第38話「みんなを守るために」(第1部 最終話)


 階段を駆け上がって屋上へと辿り着いた俺たちを迎えたのは、茜が射し始めた夏空だった。


 鮮やかなグラデーションで彩られた空のキャンバスを望みながら、俺は腹の底に力を入れて叫ぶ。


本気解放ディス・チャージ!」


 瞬間、俺の全身は眩い光を纏い、それらが金色のラインを走らせる純白の天使の鎧へと変わる。

 背中からは一対の白鳥の翼が生え、頭部は目だけを象ったフルフェイスのマスクと翼の装飾を持つ兜が覆う。


 全身を白に染めた鎧天使――これが俺の新しいバリアンビーストの姿。


 永遠にクロを失い、命ある限りシロであることを誓った、俺の心の具象だ。


「さあ行こう、メテオキック」


 いつもならこのまま砕華も変身し、空を翔けてバリアンビーストの襲撃予定地に向かう。

 だが、砕華は変身せず、その場で佇んでいた。


「……砕華?」


 どうしたのかと思い首を傾げていると、砕華が徐に俺の手を掴んだ。


「ねえ、衛士。なんか迷ってるっしょ?」


「え?」


「だって、ここんところずっと難しい顔してるし。なにか心配事?」


 砕華は俺の瞳を見つめ、俺のしがらみを見定めようとしている。

 砕華の指摘は、図星だった。


 こうなると俺は悩みを打ち明けざるを得ない。

 なぜなら俺は自分を偽ることを止めたから。


「俺はあの日、砕華を守るって言った。でも君は俺より強いから、俺にその役目を果たせるか不安なんだ。今の俺には前ほどの力は無いし、情けないけど――」


「ていっ」


「痛ッ!?」


 いきなり砕華にデコピンされた。

 その威力に思わずのけぞるが、大した痛みではないのですぐに体を起こす。


 困惑したまま砕華を見れば、彼女はいつもの変身ポーズを取っていた。


本気解放マジモード!」


 砕華が左手で手首のトランサーを叩き、その体を眩い光が覆う。

 彼女の全身を覆う光は肩や腕や足を覆うプロテクターへと変化していき、頭には顔を覆うバイザー付きのヘルメットが被さる。


 だが、以前のムキムキマッチョマンの姿ではない。


 変身したメテオキックは凹凸のある女性の体のまま、メテオキックの装備を纏っていた。

 白銀の髪を靡かせながら、強く、可愛く、そして凛々しく、バリアンビースト達を粉砕する美少女スーパーヒーロー。


 それが新たなメテオキックだ。


 変身した姿を俺に見せつけながら、砕華は自分自身を指差す。


「アタシがどうしてこの姿に変身するようになったか、分かる?」


 砕華の問いに対し、俺は首を横に振る。

 メテオキックは夏祭りのあの一件以降、この姿でヒーロー活動を行うようになった。

 理由について俺が尋ねたことはなく、なにか思う事があったのだろうと思うだけだった。


「この姿はね、アタシも自分を偽るのは止めて衛士みたいに自分らしく誰かを助けようっていう、アタシの決意の表れってヤツ。ニセモノの姿はもういらない。アタシは、ありのままのアタシで戦うって決めた。そういう意味なの」


 初めて語ってくれたその理由に、俺は胸が苦しくなった。

 余計に自分が情けなく感じたからだ。


 砕華は俺の決意に応えてくれているのに、俺はそれを反故にしようとしていたのだ。反省するばかりだ。


 不甲斐ない自分に失望して俯いていると、砕華は「でも」と続ける。


「それと同時に、アタシは他人に頼れるようになった。いつも衛士が隣にいてアタシを守ってくれるって分かったから、アタシは自分をさらけ出して全力で戦える。そう分かったから、アタシはこの姿になろうって決めたんだよ?」


 砕華の言葉に胸の奥が熱くなっていく。


「だから、衛士はもうアタシを守ってるんだよ。もし衛士が自分に自信が持てないって言うなら、他でもない最強のアタシが衛士の強さを保証するし! これでどう?」


 砕華は胸を張り、眩い笑顔でそう言い放った。

 そこまで言われてしまったら、抱えていた悩みなど吹き飛んでしまう。


 いや、それぐらいものともしない男にならなければ砕華には似合わない。


「あ! でもまぁ、ガチでアタシより強くなってくれても全然いいよ? そしたらマジの意味でアタシを守ってくれるわけだし?」


「そうだな。今すぐというわけにはいかないだろうけど、いつか必ず」


「マジで言ってる~? 自分で言うのもなんだけど、アタシ、サイキョーだよ~?」


「ああ。必ず君を守れる人間になるよ」


「ふふっ、それ、絶対フツーの人間じゃないし」


「たしかに」


 砕華がクスッと笑い、それにつられて俺も自然と笑みがこぼれた。

 そう、俺たちは普通の人間じゃない。

 でもだからこそ俺たちは出会い、繋がり、そして結ばれたのだ。


 ひとしきり笑ったあと、俺と砕華は再び茜空を望む。


「さあ、メテオキック。今日もヤツらを砕きに行こう。みんなを守るために」


「うん! 行こう! デュアリス!」


 メテオキックは粉砕の力で推進力を生み、ロケットの様に夕空を飛翔する。

 俺もそれに続き、白い翼を広げて茜空を翔ける。


 目指すは、本日のバリアンビースト出現予想地点――新宿だ。






 * * *







流星一蹴シューティング・ワン!」


『グギャオアアアアアッ!?』


煌天開闢拳ギャラクシー・ディバスター!」


『ギュエエーーッ!?』


 砕華が繰り出した渾身の蹴りが蜥蜴型のバリアンビーストに、そして俺が繰り出した煌めく光の一撃が昆虫型のバリアンビーストにそれぞれ炸裂。

 ビーストたちは悲痛な叫びを上げながら爆発し、粉々に砕け散った。


「いいぞメテオキック~!」


「デュアリス~! いつもありがと~!」


「メテオキックちゃん可愛い~!」


 人類の脅威が消え去ったことで新宿マルタ前に群がる人々は喜びの声を上げ、次々と俺達を讃える。

 群衆の歓声に包まれながら、俺とメテオキックはハイタッチをした。


 このままいつもの様にファンサして帰ろうと思っていたが、今日はいつもと違って客がいた。


『貴様らァ! 毎度毎度、私のビーストを容赦なく粉砕しおってェ!』


 スピーカーから響く男の怒号。

 それを発しているのは、空から飛来した黒いドローンだ。

 ドローンからは黒い鎧を纏う男のホログラムが投影され、憤慨する様を映し出す。


「スペクター・バリアント!」


 バリアントの総統が人々の前に姿を現したのだ。


『特に貴様だ、デュアリス! 私の期待を裏切った挙句、死にもせずそちらに寝返るとは! 貴様が一番腹立たしい! 貴様は真っ先に始末してやる!』


「それはゼッタイ不可能だし! だってアタシがいるんだから!」

 

 メテオキックは自信満々に自らを指差し、それから拳を突き上げてスペクターを睨む。


『メテオキック……!』


「アンタはアタシ達が止める! 何度来ようと、全部守り抜く!」


「その通りだ! 無駄なことはやめて大人しく投降しろ! スペクター!」


『クッ……おのれぇぇぇぇ! 来い! ビースト共ォ!』


 ――グォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 スペクターが発した怒号に呼応するかの如く、翼を持ったバリアンビーストが茜の空から複数体飛来する。


 その数、十体。


 面倒だが、逃さず全て倒してみせる。

 東京に住まう人々の平和のために。


 だがその前に、俺にはどうしてもやらなければならない事がある。


「スペクター! 俺は貴方に言いたいことがある!」


「デュアリス?」


『ふん! この期に及んで命乞いかぁ?』


 スペクターは鼻で笑う。

 どうせそんなものは聞き入れないだろうし、するつもりもない。


 俺が言うべき事は既に決まっている。

 隣にいることを砕華に誓ったあの時から、ずっと決めていたことだから。


 男として、通すべきスジは通さなければならない。


 俺は深く息を吸い、そして人々にも聞こえる大きな声で思いのたけを言い放つ。


「スペクター……いや、お父さん!」


『お、お父さん!?』


「娘さんを俺にくださいッ!」


「ちょ、デュアリス!? そんな、いきなり大胆過ぎだしぃ……」


『ふざけるな貴様ァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』


 スペクターがかつてないほどの怒号を放ち、それをきっかけにビースト達が一斉に襲い掛かって来る。


 どうやらヘイトが全て俺に向いたらしい。むしろ好都合。

 それに言いたいことも言えたし、これでもうスペクターと話すことはない。

 遠慮なくやらせてもらおう。


 隣のメテオキックを見やると、彼女は顔を赤くして呆けている。

 すぐさま彼女の手を握って現実に引き戻すと、メテオキックはハッとした表情で我に返った。


「来るぞ! メテオキック!」


「うん! 全部、守る!」


 俺とメテオキックは二人で空を翔け、人類の脅威たるバリアンビースト達を全力で迎え撃つ。


 東京を、人々を、自分を、そして隣にいるかけがえのない人を守るために。




 俺たちは恋人同士で、最強のヒーローだから――。











 第1部 メテオキックは砕かない  完






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第1部を最後までお読みいただき誠にありがとうございました!

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