ。」


万次郎、という呼び捨てに棘を感じた凛子はぎくり、としながらも言葉を返す。

「そんなことなんでわかるんですか?」

「昔はいすゞの車もよく走っていたもんだけど、乗用車やめて年々台数は減っていくからね、近くを通る車は覚えるようになるんだよ。今時いすゞをやってるのなんてあそこ一軒だけだ。それにボクは彼とも年が近いからいろいろ知っているものさ、腕の利くやつだ。」

「そうなんですね、内藤さんはわたしの祖父とも古い知り合いみたいで、この間メンテナンスしてもらったんです。」

「祖父……じゃあ、あのジェミニは悟さんのってことか!ああ、ようやく引っ掛かりが取れたよ!」


「店長さんも祖父をご存じなんですか!?」

「私は直接話したことはあまりないんだけどね、でも昔の悟さんはスゴかったんだよ。」


「そうなんですか、いすゞで働いていたって話しか聞いたことなくて……」

「おっと、そうなんだね。じゃあその話はそのうちに。君さえ良ければ明日からでもシフトに入ってもらいたいんだけどどうかな?他に時給のいいバイトがあったらそっちに行っちゃうかもだけど……」


凛子は比企の言葉に少し驚いたが、彼の明るさと気さくな態度に安心感を覚えた。彼は祖父のことも知っているし、内藤さんとも因縁があるようだ。そのことを考慮すれば、ここで働くことに何の疑問もないと思った。

「ありがとうございます!時給については大丈夫です。明日からシフトに入らせていただきます!」

凛子は笑顔で答えた。


比企もにっこりと笑い、「それじゃあ、明日からよろしくね。今日のガソリン代はお祝いってことでバイト代に付けておくよ。制服を用意しておくから、アキラくんにサイズを伝えてね。」と言い、凛子にアルバイト採用を承諾した。


比企は事務所の外に出て、タオルを片付けている女性店員にOKサインを出して声をかけた。

「アキラく〜ん、この子、明日から入ってもらうことになったから、指導よろしくね。」

「ホントですかー!改めてうち、アキラって言うから、これからよろしくね!」


先刻から比企にアキラと呼ばれている女性店員は凛子と歳はそう変わらないものの、プリンになった明るい茶髪や濃いめのメイクがしっかりとした年上の印象を感じさせた。

「アキラさん、よろしくお願いします!」

「いい返事!運動部だった?その割にシブい車乗ってるねぃ。」


「陸上部でした!お祖父ちゃんの車を借りてて……」

「うちの車はね〜あれだよっ!うちのハチロクくん!」


アキラが指さした先には、赤いトヨタ・86 (ZN6) が停まっている。アキラの86はホイールを黒い BBS に交換した上にローダウンされており、いかにも若者のスポーツカー!そんな雰囲気をまとっている。

「ハチロク……って変わった名前ですね、速そうな車です!」

「凛子ちゃん自身は車に詳しいとかじゃないんだねw そうそう、昔に『ハチロク』って愛称の名車があってそれに由来してるんだよ。」


「なるほど!あのハチロクは自分で買ったんですか?」

「そうだよ〜!高校生のときからバイト代貯めて、高校出てすぐ買ったんだー!中古だけどね笑」


「それでもすごいですよ!わたしなんてまだ無一文ですからw」

「これから頑張って稼ごうね!中古でも買ってからいろいろカスタムしたから、すっごい思い入れ湧いたよ!凛子ちゃんはなんのためにアルバイトするの?自分の車買うの?」


「家は祖父母のところに居候なんですけど、仕送りがないのでお昼代やガソリン代は自分で賄わないといけないんです。あくまで夕方のアルバイトだし、アキラさんみたいに車買えるほど稼げるかなあ」

「そっかそっか〜、うちは頭良くないから高校も卒業できればいいやーだったけど、凛子ちゃんはまず勉強がんばんな笑 とりあえずよろしく!」


    ◇


こうして、真希は憧れの高級工具ショップで、凛子は流れで何やら因縁のありそうなガソリンスタンドで、それぞれアルバイトを始めることになった。

そして、それが彼女らの学生生活に新たな出会いや経験をもたらすことになるのだが、そのことはまたこの先の話である。

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