第19話 …………あれっ??
「ひゃっ!」
グレニスの腿に乗り上げ、バランスを失って首筋にしがみつく。
んもう、強引な……すんすんすんすん
首筋に鼻を埋める私をグレニスが抱え直せば、いつかのように膝の上で横抱きになった。
逞しい腕に抱きしめられ、薄い寝衣越しにグレニスの体温を感じる。触れ合った胸からトクトクと、お互いの鼓動さえ伝わってしまいそうだ。
すっぽりと大きな身体に囲われて、嬉しいやら、恥ずかしいやら、かぐわしいやら。
鍛練後に湯浴みをしたのだろう、グレニスの身体からはミントのような石鹸の香りがする。
グレニスの香りそのものの方が好きだけれど、ミントの香りに混じってすっきりと香る今の香りも悪くない。
爽やかな香りを深く吸い込めば奥から野生的な香りが表れて、なかなかどうして宝探しのような
すーんすんすんすん
「リヴェリーは本当に俺の匂いが好きだな」
ドキリ
「はい……、好きれふ、よ」
ドキドキと
赤い顔に気付かれないよう、ぐりぐりと首筋に顔を埋める。
「……お時間は大丈夫れふか?」
「ああ、元々見舞いに寄る予定だったからな。少し遅れると伝えてある」
「そうれふか」
それなら、今この時間は思う存分嗅ぎ放題ということだろうか。
心ゆくまで香りを——————そういえば。
「今朝は……誰が付き添ったんれふか?」
想像の中でグレニスと抱き合っていた、あの役割を勤めたのは。
「ティニエラだったな」
先輩メイドの名前が挙がる。
自分から聞いたことだというのに。ぼんやりとした想像が俄然具体的になって、ままならない恋心がツキツキと痛みを訴えてくる。
「ティニエラ
「うん?」
「香りを……嗅がへてあげたりしたんれふか……?」
こうやって、抱きしめ合って。
質問を口にした瞬間、グレニスの肩がピクリと動いた。
「———っく、ははっ! まさか! 俺の匂いなんて嗅ぎたがるのはリヴェリーくらいのものだろう」
抱きついた身体を通し、くつくつと笑う振動が伝わってくる。
でも、だって、わからないじゃないか!
グレニスはきっと、私の時のように泣いて頼まれたなら叶えてあげようとするはずだから。
まだくつくつと震える肩にむぅと口を尖らせる。
なんだ、人が真剣に悩んでいるというのに。いっそこのまま噛りついてくれようか。
「っふ。なあ、リヴェリー。休日はいつも何をしているんだ?」
「あーー……んぇ!? お休みれふか?! えっと……メイド仲間とカフェれお茶したり……一人れ街に
それがどうかしたのだろうか?
「一緒に出かけるような恋人は?」
「な……っ! いっ、いませんよ!!」
唐突な問いに驚いて顔を上げれば、鼻先が触れそうなほど近くにグレニスの顔があった。
笑っていた名残だろう、グレニスの表情はいつもよりやわらかい。
「ならば、俺がリヴェリーの時間を貰ってもいいか?」
「え、……はい。お休みならいつでも空いてますけど……」
夏の夜空のような温かな群青に見つめられ、瞬きも忘れてコックリと頷きを返す。
「また顔が赤いな」
そう言って、グレニスの顔がさらに近づく。
熱が振り返したと思われたのだろう。
赤い顔を見られてしまったことは恥ずかしいけれど、昨日の朝の一件でグレニスの行動はわかっているのだから、動じる必要はない。
静かに目を伏せ、おでこを突き合わせるのに備える。
「……」
ちゅ……
…………
…………
想像よりもやわらかな温もりがそっと離れる間際、名残惜しむようにペロリと濡れた感触が唇を撫でた。
唇を、撫でた。
「次の
「…………はい……」
呆然とした私の返事に、グレニスが満足そうに頷く。
……あれ? 今、何か……。
グレニスは私の髪をさらりと撫でつけると、「また明日元気な姿を見せてくれ」と言って部屋を後にした。
……あれ? 私はいつの間にベッドに戻ったのだろう?
……………………あれっ??
少し冷めたスープを口に運べば、唇に触れるスプーンの温かさにドキリと心臓が跳ねる。
「びっくりしたわよー! お昼どうするかなって見にきたら、真っ赤な顔してベッドに倒れてるんだもの!」
「うぅ……ごめんね。食事、貰ってきてくれてありがとう」
わざわざ様子を気にかけ、熱と気付けば食事を運んで来てくれて、マニーには迷惑をかけ通しだ。
「そんなことはいいのよ! ね、明日もお休みするってメイド長に伝えてこようか?」
「ううん、大丈夫。原因はわかってるから……。昨日貰った解熱薬もまだあるし、また一晩寝れば治まると思う」
マニーの気遣いはありがたいけれど、今は一刻も早く仕事に復帰して、考える暇がないほど忙しくしていたい。
隙あらば、先ほどの出来事が頭に浮かんでしまうから。
だって、あんな———
「そう? あんまり無理しないようにね」
「あ、うん。ありがとう」
熱はすぐに下がるだろう。
問題は明日、一体どんな顔をしてグレニスに会えばいいのかということだ。
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