第17話「大気圏突破蹴ッ!」


 メテオキックはビーストの背後に立ち、その首根っこを掴んでいた。

 瞬間の機動力でメテオキックに勝るビーストも、捕まえてしまえばその俊敏性を生かせない。


 あとはメテオキックの思うがままだ。


「フンッ!」


『ギュアッ!?』


 メテオキックは体を翻し、まるでボールを投げる様にビーストを上方へ勢いよく放り投げた。

 空中に放られたビーストは為すすべもなくモールの吹き抜けを急上昇していき、それを追う様にメテオキックも空中に飛び上がる。


 飛んでいくビーストに急速で接近するメテオキックは、その体がビーストに直撃する直前に全身の上下を反転させ、オーバーヘッドキックのようにビーストの胴体に渾身の一撃を叩きこむ!


 それこそが、メテオキック最大の必殺技――。




大気圏突破蹴アトモス・ブレイクッ!」




 超威力を誇るメテオキックの蹴りは大気を震わす轟音を生み、蹴り飛ばされたビーストは凄まじい速度で天へと昇っていく。


『グギィイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』


 絶叫を上げながら空に消えていくビーストの姿は、間もなく光となって消え、やがて雲の上で小さな爆発が見えた。

 凄まじい衝撃の余波がこちらまでやって来て、一瞬髪をなびかせる。その光景をこの場にいる全員が口を開けて眺めていた。


 皆が我に返ったのは、メテオキックが悠々とモールのエントランスに降り立った時だった。

 人々の視線が集まるなか、メテオキックが雄々しく拳を天に突き上げた。


「ビーストは粉砕した! もう安心だ!」


『うおおおおおおおおおおお!』


 瞬間、モール内が拍手と歓声に包まれ、メテオキックを囲むようにして人々からの賞賛が送られる。


 バリアントの脅威は退けられたのだ。


 俺はゆっくりと立ち上がり、傷が治癒していくのを確認しながら子供を母親の所へ連れて行く。

 すぐに俺と子供に気付いた母親が、急いでこちらへ駆け寄って来た。


「あぁっ、ありがとうございます! ありがとうございます! ほらあんたも!」


「ありがとう! お兄ちゃん!」


「うん。無事でよかった」


 俺は子供の頭を撫でながら優しく笑いかける。どこにも怪我はなさそうで安心した。


 母親は何度も頭を下げながら「なにかお礼をさせてくれ」と言ったが、俺はお礼目当てで子供助けたわけではないので丁重に断り、逃げる様に地上エントランスから二階へ移動した。

 ここなら、メテオキックに群がる野次馬に埋もれることもないだろう。


 エントランスを眺めると、モールのスタッフと警備員、それからどこからか現れた黒服達が散らばるガラスの撤去作業を行いながら、エントランスに群がる客達の誘導を行っていた。

 あの黒服達はおそらく砕華の母親が連れていた人達だろう。


 ふと、エントランスのどこにもメテオキックの姿がないことに気付く。


「衛……そこの少年!」


「うおっ!? あ、え? メテオキック?」


 屈強そうな男の声が聞こえたかと思えば、いつのまにかメテオキックが隣に立っていた。

 二メートルの巨躯を誇る筋骨隆々の男……その中身はJKギャルだと分かっているが、至近距離に立たれるとやはり圧が凄い。


「怪我をしているように見えたが、大事ないか?」


「えっ、あ、ああ、大丈夫。かすり傷で済んだよ」


「そうか……ならいい」


 どうやら心配で声を掛けに来てくれたようだ。

 ファンサービスなどで忙しいのだから、あとで合流した時でも良かったのにと思う反面、いの一番に俺の心配をして来てくれたのがなんだか嬉しくて、少し照れ臭くもあった。


「しかし、先程の行動は無謀だった! 今回は軽い怪我で済んだものの、一歩間違えれば怪我程度では済まなかったかもしれない。自殺志願スーサイドなんてナンセンス!」


「は、はい、キヲツケマス」


 おっと、どうやらヒーローとして説教するためでもあったらしい。

 確かにヒーローの立場としては、あんな行動を見逃せるはずはないだろう。


「自分は一般人ではないから大丈夫だ」と言い訳するわけにもいかず、ただ目を泳がせる。

 するとメテオキックはさらに俺に近付き、少しかがんで耳打ちする。


「上で待ってて、って言ったでしょ?」


「いや、その、俺もなにか出来ないかと思って」


 今度は、砕華としてのお説教、というよりも文句のようだ。

 砕華の膨れっ面が想像出来るが、目の前にいるのが筋骨隆々な巨漢のせいで違和感がすごい。

 あと、渋い男の声でギャル口調は、ちょっと面白い。


「メテオキック!」


 その時、強い気配を持つ女性がメテオキックの後方から彼女の名を呼んだ。

 瞬間、前屈みだったメテオキックの姿勢がピンと真っ直ぐに正され、メテオキックは即座に背後を振り向く。


「マ……やあ本部長! どうかしたのかね?」


 そこに居たのは、先程水着売り場でエンカウントしそうになった砕華の母親だった。

 砕華の母親はサングラスを外し、鋭い眼差しでメテオキックを睨む。

 さすが親子といったところか、砕華に大人らしさと気品を上乗せしたような綺麗な女性だ。

 しかし、今はその綺麗さよりも厳かな雰囲気が目立つ。


「随分到着が早かったようだけど、アナタ、やっぱりここにいたわね?」


「えぇ? い、いやぁ……私はたまたま隣駅に居たからすっ飛んできただけさ!」


「本当に?」


「ほ、本当だとも! メテオキックの名に誓って!」


 どうやら水着売り場での件は誤魔化す方向で進めるようだ。

 砕華の母親はじっとりとした視線でしばらくメテオキックを睨んでいたが、やがて深く息を吐いた。


「まぁいいでしょう。で、そちらのアナタは? なんだか知らない仲ではなさそうに見えたけど、どういったご関係かしら」


 砕華が追及を免れたと思うや否や、今度は俺に矛先が向いた。


 そりゃメテオキックが個人的に誰かと話をしていれば、いったいそれが何者なのか気になるだろう。

 しかもメテオキックの中身は女子高生。

 年頃の娘が同い年ぐらいの男子と話していれば、気にならないはずがない。


 問題は、メテオキックの正体を知らないはずの俺がここでどう答えるべきか――。


「彼は先程私に代わって子供を助けてくれたんだ! その時に怪我をしていたようだから心配になって私自ら話しかけに行ったわけだよ!」


 するとメテオキックが早口でまくし立てる様に言った。

 なるほど、嘘は言っていない。


「まぁ……アナタ、大丈夫? もし怪我をしているなら、すぐに救護班を呼びますからね」


 そう言って砕華の母親は袖から通信機器を取り出し、救護班を呼び出す用意をする。

 それはそれでまずい。

 もう怪我は治っているが、俺の体を調べられるのは困る。


「だ、大丈夫です! ただのかすり傷ですので、お構いなく!」


「そうですか? では、もしなにかあればこちらにご連絡を。バリアント災害の補填として治療費は私共が全額負担いたしますので」


「ど、どうも」


 そう言って砕華の母親は俺に名刺を手渡す。


 名刺には『バリアント対策本部 本部長兼技術開発顧問室長 綺羅星きらぼし 彩華あやか』という文字と電話番号が記載されていた。


「アナタ、学生? 見たところ高校生ぐらいかしら。学校はどちら?」


「流星高校です」


「流星? あら、私の娘と同じね。学年とクラスは?」


「……二年一組です」


「あら、それも一緒。すごい偶然ね。アナタ、もしかして……」


 砕華の母親――綺羅星 彩華は途端に目を細めた。

 もしや、今のでバレたのか?

 確かにこれだけ偶然が続けば、疑うのも無理はない。

 なにより今日の砕華は「友達と遊びに来ている」はずで、その相手は同性の女子だと思うのが道理だ。

 そして砕華がいる場所に同じクラスの男子がいて、耳打ちをするような話をしている。疑われるのも無理はない。


 俺は固唾を飲んで、綺羅星 彩華の次の言葉を待ち構えた。


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