第24話 いつもありがとうございます
日用雑貨や工芸品、家具などの店をぶらりと見て回り、正午の鐘が鳴るのを聞いて食堂に入った。
「さっきお肉も食べちゃいましたし……こんなに食べきれませんよ?」
テーブルの上にはずらりと皿が並ぶ。
グレニスが連れてきてくれた大衆食堂の料理はどれもボリューム満点で、半分ずつ取り分けたとしても到底食べきれる気がしない。
肉串のせいでたくさんは食べられそうにないと、注文前に伝えたはずなのだけれど。
「残れば俺が食べる。気にせず好きなものだけ摘まめばいい」
グレニスはそう言って取り皿を手渡してくれた。
「んっ、これ美味しい!」
「ああ、こっちも
お言葉に甘えて遠慮なく、気になったものだけをちょこちょこと皿に盛って摘まむ。
気分はちょっとしたビュッフェのよう。
「こういうお店も詳しいんですね」
この食堂は脇道の奥まった所に入り口があり、事前に知っていなければ簡単には見つけられなかっただろう。
「商店街にはよく来るんだ」
「警備ですか?」
「いいや、一人で気ままに歩くだけだ。商店街を見ていると人々の暮らしぶりが感じられてな……自分の守る平和が、確かにここにあるのだと実感できる」
その言葉からはグレニスがどれほどこの国を大切に想い、騎士という職に誇りを持っているかが伝わってくる。
「いつもありがとうございます」
「? なんだ突然」
「いえ……、ちょっと言いたくなっただけです」
グレニスが毎朝欠かさず厳しい鍛練をこなしているのを知っている。
登城したあとも、警護の傍ら見学で目にしたような訓練を積み重ね、有事とあらば命を
人々の平和のために自身のすべてを懸けるだなんて、なかなか真似できることではない。
そのうえこの性格、この容姿。
「グレ……グ、グレンは、モテますよね……?」
「まあ多少騒がれはするが……、騎士の華やかな面しか見ようとしない者たちにいくら
ワインを一口飲んで、グラスを置く。
「
泥……くさい……?
「汗も甲冑も、いい香りですよ……?」
「ふっ、リヴはそうだな」
フードから見える口元は緩やかに弧を描いて、伸びてきた大きな手のひらが、宝物にでも触れるみたいに優しく私の頬を包み込んだ。
「だから俺は———」
グレニスは今、一体どんな顔をして私を見ているのだろう。
触れられたままの頬に意識を散らしながら、この
「あっ、あのっ、えっと……あっ! 劇は何を観るんですか!?」
「ああ、……これだ」
頬から離れた手にほっと息をつく。
もっと触れていてほしかった気がするのには、まだ気付かないふりをして。
グレニスは懐から二枚のチケットを出して渡してくれた。
「『デュメリア ~拐われた姫と愛の奇跡~』? これって最近話題の大衆演劇ですよね?」
マニーがうっとりと話していたのを思い出す。
人気のロマンス小説を題材にした劇で、なんでもヒーロー役の俳優がものすごく格好いいのだとか。
「そうらしいな。こういった服装だからと大衆演劇にしてみたが、オペラやオーケストラの方がよかったか?」
「いいえ! これ、気になってたんです」
劇自体にも力が入っていて、随分と凝った演出をすると聞く。
「ならよかった」
チケットをしまい直したグレニスは、最初の言葉通りすべての料理を綺麗に平らげた。
さすが人気の演目だというだけあって、上演する劇場も広い。
グレニスが手配してくれた座席は、壁に沿って左右に伸びたバルコニー席の右側最前列だった。
「ここからだと舞台全体がよく見えますね」
「そうだな」
二人がけソファへと並んで座る。
フードを脱ぐと、ようやくいつもの険しい顔が
「大丈夫ですか? フード脱いじゃって」
「ここは薄暗いから平気だろう」
顔が見えていなくたって一緒にいるだけでドキドキするけれど、やっぱり目を見て話せる方が嬉しい。
ほどなくして、舞台の幕が上がった。
ストーリーは、姫と護衛騎士の恋物語。
大陸一の美姫と評判のデュメリアがその噂を聞きつけたドラゴンに拐われ、護衛騎士レガルトが討伐隊と共にドラゴンを退治して姫を救い出すというもの。
姫を救い出したレガルトは、かねてよりの想いを告白。姫も秘めたる想いを打ち明けて、二人は結ばれめでたしめでたし。
ドラゴンとの戦いにより瀕死の重傷で倒れたレガルトがデュメリアの祈りで復活したりもするけれど、まあおおよそはこんな感じだ。本を読んだことがある。
護衛騎士レガルトが登場すると、場内からは黄色い歓声が上がった。
すらりとした長身、整った顔つき。情感たっぷりの堂々とした演技は見る者を魅了する。
しかし、騎士役の俳優は演技も上手く、確かに整った顔をしていると思うけれど……やはり騎士にしては線が細すぎるし、立っているだけで滲み出る頼もしさのようなものも感じられない。
格好いいというのなら、グレニスの方がよっぽど……。
ちらりとグレニスを盗み見れば、なぜかばっちりと目が合ってしまった。
「なんでこっちを見てるんですか」
盗み見たことがばれた気まずさと、うるさい鼓動を誤魔化すように、ひそひそ声で抗議する。
舞台は向かって前方だ。こちら側じゃない。
「リヴも見てたじゃないか」
「わ、私は……グ、グレンが、ちゃんと劇を観てるか確認しただけですっ」
「なるほどな」
グレニスの声は楽しげで、私の動揺なんて全部見透かされてしまっているような気持ちになる。
「ちゃんと舞台を観ててください!」
ぷいと顔を背け、舞台に集中しようと試みる。
試みる……けれど、なんだかまだ横顔に視線が刺さっている気がする。
「ちゃんと観てますか!?」
恥ずかしくてグレニスを振り返ることはできない。
「ああ、ちゃんと見てる」
「ほんとに!?」
「もちろん」
私も舞台を観ているはずなのに、ストーリーなんてちっとも頭に入ってこなかった。
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