第18話「脈はアリか……」


「砕華のお友達?」


 首を傾げる綺羅星 彩華のその言葉に、俺は思わずズッコケそうになった。

 どうやら心配は杞憂だったらしい。俺は内心で深い息を吐き、努めて冷静に答える。


「そうです」


「あらそうなの~! 初めまして、砕華の母です~。いつも娘がお世話になっております」


「ご、ご丁寧にどうも。天下原 衛士です」


 流れる様に自己紹介をして、お互いに頭を下げて挨拶をする。

 砕華との関係に勘付いたわけではないようだが、思わず友達と答えてしまった。

 ちらりと隣に黙して立つ巨漢を見れば、凄くそわそわしている。バレるか否かの瀬戸際に立たされて戦々恐々としているのだろう。


「あの子、友達の話とか全然しないから心配だったの。今日も本当は友達と出かけてるんじゃなくて、一人寂しく映画でも見てるんじゃないかって」


 そう言いつつ、視線はメテオキックに向けられている。

 言葉のナイフが深々と刺さる音が横から聞こえたのは、おそらく気のせいじゃない。

 というか、ギャルなのに友達が少ないのは意外だ。


 いや、よくよく思い返せば砕華は教室では基本的に一人だった。

 前から少し感じていたが、砕華はちょくちょくギャルっぽくないところがあるように思う。

 それが悪いというわけではなく、むしろ取っ付きやすいというか、ギャップという名の魅力の一つに感じる。


 とはいえデリケートな話なので、あまり突っ込まないでおこう。


「で、メテオキック。一般人に怪我させたことについて、なにか弁明があるなら聞きますけど?」


「マ……いや、これは私の力不足だ。深く反省している」


「何度も言っているでしょう? 建物は壊してもいいから、怪我人だけは絶対出すなって。アナタにはそれが出来る力があるのだから」


「ハイ……」


 メテオキックがどんどん小さくなっていく幻覚が見える。

 それほど砕華にとって、母親は大きな存在らしい。

 しかし、俺の勝手な行動のせいでメテオキックが責められるのは不本意だ。


「あの、綺羅星さん! この怪我は俺が子供を助けようとして、ドジ踏んだだけですから。メテオキックは悪くありません」


「少年……」


「あら、アナタ、目の前にヒーローがいたのに自分で子供を助けようとしたの?」


「はい」


「どうして?」


「どうしてって……」


 目の前にヒーローがいたのに、自分が助けようと思った理由。

 それは――。


「誰かを助けようと思うことに、ヒーローかどうかなんて関係ありますか?」


「!」


 ただ俺はあの子を助けられると思ったから助けた。それだけだ。

 俺の回答を聞いた綺羅星 彩華は目を細め、口元を歪めた。


「アナタ、なかなか見どころあるわね。その向こう見ず、バリアント対策のために役立てる気はない?」


「え?」


「ハァ!?」


「アナタ、卒業後の進路はもう決めてるのかしら? まだならさっきの番号にいつでも電話ちょうだい。私が人事に口きいてあげるから」


「いや、あの、それはちょっと――」


 ぐいぐいと迫って来る綺羅星 彩華。

 これは……いわゆるスカウトというやつだろうか?

 唐突過ぎて戸惑いしかない。どう応えるべきだろうか?


 視線でメテオキックに助けを求めると、すぐさま察して間に割って入って来る。


「オホン! 本部長殿? そろそろ被害現場の指揮に向かうのがいいと思うのだが?」


「あら、それもそうね。それじゃあ天下原君。いつでも電話してちょうだいね」


「は、はい。ありがとうございます」


 俺の返事に綺羅星 彩華は微笑み、サングラスをかけ直して踵を返した。

 するとメテオキックもそれに続こうとするが、それは綺羅星 彩華に止められる。


「アナタはいいわ」


「え? しかしファンサが……」


「そんなのいつでも出来るじゃない。それよりアナタ、今日はがあるのでしょう?」


「!」


「早く行ってあげなさいな」


「感謝する!」


 メテオキックは綺羅星 彩華に深々と頭を下げてから、その場で跳躍して宙に浮かび上り、飛行能力で吹き抜けを通ってモールの外へ出て行った。

 誰にも見られない場所で変身を解き、またモールに戻って来るはずだ。

 おそらく綺羅星 彩華は、娘とその友達(俺)のことを気遣ってくれたのだろう。


 もし今日の用事が実は彼氏(仮)との初デートだということを知ったら、この人はどんな顔をするだろうか。

 正直、想像したくない。


「アナタも、誰かを待たせているのではないかしら?」


「え? あ、そうですね。俺もそろそろ行きます」


 砕華の友達は俺ということになっているのだから、当然俺も砕華がいる場所に向かわないと辻褄が合わない。

 俺も気遣いに感謝し、早々に上の売り場へ戻ろう。


 足早にその場を後にしようとすると、ふと綺羅星 彩華が思い出したように呼び止めた。


「最後に聞いておきたいんだけど、本当に砕華とは『友達』なのよね?」


「え? え、ええ、そうですけど……」


「本当に? まさか、あの子の彼氏、とかじゃないわよね?」


 やはり来たか。

 むしろそう勘ぐるのが当然だろう。


 ここはなんとしても、俺達の関係を隠し通さなければならない。

 俺は平静を装い、笑顔で答える。


「いえ、砕華さんとはただの友達ですよ。すごく可愛い子ですけどね」


「なるほど……脈はアリか……」


 おや? 予想の返しと違う。

 もっと追及されるかと思っていたのに。

 綺羅星 彩華は俺の肩に手を置き、力のある眼差しで俺を見つめた。


「あの子のこと、これからもよろしくね」


「えっ、あっ、はい。もちろん」


「じゃあまたね」


 そう言って綺羅星 彩華は今度こそ踵を返し、野次馬誘導を行っている一階へと向かった。


 なんというか、ドッと疲れた気分だ。

 だが俺のやるべきことはまだ終わっていない。


 俺は急いでエスカレーターに乗り、五階へと向かった。






 * * *






「ぜぇ……ぜぇ……お待たせ、衛士!」


「砕華。なんというか、その……おつかれさま」


 五階の水着売り場の前で待つこと、五分。

 元の姿の砕華が息を切らして戻って来た。


 どうやらメテオキックの変身を解いてから、ここまで全速力で走って来たらしい。

 直前までバリアンビーストと戦闘していたというのに、さすがの体力である。


 それにしても、この一時間で色々なことがあった。

 濃厚過ぎてまだ正午であることを忘れそうだ。


「色々あったけど、デートの続きと行こうか」


「衛士。その前に一つ聞きたいんだけど」


「なんだ? あ、お母さんからのスカウトをどうするか? 少し興味はあるけど」


「そうじゃなくて! さっき、どうしてあの子を助けようとしたの?」


「どうしてって……」


「さっきは『助けることに理由なんていらない』って言ってたけど、ホントに? ホントに、衛士はそう思ってるの?」


 砕華が真剣な眼差しで俺を見つめる。

 先程の俺の答えに納得していないようだ。


 俺の気持ちに嘘偽りはない。

 助けられると思ったから助けただけだ。

 

 しかし、俺はここで自問自答を始めた。

 意識の奥底に、俺がそう思った本当の理由がないかどうかを確認するためだ。


 すると脳裏にとある思考が浮かんでくる。

 この思考が俺の本心かどうかは定かではないし、ただの一時的な閃きによるものかもしれない。

 それでも、俺はこう答えるのがいいと直感した。


「砕華が頑張ってたから、俺も誰かのために頑張りたいって思ったから……かな」


 そう告げると、途端に砕華はそっぽを向いてしまった。

 お気に召さなかったのだろうか?


「……やっぱり、アンタって変わってるね」


「そうかな」


「でもアンタのこと、少し分かった気がする。けど! 次はあんな無茶、ゼッタイ許さないからね!」


「分かった。もうあんな無茶なことはしないよ」


「約束!」


「ああ」


 砕華は俺に手を差しのべ、俺はその手を優しく握る。

 すると砕華は朗らかに微笑み、俺も自然と笑みがこぼれた。


 俺達の今の関係は、彼氏彼女(仮)というとても歪なものだ。


 それでも俺はこの関係が終わりを迎えて元のクラスメイトに戻ったとしても、俺は砕華のことを大事にしたいと思えた。

 あるいはもっと別の関係に変わっていたとしても、この気持ちはきっと変わらないだろう。


 右手から伝わる彼女の熱が、不思議とそんな気分にさせた。


 しばらく手を繋いでお互いを見つめながら立ち尽くしていたが、徐々に気まずさが勝ちはじめた俺達は、どちらからともなく手を離す。


「で、この後どうする?」


「あ、水着! とりあえず二つとも買うから、衛士はここで待ってて! そしたら衛士の水着も選んであげる! その後は……」


 ――ぐぅ~。


「……」


「……」


 腹の虫の音が聞こえた。発生源は俺ではない。

 砕華の顔を見れば、羞恥で真っ赤に染まっている。


「腹ごしらえ、しようか」


 小さく笑う俺の言葉に、砕華は赤い顔のまま無言で頷く。


 その仕草に思わず「可愛い」と告げたら、なぜか脇腹をどつかれたのだった。






 第3章 ヒーローの秘密は本人以外からバレることの方が多い  完


 第4章へつづく

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