第49話 何もしないので安心してください!
「もちろん———と言いたいところだが、この頃は少々眠りが浅いようだ。せっかくの再会だというのに疲れた顔を見せてしまってすまないな」
ふるふると首を振る。
「私に気は遣わないでください……。私が勝手に、グレンの側にいたくて来たんです」
できることなんて何もないかもしれない。
解任騒動で忙しいなか、私が来ることで余計な手間を増やしてしまうだけかもしれない。
それでも、グレニスが大変なときに遠く離れた場所でじっとなんてしていられなかった。
私でも、何か役に立てることはないだろうか。
「あの……今日はもう寝るだけですか?」
「そうだな。寝不足で仕事に支障を来してもいけない。湯浴みをして、軽く書類に目を通したら休むつもりだ」
きっと睡眠時間だけであれば、十分な時間を取っていたのだろう。けれど深い眠りには繋がらず、疲れが抜けきらない。
グレニスの返事に、静かに決意を固める。
その後も少し話しをして、「おやすみ」と言われて部屋を出た。
「……先ほど『おやすみ』と言って別れたはずだが?」
「なので休みに来ました! あ、ちゃんと湯浴みをして寝支度も整えてから来ましたよ。お仕事は終わりましたか?」
大きな羽根枕を抱えて扉の前に立つ私を、寝衣姿のグレニスが呆れたように見下ろす。
「それは終わったが……子爵夫人との
「約束…………あっ! 何もしないので安心してください! 全然全くっ! これっぽっちも手は出しませんので!!」
枕を抱えていない方の手を頭の高さに掲げ、手のひらをグレニスに向けて神へ誓うポーズをして見せる。
これでグレニスも安心してくれるはず。
「……一体なんの試練なんだ」
ぐっと眉間のシワを深めたグレニスは、わけのわからないことを呟きながらも不承不承私を部屋に招き入れてくれた。
居室を通って寝室に入れば、いつかの記憶が甦りドキリと心臓が弾む。
違う違う。
今夜はそんなことをしに来たのではないのだ。
一瞬浮かんだ記憶のやましさを誤魔化すように、そそくさと大きなベッドに上がり込む。
グレニスの枕を自分の頭の位置にセットして、持参した枕を斜め下の位置に据える。羽根布団の隣をめくると、ぺしぺしとシーツを叩いてグレニスを呼んだ。
「グレンも早く来てください。寝る時間が減っちゃいます!」
「…………っはぁぁ……」
よっぽど疲れが溜まっているのだろう。グレニスは盛大なため息をついて、のろのろとベッドにやって来た。
「頭はここに置いてください。あっ、身体はこっち向きで」
「……」
グレニスは言われるがまま、少し下の位置にある枕の端に頭を置き、私の方を向いて横たわる。
幸いこのベッドは広いので、下方にずれたグレニスの足が飛び出してしまうといった心配もない。
私もごろんと隣に寝そべると、グレニスの頭を抱えてぎゅっと胸に抱き寄せた。
「!? むぐっ……!」
私の胸に顔を埋めたグレニスが何やらむがむがと抗議している様子なので、あやすようによしよしと頭を撫でる。
「心臓の音を聞いていると、落ち着いてよく眠れるんですよ。小さい頃、怖い夢を見て眠れなくなったときなんかに、よくお母様がこうしてくれたんです」
きっと心音だけではない。自分を包む温かな体温や、安心するお母様の香りも、心地よい眠りに
グレニスも私の匂いを好ましいと言ってくれていたので、こうして頭を抱えていても不快な思いはさせないはずだ。
「むぐが……」
そこで喋られるとくすぐったいので、いい加減じっとしていてほしい。
グレニスはまだ何やら言いたいことがあったようだけれど、よしよしと頭を撫で続けていれば、次第に強張っていた身体からも力が抜けていった。
私の身体とシーツの間に滑り込んだ腕がぎゅっと腰を抱きしめる。
グレニスがふぅぅと長く息を吐くと、ネグリジェを通過した温かな空気がじんわりと私の胸を染めた。
「私が側にいますからね。安心しておやすみなさい、グレン」
そう言ってお母様がしてくれたように、頭頂部にちゅっと口付けを落とした。
もぞもぞと何かが動く気配。
ふっと抱きしめていた温もりが離れ、無くした熱を追いかけるようにぺたぺたとシーツの上を探る。
気持ちよく抱きしめて眠っていたのに、どこに行ってしまったのか……。
「んんー……」
ぺたぺたぺた
「すまない、起こしてしまったか?」
耳に心地よい低音が聞こえ、さらりと髪を撫でられる感触。
眠い目を数度瞬いて焦点が定まると、ベッドに腰かけてこちらを見つめるグレニスと目が合った。
「…………ちゃんと眠れましたか?」
「ああ、お陰様でよく眠れた」
答えるグレニスの顔をじっと凝視する。
……うん。確かに昨日よりは顔色がよさそうだ。
「よかった」
寝起きの緩んだ顔でふにゃりと微笑めば、覆い被さるように顔を寄せたグレニスの深い深い口付けが落ちた。
離れたかと思えば角度を変えて口付けられるを数度繰り返し、最後に濡れた私の唇をぺろりとひと舐めしてから、ようやくグレニスの顔が離れた。
「……っはぁ、は……」
「名残惜しいが、俺は着替えて朝の鍛練に向かう。リヴはまだゆっくり寝ているといい」
こんなにドキドキとして火照った状態で、二度寝なんてできるわけがない。
恨みがましくグレニスを睨みかけて———
「———あっ!! 鍛練の付き添い! 私がやりたいです!」
ガバッと跳ね起き訴える。
「そんなことをせずとも、これからはいつでも好きなときに側にいられるだろう?」
「鍛練の付き添いは
汗だくのグレニスの香りを堪能できる、貴重なひと時。
ここに戻ってきた以上、みすみす他の人間に役を譲ってはおけない。
グレニスの寝衣の胸元を握りしめていやいやと首を振れば、私の言葉をどう解釈したのか、グレニスも嬉しそうに口元を綻ばせた。
「確かに、俺たちが気持ちを通わせた大事な時間だったな。しかし今日のところはすでに担当の者が準備をしているだろう。明日から担当をリヴに代えるよう、
「はいっ!」
私は元気よく頷いて、手早く着替えを済ませるグレニスの肉体を見守った。
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