第45話 よく似てる
「はぁ~……、とうとうリヴも結婚しちゃうのかぁ……」
いつもより早いペースで呑んでいたお父様が、酔ってくだを巻きはじめた。
「リヴは遅くに生まれた子だから、子どもたちの中でもとりわけ可愛くってねぇ……。小さい頃なんか『大きくなったらお父様のお嫁さんになるー!』って言ってたのになぁ……」
「えっ!?」
全く記憶にない。
思ったことさえない気がするけれど、本当にそんなことを言ったのだろうかとお母様を見れば、無言で左右に首を振っている。
なんだ、お父様の妄想か……。
「このたびはリヴェリーとの結婚を許可していただきありがとうございました」
「うん……、リヴが自分の意思で決めたことだもんね……。お父様が側にいなくっても、リヴが幸せならそれでいいんだ……。ジェルムくん、どうかリヴを幸せにしてやってね……」
「はい、最善を尽くします」
お父様はぐすぐすと鼻を鳴らし、いじいじと指を突き合わせている。
……あっ、そういえば!
「お父様、さっきはいきなり怒鳴ってごめんなさい! 私ちょっと、結婚のことで誤解しちゃってたの」
「……お父様のこと、嫌いになってないかい……?」
「なってないわ。大好きよ、お父様」
そう答えて微笑めば、上目遣いで不安げにこちらを窺っていたお父様も安心したようにへにゃりと笑った。
「リヴ、お父様と一体どんな行き違いがあったのかしら?」
「あのね……」
事情を知らないお母様にことのあらましを説明する。
手紙に婚約相手の名前が書かれていなかったこと。無理やり嫁がされるのだと勘違いして、修道院に行こうと思い詰めてしまったこと。
「……そう。グレニスさんはそれで、リヴェリーを引き止めに来てくれたのね。どうもありがとう、手間をかけてごめんなさいね」
お母様はそう言って、くるりとお父様に向き直る。
「———あなた、食後にちょーっとお話できるかしら?」
ひっ! お母様の笑顔が……!
状況を理解していないお父様は、お母様からのお誘いに「もちろんいいよー」と嬉しそうに返事をしていた。
湯浴みを終えて寝支度を整えると、ガウンを羽織ってグレニスのいる客間を目指す。
コンコンコン
「グレン、起きてますか?」
室内へと呼びかければ、返事の代わりにガチャリと扉が開いた。
「リヴ……」
グレニスも湯浴みを終えたところなのだろう。
シャツのボタンはほとんど全開で、逞しい胸筋の谷間から腹筋の凹凸までを惜しげもなく晒している。
「あの、明日の朝発つって言ってたので、もう少しお話しておきたくて……」
グレニスはまた馬を駆って急ぎ帰るという。
私も一緒に行きたかったのだけれど、強行軍であることとお母様に引き止められたことにより、ひと月ほどこちらで過ごしてからグレニスの元へ向かうことになった。
グレニスの忙しさではここへ会いに来るのも困難な点、片時も離れず側にいたいという私の気持ちを考慮して、式の準備をグレニスの屋敷で進める許可が下りたのだ。
ちなみに、我が家のタウンハウスは無理である。
お兄様夫婦のあの熱々ラブラブな愛の巣へ一人で踏み入る勇気はない。
そこはお母様もわかっているのか、一度は提案してみたものの強く勧めてくることはなかった。
「俺も話がしたいと思っていたところだ。だがこんな時間に俺からリヴの部屋を訪れては、ご両親に心配をかけてしまうだろうからな」
「そうで……すね」
そうだろうかと考えかけて、そうだろうなと思い至った。
先ほどの二人の様子からすれば、きっと多分に心配するはずだ。
「部屋の扉は開け放しておくとしよう」
グレニスに招き入れられ、客間の扉をくぐった。
抗うのも忘れるほど自然な流れで、ソファに座ったグレニスの膝に乗せられる。
「リヴは子爵似だな」
顔を見上げれば、グレニスは出し抜けにそんなことを言った。
「む……」
「なぜそこでむくれるんだ?」
薄目で頬を膨らませる私を見て、グレニスが不思議そうに首を傾げる。
「……お母様って美人ですよね?」
「ん? ああ、随分と綺麗な顔立ちをしているな」
「ほら! みーんなそうなんです! お母様を綺麗だ美人だって褒めたあとに、『リヴェリーちゃんはお父様によく似てるわね』って!」
いっそ嫌味ではないだろうか!?
アーモンド型のつり目にすっと通った鼻筋のきりりと美しいお母様と、丸い輪郭に丸い目、情けない眉にちょこんとした鼻をくっつけた色気もへったくれもないお父様。
もちろんお父様にだっていいところは沢山あるけれど、外見がどちらに似たかったかと言われれば明白だ。
「……そういう意味ではない。リヴの裏表のない澄んだ瞳と、感情のままに表情を変える素直さが、子爵譲りなのだろうと思ったんだ。朗らかな空気感がよく似ている」
「そうですか……?」
たしかに目の色形は似ていると思うけれど、空気感なんてものは自分ではよくわからない。
「それに俺は、子爵夫人よりもリヴの方が綺麗だと思っている」
「そっ、それは流石に言い過ぎです……!」
居たたまれない恥ずかしさに俯けば、長い指先に顎をすくわれ再び顔を上向けられた。
ちゅっ
「!」
「自分の惚れた女が一番に決まっている」
ぶわっと顔が紅潮していくのが自分でもわかる。
両想いになったグレニスは、臆面もなくさらりとこんなことを言うのだからたちが悪い。
熱を持った頬を愛しげにするりと撫でられ、羞恥から逃れるようにグレニスの肩口に顔を埋めた。
すんすんすんすん
私と同じ石鹸の香りがする。お揃いみたいだ……。
「……あっ、あの! お仕事は大丈夫らったんれふか? 急にお休みしひゃっへ」
「大丈夫……ではないな。一刻も早く戻らねば、副長が過労で倒れるだろう」
「えっ」
「かなり強引に抜けてきたからな」
「わ、私のせいで申し訳———」
「
私を抱きしめる腕に、ぐっと力が籠もる。
そうだ。あのまま修道院に入っていたら、二度とこうして触れ合うことも許されなかった。
おずおずとグレニスの身体に腕を回すと、私からもぎゅっと抱きしめ返した。
「……詳しいことはまだ話せないが、俺は近いうちに騎士団長の任を解かれることになるだろう」
「えっ!!? 急にお休みしちゃったせいですか!?」
事の重大さに青ざめる。
騎士という仕事に何よりも誇りを持ち、市民への献身さえ厭わない、この素晴らしい騎士団長が……解任!?
「いや、今回のこととは無関係だ。誓って俺自身が罪を犯したのでもない。……騎士団長でなくなっても、リヴは変わらず俺の側にいてくれるか?」
「そんなの、当然側にいますけど……」
決まりきった答えにこくこくと頷きながらも、グレニスの心情が気にかかる。
大丈夫だろうか。
一体何があったのだろう。
「……っはぁ。ここがリヴの実家でなければな」
グレニスは触れるだけの軽い口付けを落とし、無念そうに呟いた。
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